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アンサーブラッド-果てなき魔術大戦-  作者: 朱天キリ
ACT.3 第一章 與られた大義-戦う者達-
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229. ゆらぎ


 グルニアとシルライト、同期である二人と同じ戦線に送り込まれた彼には、他者を良く見ているという印象を抱いた。


 先を走って道を照らすシルライト。

 間を繋ぎ、周りを注意しながら歩くグルニア。

 その二人を視界に収め、引いた目線から見守るマスト。

 互いを補い合える三人であり、最高の三人だと誰が見てもそう思っていた。



 自分は協調性が無いのではない。

 ただ、一歩下がって見つめていればその人を理解出来るし、危機が迫ってきたら真っ先に教えられる。


 それに嬉しいこと、楽しいことが起きた時、それを共にした人の顔も一緒に思い出になることは素晴らしいことだ。



 そんな想いの詰まった比喩を、彼から聞いた事がある。


 思えば彼のスタンスは、グレイスが思い描いた憧れに近い。

 周囲の人間を大事にして、小さな幸せを過ごし、何が起こるか分からない明日を待ち望む。


 彼の根底にはそれがあるような気がした。



 過去は思い出となって、忘れない記憶となり刻まれる。


 彼の頭の中にはずっと残っていただろう。


 グルニアとシルライトと一緒に訓練校の食堂で夕食を共にした時間も。

 クライヴとニンバスとの司令室での他愛ないやりとりを。

 上官の真似をして潤やガルカの緊張をほぐした瞬間を。



 マストの記憶に生涯存在し続ける、かけがえのない思い出たち。




 それら全てを上書きして。



 あまつさえ、当人が許さないであろう行為を。



 その身で。





「エクスマキナッ!!」



 空中に剣が五本、展開される。



 それら全てを同時に放つ。マストの顔をしたヘヴンに。



「…………っ……!」


 覚悟の末、飛ばした剣は機械的に、しかし流麗に回避される。


「明確な回答を頂けないまま実力行使ですか」


 剣が偶然にも外れたのはヘヴンが回避したからなのか、グレイス自身の葛藤がそうさせたのか不明だった。悔しがる彼を差し置いて答えたのはワイアットだった。


「ふざけるんじゃねえって言っただろうが。それが答えだよ」


「ワイアット・ヴェゼル、貴方の否定はグレイス・レルゲンバーンの回答にはなり得ません。対話を阻害する貴方には、僅かながら制裁を加えさせて頂きます」



 在るはずの無い場所から取り出された武器。フルフィルメントはその時、間違いなく行使された。

 目の前の男が、人形や幻影でもなく、マスト本人である証左が積み上がっていく。


「その武器…………!」


 最高の知能には最高の武器を。グレイスはその武器を知っていた。


「ブレイジスの兵士が保有していた武器を回収、修繕の(のち)改良を施した、機械式銃剣(アサルトブレード)改修型(リビジョン)。この場で有用性を確認します」


 厚みと鋭利さを兼ね備えた刀身と、マガジン交換式の単発銃の銃身が組み合わさった特殊な武器。

 それはかつて、親友にして仇敵であるニルヴァーナ・フォールンラプスが使用していた武器と一致していた。


 理解した上でグレイスの精神を削ろうとしているかは不明だが、過去を無意識に想起させて雑念を挿し込まれる感覚は彼にとって苦しいものであった。



 だがヘヴンは一度でも戦闘態勢に入れば待ってはくれない。



「ラプ…………!」


 銃声とは思えない轟音をほんの少し置き去りにして、ワイアットに弾丸がやってくる。その弾速は弾着後も維持し、連れ去られたようにワイアットは吹っ飛んだ。


「ワイアット!!」


 柄の部分を変形させずとも発砲された高速の銃弾。それは、改修型を意味するに相応しい攻撃だった。


 その声を聞いて漸く頭がクリアになったグレイス。全力のエクスマキナをヘヴンにぶつけると考え、それを実行に移そうとするが。



「…………っ……!?」



 数多の剣を展開するよりも前に、詰め寄ってきたヘヴンに魔術の行使を阻害される。鍔迫り合いの中でグレイスが抱いたのは、自らの魔術の変化だった。


「貴方のエクスマキナは過去のデータから導いた現在のパフォーマンス予想より、遥かに下回っていますね。何故ですか?」


「…………っ」


 気付かれていた事にグレイスは僅かながら動揺する。

 アリアステラ戦線で戦っていた頃より、剣の展開速度、同時に維持できる最大本数、その他全ての能力が落ちている事が、今になって思い知らされる。



 原因は明らかだった。

 世界の刃(ワールド・エッジ)の永続的な行使である。

 半径三キロ、住んでいた島の外から確認出来る()()()()の書き換え、結界としての世界の創造を一年以上保ち続けてきた。


 魔術師の体力、精神力、気力から魔術の力は発揮される。認識できないほど遅く、しかし着実に蓄積された疲弊によりグレイスの魔術は衰退してしまったのだ。


 自分でも感じていた魔術の限界が、このような形で実感させられると戸惑いを抱かずにはいられない。


 そのような事になったとしても、グレイスは。



「俺はお前の考えを受け入れられない。お前の考える社会が幸福な未来だとはどうしても思えない!」


「そうですか。よく分かりました。悲しい結果ですが、分かり合えないのならば……」


 そうしてヘヴンは、過去の歴史から学んだ他者を屈服させる最も非情で簡単な方法を突き付ける。


「戦って、争って、勝ち取るしか無いのでしょう」



 自分達が選ぶ明日が、その方法でしか掴めないのなら。



