022. 無くしかけていた
ゲレオンとシャロンに連れられ、二人が来たのは医務室と書かれた部屋だった。
「ここにあるぞ」
ゲレオンがグレイスの横を歩きながら彼に小さな声で話す。
「へぇ」
納得する声を放つグレイス。
二人の背後にいる潤はアリアステラ戦線と違って電気が暗いことから薄気味悪ささえ感じていた。
前にいるシャロンがそのドアを開くと、大量に置かれた医療機器や患者の為の多数のベッドの中、ひとつだけ存在感を放つアタッシュケースにグレイスは目がいく。
「あれだよ」
シャロンが指さした方向にはやはりその箱があった。
あの中に例のものがある、そう思っていたグレイスは真っ先にそこへ歩いていった。
「これが、俺の新しい腕」
シャロンがケースに触れ、その留め具を外し中身をさらけだす。
「ん……? うわぁ!」
飛び跳ねそうな驚き方をする潤。
そこにあったのは生身の人間の腕と見紛う程のみかけと質感を持った義手だった。
肘下の部分に繋ぎ目が存在するも、その外見はヒトの腕そのもののようだった。
「すごいクオリティ……というかなんだこれ」
「剥製とかそんなちゃちな物なんかじゃないって言うんだからこれは凄いの」
その文言に疑問を持ったグレイスは彼女に問いかける。
「これは動くのか?」
「らしいね、筋肉の電気信号、義手と神経による接続だけで可能だそう。簡単に言えばコレは生体兵器、そう易々と作れるはずがない」
匿名の一民間人が製作するなどまず不可能。天才技術者などじゃない限り不可能だというシャロン。
兎にも角にもまずは付けてみなければ始まらないと考えたグレイスは、手前にあった椅子に座り込みあるはずだった右腕から下を机の上に差し出す。
「毒とかは?」
「事前に一応検査してますよ、こんなのに注射が効くかいささか疑問だったけど」
シャロンがその問いを返しつつ、ゲレオンを手伝わせ共に準備を進める。
「さっき生体兵器、と言ってたな? それはどういう意味だ?」
「簡潔に言えばこれは魔術師の生身の腕同然、魔術遺伝子だってある」
グレイスが詳しく聞くと、人間は魔術遺伝子が集中している所があるらしい。
頭部、心臓周り、そして四肢の手首足首にあるとシャロンは用意を済ませながら語る。
どこかひとつでも欠損すると力が衰弱し、魔術の使い勝手も変わってしまう。
「この義手には細胞も魔術遺伝子だってある。しかもコレを付けた本人に順応しやすく改良も行われている…だから、私はこの義手を生体兵器と言ったの」
「アリアステラ戦線じゃ考えられないほどのオーバーテクノロジーだな」
グレイスが皮肉を言うとシャロンはグレイスの目の前に来る。
「じゃ、取り付けるよ」
何も話さす静かに頷くグレイス。それを見たシャロンは丸みを帯びてしまったグレイスの右腕に接続する。
「つっ…」
縫われた腕の先端に針が刺さるような痛みを感じる。
痛覚を刺激されると今度は何かを吸われるような感覚を覚える。
義手の中にある細胞を自身に適応させていると聞いたグレイスはその不思議な感覚の疑問が消えた。
そのまま二分ほど経つとシャロンは口を開き、階級上の上司である彼に指示する。
「大丈夫みたいね、試しに動かしたら?」
「わかった」
背もたれもないその椅子から立ち上がり、右腕を前に差し出す。
指に、一本一本命令する、そこには自分の腕があるかのように確かに動く。
「一世代前の義手は動かせても多少の誤差があったんだけどこの義手はそんなのないからね」
「よく調べたんだな」
「そりゃ、患者に渡すのは安全であるべきだからね」
用意周到でその義手を知り尽くした口ぶりの彼女の話を聞きながらグレイスは動作確認を終える。
「こいつは凄いぞ、潤」
感嘆の声を漏らすグレイス。このモノの凄さを他人に伝えたい彼は後ろにいた潤に伝えたがる。
安堵と期待、尊敬の眼差しで潤はグレイスの話に聞き入っていた。
話を聞いていたゲレオンはその会話の区切りのいい所で止め、グレイスにあることを伝える。
「大尉、ちょっといいか?」
「ん、なんだ?」
「これを」
するとゲレオンは手紙をグレイスに渡す。
怪しく思うグレイスは後ろに書かれた宛名の名前を見る。
そこに書かれていたのはあの日の彼女、アイリーン・グリーンフィールドの名前だった。
右腕を取り戻したグレイスは、空き部屋だった寝室でペンを持ち彼女への返答を考えていた。
彼女の手紙の内容はグレイスの想像と反していた。
グレイスが軍人である以上、急用が入り突然いなくなる事は仕方ないという理解。自分の仕事疲れに気を遣ってくれたことへの謝罪がそこには綴られていた。
とある要件で国連本国の軍の人間と会った際にグレイスの状況を知り、それを聞いたアイリーンは手紙と見合いの感謝を伝える為に送ったらしい。
グレイスはアイリーンから手紙が送られるなど思ってもいなかった。
所詮は見合いを一度しただけの関係。あれ以降彼女の笑顔を忘れるなど出来もしなかったが、もう一度会うこともないだろうとも思っていた。
それが今になって手紙が送られたなどと言われるグレイスは心底驚いていた。
だが、それもその一瞬。驚愕は嬉しさに変わっているのに自分ですら気付いていなかった。
そしてグレイスはその気持ちに応えるべく文を書き始める。
今更自分などに手紙を送ってきてくれることへの感謝、たとえ文面上であろうと身の危険を案じてくれる優しさをも褒め倒すグレイス。
どんな相手にも模範のような回答しかしないグレイスはアイリーンに対してもそのような言葉でしか書き表せなかったグレイス。
一種の職業病とも言えるその書き方に特に異変も感じず書き終える。
アイリーンに対して抱く気持ちが自分では理解できないグレイス。
期待なのか不安なのか、親愛なのか憎悪なのか、はたまた別の何かなのか。
それがなんなのかも分からずにグレイスは封筒に入れたその手紙を送り、前を、敵のいる方を向いた。
シャロン・リーチ
腕の立つ女性医師。
 




