021. コペンハーゲンの守護者達
「あぁ、グレイスさん」
彼は基地の入口で待ちぼうけていた。
グレイスは彼に先に行くことを命じ、あの男の墓参りをしていた。
「すまないな、寄るところがあって」
「いえ、全然構いませんよ」
塀の横に設置された小さな小さな部屋の中に、門兵は暇を持て余していた。
二年ほど前に売り捌かれた雑誌を手に怠惰に仕事を流していた。
「すまない、ここに用があって来たんだが」
国連軍の兵士全員に渡される身分証をグレイスは本を閉じた男に渡す。
パスポート代わりにもなるその身分証を髭面の男はまともに見ずグレイスの後ろにいる潤に目線を向ける。
「そっちのは?」
「ああはい!」
出す準備をしていたのにも関わらず男の厳つい風貌のせいで震えた声を出した潤。
引っ張るように取った男は潤の身分証を先に見る。
「ふうん、日本人か……ん!?」
潤の分を見終えグレイスのカードを見始めるとすぐさま驚いた表情を見せる。
「レルゲン、バーン!? あのアラスカの……英雄じゃねえか!」
「そう言われてるみたいだな」
その単語、英雄という言葉にはやはり慣れない。自分の顔は知らなくとも、その名は知っているという者が世の中にごまんといる様になりその状況にも順応してきたのに、やはりそれだけはどうにも慣れない。
「この戦線にちょっとした事で来るよう言われたんだ」
痛い所を突かれたような顔をしていたグレイスは、その男に通す腕が無くなった右袖をゆらゆらと揺らしながら見せる。
「し、失礼しました! どうぞこちらへ!」
パイプ椅子から飛び跳ねるように立ち上がり、敬礼をするその男はここの司令官まで案内してくれるという。
国連軍の軍服に不満はなく動きやすくもあるデザインだと感じていたグレイスは、たったひとつだけの改善点を見つける。
それは着ている人間の階級を簡潔に表すものの必要性だった。
働き者で部下を思うものであろうと、暴力的で無知な者であろうと、どんな性格の上司の下にも必ず存在する者、それは怠け者である。
目の前にいる男はその体現者ともいっていい。
名も知らぬその男に案内されたのは、外観も部屋の構造も全く違う、アリアステラとは別の基地の司令室だった。
「ここです。では自分はこれにて」
「あぁ、ありがとう」
足早に立ち去ろうとする彼に礼をすると少し振り向き簡単な会釈だけを返す。
彼は一つ目の曲がり道で右折しその姿は見えなくなった。
彼を見送ったグレイスはコンクリート丸出しの廊下の中、脆そうなドアをノックする。
「レルゲンバーンと櫻井です、アリアステラから参りました」
中身もない、周りのセメントとは似つかわしくない木製の扉を二回叩き潤も含め、自分たちの名前と要件を向こうの者達に伝える。
「入ってきてくれ」
「失礼します」
帰ってきたのは入室の許可。
グレイスはこれに反応し目の前の扉を引く。
部屋の中を見ると男性が二人、女性が一人。
彼らと初めてあったグレイスは三人と対面し敬礼をする。
「改めまして、グレイス・レルゲンバーン大尉です」
「櫻井潤一等兵です! 大尉の護衛として同行してきました!」
いつもはクライヴやレブサーブが座っていた場所に似た机と椅子には知らない男が座っていた。
男は潤の言葉を聞くと、彼らと同世代に見えるその顔が緩んだ。
「レルゲンバーン、君に護衛がいるのかい?」
男がグレイスに問いかけるとグレイスは彼にこう答える。
「自分には勿体無い程の大役を担っている彼は素晴らしいと思いますが?」
すると座っていた男は少し驚く。
「ほぉ、なるほど。いやなに、一等兵の存在を否定したり大尉の気持ちを無下にしている訳では無いんだよ」
椅子から離れ本や資料が大量に積まれた机の周りの歩き、グレイス達の目の前に体を持ってくる。
「初めまして、ホラーツ・エッフェンベルガー少佐だ。どうとでも呼んでくれ」
彼が挨拶すると両側にいる男女が今か今かと待ち構えていた。
ホラーツが二人に気付き落ち着かせるような手振りをする。
「あー、ではあとは横にいる二人に聞いてもらうとしよう」
自分では止められないと判断したのかその後の進行を彼らに任せる。
首を縦に振り左側にいた男は一歩前に出て話し始める。
「ゲレオン・ブラント少尉です、お初にお目にかかります大尉」
「ああ、よろしく」
グレイスとゲレオンはがっちりと左手を握り合う。
「自分には、これしか能がないですが、どうぞよろしく」
スナイパーライフルを見立てた動きをしながらへりくだるゲレオン。狙撃手の彼にこの場にいるもう一人の人物を紹介される。
「あっちの白衣着た女がシャロン・リーチ。魔術師だけど衛生兵長という珍しい奴だ」
シャロンと呼ばれた女性は軽く頭を下げる。
どうも、とグレイスもやり返すとゲレオンはグレイス達がここに来た理由を理解しながら話し始める。
「今回、あなたの義手がシャロンの下に届けられたということらしい。匿名で」
「匿名、ね」
送られた者の名前も送ってきた場所も分からないその義手は彼女、シャロン・リーチによるとありえないほどのものだったらしい。
ゲレオン・ブラント
実直な狙撃手。ホラーツやシャロンとの信頼関係は強固。




