041. 出ることの無い答え
ここにいる誰もが自分を信頼してくれていた。
グレイスはその期待に絶対に応えなくてはならないという使命感があった。今となっては無いと言えば嘘になるが、それよりも大事なことがあった。
作戦指揮を執るために本陣で待機するグレイスの前に一人の男がやってきた。
「もう出撃の時間だろ、ニンバス」
「話がしたいと思ってな」
眼前に広がる儚く、美しい景色を見ながらグレイスはニンバスに話しかける。
「俺達が来た時はこんなに汚れてなかったのにどうしてこんなんになっちまったんだろうな」
泥にまみれ、花も咲かず、残っているのは銃弾と肉片、そして人の負の感情だけ。
あの時見た緑と爽やかさで溢れる景色は二度と見れないのだろう。だがグレイスは他愛もない嘘を彼につく。
「みれるさ、また」
「それもそうだな」
「で、話ってのは?」
グレイスはそれが本題ではないことに気付いていた。ニンバスは口ごもる様子を見せながらもそっと喋り始める。
「ニルヴァーナのことなんだが」
「ああ」
話す合間も無く二人は離れたせいで、彼の存在を有耶無耶にしていた。
ニルヴァーナの存在は二人にとっては大きいものだった。
彼がいたら自分はこんなに悩むことは無かったとグレイスが自負するくらいにはあの時のニルヴァーナやニンバスは心の支えになっていた。
だが片方外れればどうだ。何も助けれずに死んでいった彼にどう手向けの言葉を掛ければいいのか。ずっと分からないままでいた。
「彼をどうやって対処するんだ。救うか、殺すか?」
どうしてブレイジスに彼がいるのだろう。それは今こうして遠くを見ていてもグレイスには分からなかった。あるのは廃れた平原のみ。
何も出来なかった、自分も彼も。
ニルヴァーナは己に魔術という明確な力がないことを嘆いていた。
魔術があれば二人の横に並び、背中を合わせて戦うことが出来たのにと呟いていた。
自身に力がないことに嫌気がさしてブレイジスに寝返り、イクスという新たなる力を手に入れたのだろうか。
それは分からない。分からないなりに考えた結果はそれしかなかった。
「そうだな」
グレイスには言葉の続きが見つからない。
殺すことも救うことも、彼には出来ない。過去の仲間である以上情が移ってしまう、かといって今のニルヴァーナに救う手を差し伸べても明らかに無理だとは理解していた。
グレイスは悩み抜いた結果を口に出す。
「ニンバス、お前に任せる」
その結果は託す、ということだった。
自分で決めることから逃れ、仲間に選択権を与える。グレイスは自分をみっともない奴だと心の中で少し自虐していた。
「そう言うと思ったよ。お前に言っても確かな答えが得られるとは思ってなかったさ」
「すまない、だが……」
「わかってるぜグレイス、その選択がとても辛いものだというのは俺が一番知っている」
申し訳なさそうな表情でニンバスをみるグレイスに彼はニンバス・インディル中尉としてこう言った。
「それでは、現場判断ということでよろしいですね大尉?」
「ああ、頼むよ中尉」
了解の合図を首振りで示し部屋から出ようとした時、グレイスは彼を止めた。
「待ってくれ」
ニンバスは振り返りグレイスの目を見る。互いを見合いながらグレイスが口を開く。
「勝とう、勝って"みんな"で生き残ろう」
「もちろん」
そう承諾するとニンバスはドアノブを捻り外へ出ていった。




