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アンサーブラッド-果てなき魔術大戦-  作者: 朱天キリ
第二章 焔の影-戦う者達-
232/243

232. 孤独の否定



 人払いの済んだ病院の一室にて、一同はこれからの動きについて話し合っていた。


「んぐ……で、これからどうするんだあ?」


 出された病院食を目一杯口に入れていたバイロンがこれからの目標について聞いたのは、その場にいる全員だった。


「ソフィーはじめ、負傷者は簡単には動かせないよ。そもそも戦える身体じゃない」


「それは分かってんだが……国連の今の状況が外に漏れてたとして、一番喜ぶヤツらがいるよな?」


 シャロンの報告を受けてなお、ヘイスは自分が最も気になっている者達への注意を忘れていなかった。


 誰も口には出さなかったが、見当はついていた。バイロンが答えを明かそうとした拍子に出てきそうな食べ物を洸が抑え込みながら、代わりに言ってみせた。


「ブレイジスですよね」


「ああ、ヤツらが今の状況を知ったら好機(チャンス)だと思うだろ。だから……」


「その前に動いてブレイジスの根元を叩く」


「分かってんじゃねえか」


 少しの笑みを含めながら、明瞭で簡潔な作戦を提示した潤を褒めるヘイス。だがそれが一筋縄で行かないことを一番理解していたのは当の潤だった。


「聞こえは良いがそう簡単にいくものか?」


「だからそこはよ……こう、なんか出来んだろっ」


「潜入か?」


「それだよ!」


 言語化するのに必要な語彙が足らず、結果として感覚派のような受け答えになってしまうヘイスの考えを当てるロジオン。だが、懸念すべき事項は他にもある。


「ブレイジスも勿論気にはなるが、レブサーブの組織……グラティアもノーマークには出来ない。まあ、組織としての規模が小さいからどうにもならないが……」


「二ヶ月以上も動きが見えないとなると、中佐……レブサーブの動きを知ることさえ難しいだろうな」


 情報を得にくい環境にいたグレイスは、アライアス・レブサーブの所業を今更ながらに知ることとなった。だが感情的になるのではなく冷静に現状を見極め、彼のこれからの凶行を感知するのは至難の業であると提言する。


「食った食ったぁ……その話なんだがよ」


 バイロンが常人の倍の速度で食事を終えると、自分なりの解決策を提案した。


「ここと島、二手に別れたらいんじゃねえか?」


「し、島?」


 リンジーが突拍子もない単語に困惑するが、グレイスが後でちゃんと説明するとフォローし、バイロンに続けさせた。


「今すぐ動けるような奴は島に戻って、待機。やる事ある奴とか動けねえ奴は国連に留まる、これじゃダメか?」


「僕もそれが妥当な案だと思います」


 隣にいた洸も珍しくバイロンの案に同調した。しかし、ゲレオン達が気になるのは二人の思考が一致したことでは無い。



「待機って……潜入は?」


 その質問を待っていたような分かりやすい表情をしながら、バイロンは得意げにグレイスへ話し出した。


「ちょいと野暮用があって、ここに来れてねえ奴がいるよなあ、ボス?」


「……!」








━━━━━━━━━━━━━━━






 旧ドイツ、ミュンヘン。

 美しき歴史的建造物が織り成す、文化と時代の博覧会のような街だがブレイジスの象徴となるように建てられた統合庁舎により、政府と軍の関係者が我が物顔で行き交うようになっていた。


