234. 種火
隠し持っている兵器を確認するしないに関わらず、彼らのような今のブレイジスに不満や疑問を抱く者は少なくは無い。
だが。
「先に言いますが、人脈は期待しないでください」
「おっと、その話をしようと思ったんだが。メイフライにもアテはないのか?」
「…………」
部隊の名前を出されて一番最初に浮かんだ顔はガルメリオ・ケイオスだった。
先刻の忠告を受けてなお動こうとするローワンに対して彼はどんな反応をするだろうと、不安がよぎる。
「ローワン?」
「……メイフライはブレイジスへの忠誠に溢れた人ばかりですよ。ガルメリオ隊長にたらし込まれた人も中にはいますけど」
「そのガルメリオ本人からは忠誠心が感じられないが」
「あの人は強いですから。それだけで帳消しになるんですよ」
ガルメリオの経歴にある、上官に対する反抗的な態度とその結果は一兵士としては傷にしかなりえないが、誰もそこに触れはしない。実力だけで黙らせることが可能なのだから。
「確かにガルメリオの無茶はよく聞いたさ。あれでよく隊長が務まるもんだと思ったが実際には君のような緩衝材が部下との間にいて、ガルメリオは上を黙らせる。よく出来た部隊だ」
「そういう貴方は?」
共同戦線を張る相手として、自分ばかりが頼られても、と暗に述懐するローワンにスレヴィは笑みを浮かべながら煙草を差し出す。
「期待出来るのがいるぞ」
「……自分、吸いませんよ」
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ローワンとスレヴィが接触する十数時間前。
旧ドイツ領内某所。
歩けば埃が舞うほど人の来ていない家屋に踏み入る男がいた。
木製の床板は軋み、声をかけずとも誰かが侵入してきたことを感じとれる状態となっており、男は自分が来たことは既知とされている上で行動する。
「あんたの客か?」
目的地でもある地下の部屋から知らぬ人間の声が聞こえてくる。男が約束を取り付けたのは別の人物である。
「……早いな。誰に影響されたのか、彼の短所になりつつある」
「あんたが他人の短所を指摘する側とはな」
自分の噂話をしているのが分かるほど、通りやすい声はこの住宅の欠陥の一つだと青年は頭を抱えた。
しかしそれほどまでに廃れているからこそ彼女のお眼鏡にかなった側面もある。
「丸くなったと思えば冗談は相変わらずか」
「それこそだろ」
「あの……」
喧嘩なのか口先だけのじゃれ合いなのか。事情を知らぬ者にとっては、どちらともとれるような口調の二人に割って入った。
「お知り合いですか?」
「すまない、強情な男でどうにも」
フリッツはそこにいた人物の姿を一度も見たことがなかった。
産まれてから一度も陽の光を浴びたことがないのかと疑問に思うほど白く、悪く言えば血色の悪い肌。作業机に向けられた僅かな光から垣間見える紺色の髪。一度見れば記憶に残るであろう外観に見覚えが無い。
「それと知り合いと言うにはまだ遠い。顔見知りくらいだ」
「そんな話をしに来たんじゃないんだが」
「えっと……」
距離感が掴めずしどろもどろになっているフリッツだが、助け舟かのようにその男から話を始めてくれた。
「俺はサキエル・グランザム。悪いな、他に人が来ると聞いていなかった」
そう言いながら、目線はフリッツでは無い別の人物に向けられていた。怒りというよりも呆れているような表情だった。
「は、はじめまして、フリッツ・クライバーです」
フリッツと同じ年代のようにも見える若さだが思わず敬語が出てしまうほど、サキエルは成熟した雰囲気を醸し出していた。
「ここでの俺の用は大体済んだのでもう行くが、機会があれば……」
「待て」
足早に去ろうとするサキエルに待ったをかけたのはこの場の誰よりも知を重んじる人間だった。
「なんだ、グラシアナ・カベーロ」
「彼の用件は大方察している。君とは利害が一致している」
「……冗談じゃなさそうだな」
休憩のお供にラジオは欠かせない。意外にも外の事態に敏感だったグラシアナはフリッツがコンタクトを取ってきた理由に目処をつけていた。
「では……」
サキエルがハンドサインで会話の主導権をフリッツに渡す。催促されるがままフリッツは求められていることを話し始めた。
「勧誘しにきました、博士」
「分かった。協力しよう」
「え……は、早いですね。もっと色々話すものかと」
レスポンスの速度に驚くも、サキエルがこの場に留まった事と関係しているとフリッツはすぐに気づいた。
「誰の指示で来た?」
「スレヴィ・パーシオ大佐です」
少し躊躇いもあったが、情報の開示がなければ互いに信頼することも出来ないと考えたフリッツは迷いを振り切りスレヴィの名を出す。
