029. ふたつの力
グレイスは三年前、アリアステラに配属されてから欠かさず日記を書いている。
前線での偵察がある時はほんの少しの時間を割いて短文で済ませるし、余裕があればひたすらに文を羅列する。
今日は心の余裕はあるが腕が言うことを聞くか心配な日だった。
先の戦闘で不具合を起こした利き腕の義手は不幸中の幸いか字を書くことは出来た。
彼の日記は当日あった出来事だけではない。時間がある時はその日あったことの自分なりの考えを書いている。
今まで書いてきたことで印象的なのはシルライトとマスト、グルニアがアリアステラ戦線に配属された時だ。グレイスがあの戦線に配備されてからちょうど一年のことだった。
彼らが来るまでの戦線は四人ぼっちの戦場と言ってもいいだろう。
アラスカの一件のおかげというべきか、国連軍の中でも史上最速の速さで准尉に昇格したグレイスとそんな彼の親友、ニンバス・インディル。
訓練校時代にグレイスと一度会ったあと再会し、最高の話し相手である上官のクライヴ・ヴァルケンシュタイン。
一般兵全体を指揮し、前線での切り込み隊長だったヴェニア・ベルファング。
グレイス自身を含めたこの四人は、敵方の攻撃の新たな切り口となるべきアリアステラを、頭数の少ない中必死に食い止めていた。
そんな中で魔術師が三人も入ってくるということは当時の彼らにとっては朗報だった。
大隊には何十もの数の魔術師がいる状況下、こちらは動ける魔術師は六人。よくもまあ食い止めているものだとクライヴやヴェニアは散々言っていた。
そもそも、魔術師は先天的なものと後天的なものがある。違いといえば発現する期間が産まれた時か生きている間かという多少の誤差程度。
後天的な魔術師でも魔術因子は産まれた時に既に存在しており、目に見えて魔術を行使できるまでは魔術師という扱いではないとグレイスは訓練校時に学んでいた。
後天的に魔術を発現したのは近くの者では潤ぐらいだろうか。他愛もない雑談の中聞いた話だったためグレイスはおぼろげにしか覚えていなかった。
こんな事を考えずに日記の内容を何にするべきか考えていると先程の魔術師の話から続いたせいか、グレイスの頭の中にはあの男の顔が思い浮かんだ。
サキエル・グランザム。ホラーツやゲレオン、潤と共にコペンハーゲン戦線の司令室にいた時、記憶の片隅に留めると決めたはずなのにどうも違和感が喉につっかかるかのようだった。
互いに明らかに毛色の違う能力を二つ持っていた。あれは一体どういうことなのだろうか。
科学的に作られた魔術、イクスはあのようなことも出来てしまうのか。あんなことが出来ては魔術、もとい魔術師は最早必要ないのではないだろうか。前時代的なモノを行使し、同時に保護するガーディアンズはこのまま負けるのか。
司令室で言っていたことも含めグレイスの頭は回りきっていた。
そうこうすると一つの疑問に辿り着く。
魔術を使えるものは、イクスを使えないのか。
それは答えでもあった。勝手に決めつけていたのだ。ブレイジスに魔術師は誰一人としておらず、魔術師はイクスを使えないというルールも制限もないと。つまり、サキエル・グランザムとは一体なんなのか。それを問い詰めると出てくる答えはグレイスには一つしかなかった。
魔術とイクス、その二つの力を持つ者。
ここに一つの仮説を立てた。それは今すぐにでも日記に書かなければ頭の中から居なくなりそうだ。グレイスはただひたすらに、うやむやに、そしてあやふやに日記に持論をまとめた。
ブレイジスにいながら魔術が使えるということは、本来魔術師を保護する立場にある国連との 間に、何かが起き離反したということ。
彼自身が言っていた司る魔術師を全員殺すというのも国連の人間たちと相当な事件が起きれば合点が行く。
限界まで回転させた頭は彼の心に様々な物事を教え、与えた。だがこの一つの仮説に証拠はない。自信もない。
これは自分の手記にだけ残しておこう。本人との会話の中で確たる証拠を手に入れた時、何も知らなかったかのように議論に入ろう。
グレイスはパンクしそうなぐらいに考えた仮説を手記に解放した。戦闘が起きてから二十数時間経ったときの事だった。
サキエル・グランザム
司る魔術師を全員抹殺すると宣言した青年。