「我々がそれを呑まなければならない理由はなんだ?」


 第二作戦会議室では、いち市民が普段拝見することの無い顔ぶれが並んでいた。ブレイジスの上層部である。


 椅子にふんぞり返り、強い眼圧と態度で聞くに堪えない釈明のように話を聞く彼らの姿が、素晴らしいものとは到底思えなかった。


 半円のテーブルに囲われた一人の男は、それらに屈さず自分の意見を言って聞かせた。



「インド洋では痛み分け、マドリードは負けた。ブルガリアも防戦一方と聞きます。これでは現場の士気は維持出来ません」


 国連と対を成す存在として挙げられていたブレイジス。

しかしブレイジスの状況はグレイスらの予想を大きく外れていた。


 戦争のない二年の間、市民と兵士がやったことは次の戦争の準備ではなく傷を癒すことだった。誰も次があるとは思っていなかったからだ。


 二度目は予想外で、早かった。

 物資の底が見え始めるのに六ヶ月。領内での市民の暴動がここ二週間で複数回起きており、鎮圧部隊は二度派遣された。


 各戦線の劣勢や敗北を耳にして奮起する人間は少ない。

 それでもここにいる人間は、兵士達に戦えと言い続ける。


「もうお分かりでしょう。こんなことを続けていては……」



「続けたら、なんだ?」


「…………っ」



 向けられたその眼は、大局の先にあるものを見ていたように感じた。息の詰まるような場の空気に唾を飲み込むことも出来ない。



「ローワン・ジャルグ副長。君の為に合間を縫ってきた時間なのにこんなことを聞かされては、メイフライも堕ちたものだと言われてしまうぞ」


 軍司令部直属部隊、メイフライ。

 その統合副長を務めるローワンは、眼前の男の言葉に揺れた。


 部下を守る為の提案が、部下を傷つけてしまう事もある。だがそれは命よりも優先するべきことなのだろうかと何度も思考を巡らせる。


 だが結果は変わらない。


「もう終いだ。ジェイス、ベルリンでボルドー方面についての会議がある、さっさと行こう」


「分かったよアンゼルム。ここの後始末を頼むよ、ジャルグ副長」


「…………」



 重鎮たちはそそくさとその場を後にする。残ったのはローワンが戦争の現状をできるだけ簡潔にまとめて渡した資料と、立ち尽くすローワンだけ。



「……くそっ」


 お前は無力であると教えられ、机を握り拳で叩く。納得はできない。できないが、納得するしかない。兵士という身分ではどうしても限界がある。


 弱冠、二十九にして大規模な直属部隊の二番手を張れる人材などそうそう居ない。しかし政治の駆け引きなど、戦ってきただけの若者が知る由もなくただ押し潰されるだけの経験を手にするのみ。



「分かっただろ?」



「っ、隊長……?」



 ドアの近くの壁に身体を預けながら、ローワンに声をかける男がいた。ローワンに隊長と呼ばれたその男は、馬鹿な人間を見る表情をしていた。


「無駄だったろうに、どうしてそこまで口を出そうとする」


「負けると分かってる戦いにこれ以上の犠牲は必要ないです」


上層部(あいつら)には絶対に勝つ自信がおありなんだろう」


「……ガルメリオ隊長はどう思いますか?」



 ひどく曖昧な質問に、メイフライ統合隊長であるガルメリオ・ケイオスは光の宿っていない瞳をぎょろりと動かして、ローワンだけを視界に収める。


「お前も自分がブレイジスの兵士ということは分かってて言ってるんだよな?」


 身の危険さえ感じさせる程の威圧感は無意識にローワンを後ずさりさせる。ローワン自身の実力は関係ない。ガルメリオには人を萎縮させるだけの覇気があった。


「俺達には戦う者としての役割がある、それを全うするんだ」


「ブレイジスの勝利を誰もが確信してる訳じゃないんです。これからの戦いは無意味な争いになりかねない。なのに何も考えるなと?」


 劣勢を強いられた兵士達が奮起する可能性はゼロではない。だが国連と倍以上の兵力にもなる戦線がある以上、それら全てを見過ごしてただ奮闘しろというのは無茶苦茶と言って他ならない。


 未来を見据えた大局的見地に立ってこそ指導者である。新たな視点への一助となるよう行った会議でローワンはあしらわれた。


 それならばジェイス達は何を求めているのか。



「そうだ。考えるな。都合の良い駒に成るんだ」



「…………」


 瞳孔は陰り首を少し傾げて無様な動物を見るような表情になったガルメリオ。何の期待も寄せていないような口ぶりと、徹底した他者への冷徹さにローワンは慣れずにいた。


「お前はその歳で充分過ぎるほどの力を持っている。気をつけて生きろ」


「どういう、意味ですか」



「お前の名前が乗った暗殺任務なんて気が乗らないからな」




 そう言い残して、ガルメリオは部屋を去っていった。

 ローワンを殺すような事態になっては後戻りは出来ない。そうなる前に打ち止めにしろと釘を刺されたのだ。


「あの人なりの、情けのつもりか……」


 ガルメリオが興味を示す相手は、戦いにおいて有用であるかどうか。メイフライへ異動してきた隊員の九割以上は関心を持たれずガルメリオは彼等に一顧だにしなかった。


 ローワンを副長にしたのはガルメリオではなく上の人間だが、彼も自分を気にかけていたのだろうかと最後の様子から思案するものの、余裕のないローワンが他人の思考を完璧に言い当てられるはずもなかった。



「それでも…………」



 戦うこと自体を間違いだと断じるのではない。それは現在までの兵士としての自分を否定することに繋がる。

 しかしブレイジスとしての未来も、兵士たち個人の先も霧がかかりまともな世界にすらなれないようでは、何の為に戦っているかが分からなくなる。


 行先が破滅であることを脳裏に過ぎらせて戦うなど不可能に近い。僅かな光でもあればそれにしがみつくようにして生きる。今のブレイジスには暗闇しか感じられない。



 これら全てが幻想で、希望ある世界がその先にあるのならば、その人柱になる覚悟さえ出来ている。だからこそ。


「俺だけだとしても、俺が彼らを止めるんだ」


 同じ心情を抱く者など居なくとも、ローワンは上層部の暴走を抑える。



 彼だけの、明日への戦い━━━━━━━━━━




「ローワン・ジャルグ」


「━━━━━━━━━っ!」


 会議室の後始末を終えた、たった一人の静かな部屋にガルメリオでも、ましてや上層部の人間でもない者がいつの間にか存在していた。



「驚かすつもりはなかったんだが、悪かった。なんせこっちもガルメリオのような男には会っている所を見られたくないんでな」


「…………貴方は」



「スレヴィ・パーシオ。二年前から落ち目で、見る目無しのくたばり損ないだ」



 その男はかつてアリアステラの地で三年もの間、クライヴ・ヴァルケンシュタインと盤上の戦を繰り広げた人間だった。





ローワン・ジャルグ

メイフライ副長。現状を省みないブレイジスに疑念を示す。

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