221. 台風の目
作戦行動開始前、ブラック・ハンターズ四人が揃って行っていたのは各自のポジションの確認とその会議であった。
「上からの指示は第四棟での待機では?」
「大丈夫だ。どうせ俺達がオルブライトについていれば、奴らは連絡でもして数の差で追い詰めてくる。だったら最初から戦力を分散させ、数を削ることだけを考えるんだ」
彼らの総数は決して多くは無い。故に作戦の為に自分から顔を出してくるチャンスも少ない。ならその少ないチャンスで相手の戦力を削げば最終的にはこちらが有利なると踏んだのだ。
エグゼはその説明に更に付け加える。
「それにこれはヘヴンの命令だ。上の人間よりも優先される」
「なるほど……オルブライトは取られてもいいのですか?」
「ああ、敵がオルブライトを救出する理由は今の地位があるからだ。どんなに部下たちが邪魔しようとも、司令という地位を取り除けば動ける幅は狭くなる」
政治的、軍事的立場を利用してくるのならばそれを取り上げてしまえばいいだけの話。だがそれは四人がやることでは無い。
「私達が勝つには……一体どうすれば……?」
ナセスが明確な答えをエグゼに欲した。ガルチュードは既に答えを得ているような素振りで立っており、芥はそれに興味もなさそうだった。
エグゼは彼女に優しく教えた。
「……そうだな。俺達はただ、目の前の敵を殺せば良いだけだ。お前達なら出来ると信じてる」
「……はい」
「そろそろ時間だ。全員、所定の位置に」
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「ひとつ、お前に聞きたいことがある」
「俺は無い」
「そう邪険にしてくれるなよ。同じ肩書きをもらった仲だろう?」
潤とエグゼの対話は、潤による一方的な拒否から始まる。だがどう言おうともエグゼが話をするのは既定路線だった。
「櫻井潤、今更お前が出張ってきても何にもならないだろう。それにお前はこちら側につくものだろう」
「誰が決めた?」
「俺が思っただけだ」
「大人しく帰ってれば俺はお前らに始末されるだけだろ」
任務の失敗に加え、あの作戦の標的と何度か接近している人物が生還したとなれば、国連に対するスパイと見られる可能性はないとはいえない。
その可能性さえあれば今のブラック・ハンターズは暗殺しかねない。
「お前らは国連の誰だろうと平気で殺す」
「任務だったらお前だって遂行したはずだ。それに、お前達の時にそういった人物の排除する任務が少なかったのはノックス・マッコルガンが身内殺しを忌避していたからだ。お前達は甘やかされて育ったんだよ」
「ただ内部に敵を作るだけの任務は自分達の首を絞めることにも繋がる。あの人がそれを分かってただけの話だ」
誰が彼らを管轄しているのかは潤の知ったことでは無いが、少なくともノックスが守っていたその一線を越えた非情な人物であることは分かる。
「お前には分からないだろうな」
今更見知っている男の名を挙げたのは分かりやすい挑発と揺さぶりの為。潤はエグゼの話に乗る素振りを見せず二振りの剣を構えた。
「組織に準ずる人間ならば己の下らない矜恃など捨て去ればいいものを。まあ、それは……」
エグゼもその意志を悟るとレイピアと拳銃を潤の身体に刻み込むべく向かい合う。
「俺が、言えた義理ではないな!」
言葉を吐きながら行ったノーモーションのレイピアの投擲は潤の虚を突いたかに思えた。
「……」
空を切る音が潤の耳元で鳴り、レイピアは部屋の壁に刺さった。回避出来ていなければ眼球に当たっていた所を直前で避けていた。
彼の手足の先の微かな動きも見逃さない。エグゼの動き出しを捉えた潤はそれよりも先に彼の首を狙った。
「はあッ!」
紛れもない殺意を感じ取ったエグゼは笑みを零しながら、繰り出された突きを右手で掴んでみせた。
「っ!」