「聞いた事があるな……直接会ったことはないが、そんな動きをする男だとは」
「彼曰く、イクス使いの使い捨てが起きかねないと」
「それを食い止めるのか、イクス使いじゃないのに」
「人的資源は無限にある訳じゃないし、上が乱心して今すぐにでも始めれば手がつけられなくなる可能性も……」
「俺がイクス使いじゃないと言ったのはスレヴィ・パーシオの事じゃない」
すれ違いを少し見過ごしてフリッツの見解を聞いていたサキエルがようやく訂正する。
グラシアナとサキエルの関係がどれほどのものかフリッツは知る由もなかったが、この場で彼からそんな言葉を投げかけられるのは自分しかいないと自らに指を差す。
「わ、分かるんですか?」
「他人とは違う身体の構造上か分からないが。お前の意見が聞きたい」
「俺は……」
見定められている。直感的にそう感じたフリッツは抱えているものを素直に、嘘偽りなく吐き出す。
「あれだけ一緒になって戦ってた仲間が見捨てられるなんてこと、どうしても見過ごせない。単純かもしれないですけど、それだけで戦える」
「……優しいんだな」
その言葉は彼の姿に反して、温かく感じた。
意思表示という行為に恥ずかしさもあり、下を向いていたフリッツだったがそれを本心として受け取ったサキエル。
顔を上げると、サキエルは変わらず冷静沈着を体現したような表情のままだったが話は進んでいく。
「俺がここに来た理由は、グラシアナ・カベーロに確認したいことがあったからだ」
「それは、一体……?」
「これだ」
そう言いながらグラシアナは角に折れ目のついた資料を机に放り出す。
「上に頼み込まれて作ったつまらないものの中に、出来はそこそこだったが受け取った人間がえらく喜んでいたやつがあった」
資料の題目は『人体から発せられる異能の抑制』。これ自体がイクス使いを使い捨てにするものの証拠だと思ったフリッツだったが、グラシアナの話には続きがある。
「これって……」
「それは一つしか作っていない上に、作り方も教えた覚えは無い」
次のページには完成図が描かれており鼻から下、首元にかけて装着する金属製のマスクが載せられていた。
「最大限に小型化した鉄の処女と言えば分かりやすいか? 魔術でもなんでも敵意や害意、戦闘する意志、発動する意志を感じ取れば激痛が走る代物だ。オンオフにも対応している」
「なるほど……これがどう関係するんですか?」
ここまでが、これからに繋がる前提の話だということを理解していたフリッツはサキエルの顔を見て情報を引き出す。
「これが何のために作られたと思う?」
「イクス使いの都合のいい利用、では無いんですもんね」
「これを付けている奴を、俺は恐らく知っている」
「誰、なんですか……?」
「ジークムント・カウマンス。俺の、初めての部下だ」
知らない名前だった。どこかの暗部の所属だったのか、フリッツは興味本位で部隊の詳細を尋ねる。
「サキエル……さんは、前はどこに?」
「アメリカ陸軍特別陸戦分遣隊、ジョーカーズだ」
「…………?」
あまり冗談を言うような人物に思えなかったが、会話のキャッチボールの中でミスがあったのかと自分の言葉を思い返そうとするが、サキエルがすぐに注釈する。
「ブレイジスには前の戦争の時にいた。ジョーカーズはそれより前に所属していた部隊だがジークムントとはそこで会った」
「えっと……」
「その辺の詳しいことは別の機会に」
フリッツはそれを聞き、外見の年齢と経歴に食い違いが発生していることには一旦置くことに決めた。
「俺がし…………ジョーカーズを離れてから、ジークムントの動向だけが掴めない」
「それがなにか関係があるんですか?」
「前の戦争が始まる時、なにが直接的な原因になった?」
一瞬の沈黙。
それからサキエルは集めた点を線にする作業を開始する。
「なにって……ブレイジスの先制攻撃でしょう」
「あの都市を焼いたのはなんだ?」
「先進的な兵器なんじゃ?」
「グラシアナ・カベーロはそんな兵器見たことも作ったことも無いそうだ」
フリッツの中で謎は深まるばかり。サキエルの勿体ぶるような話し方も相まってその真相を今か今かと待ち構える。
そして、最後のピースが彼から与えられる。
「ジークムント・カウマンスは、焔を司る魔術師だ」
「えっ、それ、つまり……」
この話の流れからして、それ以外ありえないだろうと思いながらも、フリッツはその兵器の正体に絶句してしまった。
「ブレイジスの切り札は、現代最強の魔術師だ」
それはブレイジスが忌み嫌うものであり、だからこそ道具として扱われている。
飼い慣らされた兵器は、今やイクス使いにも矛先を向けさせられている。
「ジークムントに話をしにいく」
それは明確な戦闘の意志であった。




