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アンサーブラッド-果てなき魔術大戦-  作者: 朱天キリ
第二章 焔の影-戦う者達-
233/243

233. 呑み込む



 スレヴィ・パーシオは先の大戦の終盤、ブレイジスによる国連領旧フランスと旧アメリカへの同時上陸作戦を展開するにあたり、フランス側の副司令官として招集された。


 アリアステラ戦線の後事を優秀な部下に一任することを決め旧フランスで行われる作戦に集中したが、 先に行われた旧アメリカ側の作戦が失敗した報せを受け、スレヴィの出る幕は殆ど無いまま戦争は終結に向かっていった。



「あの時、ブレイジスは人員輸送にごたついてた。局地的な戦闘は昔に限った話じゃないが、パリに到達出来るほどの数の人が集めきれなかった」


「痺れを切らしたアメリカ側の司令官たちは守備隊に警戒されるのを恐れて作戦を開始した……その結果は誰もが知っています」


 庁舎を離れ、車で数十分の郊外で食事をしながらローワンはスレヴィの腹の中を探る。ピークタイムを過ぎてから入ったレストランには彼ら二人だけが客として居座っていた。


「信頼出来る部下にアリアステラを任せたがそれも敗走に終わり、いつしか私は凋落者の烙印を押されることになった……フッ、我ながら凄まじい限りの転落ぶりだ」


 自嘲するスレヴィだが、その遠因には無茶な再編成もある。

 当時のガーディアンズも防衛に手を回していたという噂を耳にしていたローワンからすれば、勝てば官軍だったに違いないと胸中は歯痒さで埋め尽くされる。



「自分に話というのは不幸自慢ですか?」


「いや、本題はここからさ。その前にひとつ訂正させてくれ。これでも私は自分が恵まれていると思っている」


「何故です」


「前線で戦って命を散らすのはいつも私ではない誰かで、いま私はこうして生きているんだからな」


 結論を急いたローワンに、スレヴィはなんとも謙虚な言葉で返した。司令官や参謀の立場であることへの自戒を込めたものだろう。


 それとは別に、同じコーヒーを飲みあう仲としてここへ来た理由を説明する。


「先程まであそこに居たのは……アンゼルム・ハイトマンとジェイス・ウールドリッジ、それと何人かの政務担当か」


 軍と政治が密接に絡み合うブレイジスでは、彼らのような政治家が軍への指揮権も持っている。


「名前を上げた二人に意味が?」


「ジェイスとアンゼルムはブレイジスの結成に関わってる。魔術師憎しの感情だけで国の集合体に反旗を翻した屈強な人間たちだ」


 その過程自体を否定することは無い。むしろ賞賛しているようにすら聞こえる口調はブレイジスの兵士として模範的な態度と言えるだろう。


「だから、彼らに何を言っても無駄だ」


 スレヴィは会議に出ていた訳では無い。にも関わらずローワンが提言していた内容を知っているかのような様子だった。


「お偉方の考えるブレイジスっていうのは魔術師を本気で滅ぼす為の組織なんだよ。その宿願を果たすまで止まっちゃいけないと躍起になってる」


「兵士になることを選んだ身です。それくらいは……」



「気付いてないな?」


「…………?」


 返答をわざわざ遮るほどの要素があるようには思えなかった。不審な人間でも見たのだろうかと考え、ローワンは首を使わず眼だけで周囲を捜索すると、



「魔術師を滅ぼしたいならなんでイクスなんてものがある?」


「そ……」


 それは、に続く言葉が咄嗟に出なかった。明確な答えをローワンは持ち合わせていなかったのだ。


「現代の個人が持つ最大の力、それが魔術だ。そんな力があってはならないと密かな魔術師狩りが横行して、やがて束を形成し殺人を繰り返した」


 魔術師が生まれてから、世界の倫理は衰退した。

 私刑が当たり前となる地域が増え、各国がその抑制に走ったが魔術師の発見報告と比例するように忌み子(まじゅつし)を殺す人間が増えていった。


「魔術師なんて呼び名も誰かが繕った仮初だ。その存在を否定する()()はみんな化け物、人外と呼んでた。その根本があるのに、どうして化け物になろうとする?」



 イクスは後天的に魔術に酷似した力を手に入れる為の手段である。魔術師に対応可能な一個人を必要としたブレイジスが前大戦に発明した画期的な代物だ。


 どうして魔術師絶滅という目的に邁進するブレイジスの兵士たちはそれを拒絶しなかったのか。ローワンは察しがついていた。


「あの時からブレイジスの中は壊れていたんでしょう。魔術師に勝てない、それでも魔術師を滅ぼしたいという感情から生み出された異能(ちから)を彼らが否定しなかった。その時点でブレイジスの大義は崩れたんですよ」