首に到達する寸前に止めた手のひらは血が流れ出していた。
多少の傷も辞さないエグゼの行動を予測出来なかった潤がもう一方の剣で斬るよりも速く、エグゼは左手に持っていた拳銃を向けた。
「ウルサヌス!」
抑え込んでいたエグゼの右手を振り解き、かつ炎を纏いながら潤は拳銃を持っている左腕目がけて力を入れた。
「っと」
エグゼの表情は先程まで会話していた時と同じで平然としているように見えた。だが右手の指は四本も斬り落とされ左前腕は部屋の隅に吹っ飛んでいた。
「余裕に見えるな」
「何を言う、腕が無くなって痛がらない人間はいないさ」
「隠さなくても、お前の魔術はもう割れてる」
エグゼ・マリアーノ。彼は不死身の肉体を持つ魔術師である。
ゲレオンに弾丸で心臓を撃ち抜かれても、潤に身体を裂かれてもなおこうして生きている。
「不死身の魔術……対処法も確立されてないなら、俺がやるべきことはひとつしかないだろ」
作戦会議でそう言い放った潤は、この戦いの決着など最初から求めていなかった。
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「あっ……!?」
眼前にやってきた剣先を腰を反らせて何とか避けると距離をとってその身に纏うオーラを肌で感じる。
「ぶねぇ……!!」
「お前がやることはそれだけなんだな」
魔術師と非魔術師の戦闘は当然前者に軍配が上がる。廊下に立ち塞がるヘイスはそれを理解した上でこの作戦に望んでいる。
「俺が体力を削れば、いずれはあの男の弾が当たると。そう踏んだってことか」
「お前んとこの隊長止めるには俺らの中でいちばん強いヤツをぶつけねえと時間稼ぎになんねえからな。おかげで俺が出張る羽目になったんだよ」
加筵にとってこれは僥倖だった。エグゼの言っていた通りに最初から敵と当たったことで戦力の分散に成功していたのだ。
「なるほど……」
その上、最高戦力はエグゼに気を取られている。ここで狙うべきはエグゼとの共闘による二対一の構図では無い。
「…………なっ!」
遠距離からの狙撃を狙い続けるゲレオンを即座に殺し、彼の庇護を無くしたヘイスの制圧。
これを速やかに完了することが最善の策と考えた加筵は正面に陣取っていたヘイスを避けて、真横にあったドアを破壊して部屋の中へ入っていった。
「てめ、待ちやがれッ!」
自分が死んではならない為無理が出来ず、ヒットアンドアウェイを繰り返すヘイスを黙らせるよりも少しだけ骨が折れるものの、魔術師を先に殺す方が後の負担が軽くなると考えたのだった。
「チッ……そっちに行ったぞ!」
壁越しの籠った声で聞こえたヘイスの言葉。焦ってゲレオンに通信したのが丸分かりだった。
トライスカーズで壁を破壊しながら最短距離で進んでいく加筵を止める者など、誰も━━━━━━━━。
「テオフラス!!」
その瞬間、加筵の視界は多量の小さな爆発に覆われた。
移動中に襲われた加筵は少しばかりの傷を負うが、撤退と言うには程遠いほどのかすり傷だった。
自分の傷の具合を確かめる間もなく襲ってきたのは僅かな風と、煙と空気を裂く一発の銃弾だった。
「成程、逐一報告してるのか」
その銃弾は加筵のいない方向に飛んでいった。正面の戦闘ならば勝ち目などいくらでもあるが、いつ、どのタイミングで撃ってくるか分からないとなれば話は変わる。だからこそ加筵にとってゲレオンは早急に始末しなければならない標的だった。
だが、ヘイス達も彼を起点に動く算段で戦っている。ゲレオンに近付かれたくはない。
ならば思いつく限りの手は尽くす。それが勝利への第一歩ならば尚更だった。
「戦力はあるだけ使うのがお前らの作戦か?」
「貴方達に教える義理なんてありません」
ゲレオンに近寄られるよりも先に加筵を攻撃したのは、ソフィー・ロングハーストだった。
「知らないままでも、倒されることは出来るんですから」