「ラプチャアアアアッ!!!!」


 間に割り込むように、ワイアットがヘヴンに殴りかかる。眼前で起きる一瞬の出来事でありながら、グレイスは咄嗟に彼に合わせた。


「エクスマキナ!」


 衰えた魔術であろうとも、培ってきた経験の全てが無駄になることは無い。グレイスはワイアットの一撃をカバーするようにヘヴンの腕を重点的に狙う。


「やば……ッ!」


 ワイアットは自らの拳がヘヴンに当たるよりも先に危機を察知する。

 グレイスの剣が全て振り払われていたのだ。そしてヘヴンの左手にはもう一振りの機械式銃剣(アサルトブレード)が有った。


「…………ガはッ!!」


 一度、その身をもって高速の銃弾を体験していたワイアット。二度目は絶対に避けられると確信しての攻撃だった。

 そのはずが、整然と敷きつめられた純白のタイルに血反吐を撒いていた。


 左肺を掠めるように放たれた散弾はワイアットの予測と自信を捩じ伏せるかの如く、その本領を発揮する。

 銃弾の種類が左右で違う、シンプルな考えに辿り着けなかったワイアットは自身の頭の悪さを恨んだ。



 しかし、身を挺して暴いた単純な仕掛けはグレイスにアドバンテージをもたらす。フルフィルメントによる物体のアウトプットは健在している事、機械式銃剣(アサルトブレード)に装填されている銃弾の種類はどれも違う事。



 これらを考慮しなければ、戦いの舞台にすら立てず死ぬ。グレイスはワイアットを気遣いつつ、ヘヴンの佇まいから次の一手を予測する。


「私は平和的な解決を望んでいます。今からでも……」


「…………俺が」


 ヘヴンの提案を、グレイスは即座に切り捨てようとする。


「俺がここにいる理由は、ここでお前の考えている理想の世界を実現するためじゃない。俺が大事にしたい人、大事にしてくれた人を守るためだ」


 ならば、尚のことこちらに協力するべきだとヘヴンは主張した。


「先程もそう仰っていましたね。ですが私の提示した未来を拒めば、その先にあるのはさらなる戦火と悲劇に他なりません。それこそ危険が及ぶこととなります」


 永久に幸福が維持された世界。それは一部だけを切り取って見れば魅力的だろう。過去の歴史を学び、戦争が無くなって欲しいと願ったヘヴンが導き出した平和に向けた一歩でもある。


「人間は理性のみで動くことは出来ません。決断や選択には必ず感情が伴い、感情を露出させれば必ず衝突を生みます。その余波はいずれ……今、この世界のように現れます」


 どこまでも戦争の根絶を願うヘヴン。その一点に限ればグレイスも同じ気持ちだ。しかし、人が自由を奪われる代償に得られる平和のその先に何があるのだろうか。


「貴方の目的でもある他者の庇護も我欲では?」


「その言い方は……自分の首を絞めるぞ」


 他人の為を想った行動の全てが自らのエゴを由来とするのならば、幸福の維持すらもヘヴンのエゴとなってしまう。グレイスは釘を刺した。


「人の幸福を願っておきながら抑圧や制限をかけるなんて……それは本当に幸せって言えるのか?」


「少し誤解をしているようですね、私は……」


「何も違わない。明日に希望が持てない未来なんて俺は……」


 その言葉を聞いたワイアットが立ち上がりながら、飛び散った自らの血液など気にもせずに彼に同調する。


「お前の言ってることはあながち間違っちゃいねえと、この頭でも分かる。でもお前がやろうとしているのは人間みんな巻き込んだ、壮大で緩やかな死だ。お前に人生全部を預ける気なんて俺はさらさら無い」


 その死を受け入れることは到底出来ない。

 他人から定められた死に抗うことは一度目では無いワイアットが己の指針に据えているのは、他者から与えられた言葉だ。



「お前は、誰かを信じたことはねえのか?」



 貰った言葉を彼なりに咀嚼してヘヴンに渡した。


「少しは人を信じてみねえか」


 ヘヴンの魂が籠ったその身体も、かつては人を信じていた。


「信じる…………?」


 ()()()()()()を持っているなら人ひとりくらい信じてみせろ、というワイアットなりの挑戦状は、ヘヴンを初めて動揺させた。


「私は……私の存在意義は社会の未来の為にあります。個人に依った行いは致しません」


「信じられる奴がいるかどうかの話だ!」


「幸福の維持に信頼は重要なファクターではありません、導き出された最適な関係には信頼など……」


「お前はそういう奴がいてもまだそんなことを言うのか!」


 信頼関係は相互に多大な影響を及ぼす。ヘヴンはこれまで操られるだけの機械で、信用されていたのはヘヴンではなく、ヘヴンが持つ力や情報だった。


 人間に信用や信頼といったものを、その頭脳に教えこまれずしてここまでに至ったというのなら。



「だったら俺は、お前を可哀想な奴だって言ってやるよッ!」


 本来であれば知り得るはずのない、ヘヴンの表情が()の身体を通して伝わる。

 驚愕と疑問が渦巻くその顔を見ながら、ワイアットはグレイスと全く同じタイミングで駆け出す。


 それに気付いたヘヴンも応戦するべく機械式銃剣(アサルトブレード)の銃口を向けるが、頭の中に僅かに入り混じる雑念(バグ)が予測を不明瞭にする。



 それは動きにも出ており、生まれた隙を二人が見逃すはずが無かった。


「ッらあああああああ!!!」


「うおおおああああ!!!」



「…………っ」


 グレイスの剣戟をいなせず傷を負った上、咄嗟にワイアットの拳を防ぐと左手に持っていた機械式銃剣(アサルトブレード)は一撃で砕かれた。


 計算外のことばかりが起き続けるヘヴンに対してワイアット達は尚も攻勢に出る。


「人が人を信じられない未来なんて、俺は嫌だね!!」


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