「そんな君も、イクス使いなわけだが」


 イクスの使えないスレヴィが、イクスを扱うローワンの神経を逆撫でするような言い方で責め立てる。


「ええ、俺も否定しなかった。それだけです」


 短絡的ながら、皮肉にまみれた答えを出したローワン。ジェイス達に足蹴にされた不満や、一向に話の着地点が見えないスレヴィの話題にストレスが溜まってきていたゆえの発言だった。


「中年の喋り方は癪に障るか、すまないな。だが……」


 コーヒーを飲み干したスレヴィの表情はそれまでと一変していた。世間話をしていたような落ち着いた顔ではなく、


「君のスタンスが分かって良かったよ」


 期待を込めて、笑っているようだった。


「何を言って……」


「君の意見は概ね正しいと思うよ。だが逆を言えば、だ」


 ブレイジスは魔術師を否定しても、イクスを否定しなかった。そこには魔術師に対抗するためという理屈もついている。


 されど━━━━━━━━━━━。



「イクスは、本当に()()()()()()()のか?」



 スレヴィの感じていた違和感は、ローワンに新たな視点を与えることとなった。

 話したがっていたであろう本当の目的が見えてくる合間にもスレヴィは自らの知見を話し続ける。


「八ヶ月経ってどこも大苦戦だというのにも関わらず停戦はおろか撤退もない。どうしてここまで強気なのか分からなかったが……最近、こう考えることにした」


 想像すればきっとあたるほどの答えでありながら、ローワンはその中身を聞きたくなかった。知れば知るほど、心中の均衡が保てなくなってしまうからである。


 だが知らなければならないという使命感もあった。



「奴らには隠し玉がある。戦争を━━━━━世界をひっくり返せるほどのとんでもない兵器がある」


「……そしてそれは、イクス使いにも照準を合わせてくる。そう言いたいんですね?」


「ああ……だから、協力してくれローワン。我々はそれを確かめなきゃならん」






━━━━━━━━━━━━━━━






 ヤクーツクの地に、たった一つの種火が降りた。


 その種火は一点を中心として拡がり、いずれ火の海となる危うさを孕んでいる。


 この街になんの縁も愛着もない者がその種火の前に立っていた。


「おいおい。折角ガーディアンズサマの目から離れられたってのに今度は何だ?」


 雪の降り頻る街で揺らめく影は、段々と大きくなっていく。それを前にした三人の男の中で最も華奢な体躯の男は、すぐさま戦闘態勢に入るが。


 中央に位置していた別の男が、その存在の正体に気付いてしまった。



「…………クク……まさか、生きてたとはな」


 その男は接近してくる影を見て嗤った。愉悦か悲劇かは他人では判断出来なかった。


「ハイヴ、やめとこう。こんな人数で正面切っても勝てねえよ」


「それは、とてもありがたい提案ですね」


 戦おうと構えていたハイヴ・クルーリヤはその判断に感謝した。彼でも分かる、眼前の人物の実力は自分など遥かに超越した存在であると。


「エルヴィス、ハイヴ、十二番で合流だ。死なねえように立ち回るんだな」


 全身を機械で覆った長身の男は何も言わずに同意した。反対意見など出るはずもない。余計な口を出せば自分が狙われる恐怖という感情を植え付けてくるかのような目つき。



 昔はそんな顔じゃなかったはず。


「知らない内に随分と風格が出たじゃねえか」


 雪の奥に見える影は言葉を発した。



「アライアス、さん……」



「地獄の案内人が現世にご登場って訳か?」


 アライアス・レブサーブの頬にひとひらの雪が触れる。それは瞬きすらしない合間に熔けていく。否、瞬きなどどれだけ時間が余っていても出来ない。



 そして、その雪は肌の温度で溶解されたのではない。


「……って、しま……ので……か…………?」


「嬉しい再会だが、今度は世界を創った日に会いてえもんだ。またな、(ほのお)を司る魔術師━━━━━━━━━」


 半壊されたアジトに入り込んでいた雪は消失し、周囲は灼熱に包まれていく。心ここに在らずの影が発する焔は信じ難い速度で三人を追う。


 レブサーブは話もせず、ただこの場を死なずに後にすることに注力した。


 この男と一対一では()りたくないと、出会った日から思っていた。




「ジークムント・カウマンス」




 兵器と成ったような彼にかける言葉は、レブサーブには無かった。






━━━━━━━━━━━━━━━






「ラジオなんて持っていたんだな、珍しく外の事が気になったのか?」


「私の普段を知らない癖に、勝手に理解されると案外腹が立つんだな。それで?」


「ああ━━━━━━━━━━━━」





「━━━━━となっています。繰り返しお伝えします。旧ロシア、ヤクーツクで未曾有の大火災が起きています。街の一部は焦土と化している模様です」


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