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アンサーブラッド-果てなき魔術大戦-  作者: 朱天キリ
ACT.3 第一章 與られた大義-戦う者達-
214/243

214. 天国と地獄



「ヘイス、起きてくれ」


 深夜、久しく寝ておらず漸く休めると意気込んで睡眠をとっていたヘイスだったが、身体を揺らされると飛び跳ねるように起きた。


「ゲレオン」


「起こしてすまない」


 悪戯で起こすような男ではないと一目見れば分かるその態度に加え、周りを見渡すと部屋にいた潤やシャロン、リンジーまでもが起きているのを知ると緊急の用件であることを即座に理解した。


「うん……な、るほど……伝えておく」


 その中で、起きてからこれまでずっと誰かと話していたシャロンに目線を向け、起こしてきたゲレオンに質問した。


「どうしたんだ?」


「ロジオン達と繋がってる、あっちが調べてた事で進展があったらしい」


 簡単な経緯だけを聞いているとシャロンはその数十秒後に電話を切った。


「合流場所は変わらず……分かった。それじゃ」


 今時ではない携帯を閉じて仕舞うシャロンに、ゲレオンが会話の内容について聞いた。


「彼らはなんて?」


「幾つかあるけど……まず、オルブライト総司令はまだ生きてるって」


「そうか」


 彼が死んでしまえばカルセドニーとの協力関係は破綻しかねない。それに、今行われている戦争の結果をも揺るがすこととなる。早急な処断は国連側も望んでいないことと見ていた。


 しかし、不要になればそこまでとも言える。


「内部に残った人達がなんとかして解放しようと試みたんだけど……」


「失敗したのか?」


 不安視したゲレオンの問いにシャロンは首を横に振った。


「勝てる目処が立つまで助けるな、前線の指示や鼓舞も重要な事だから、って言われたそうよ」


 正しい判断でありそれに、彼らしいとゲレオンは感じた。彼にとって重要なものは彼が抱える全ての兵士であり、戦い抜いた果てに見出す平和への執念そのものであった。


「そうか……」


 だが視界は広くとも、後ろから刺されるような真似には対応できなかった。ナイフでは無いが、不意に突き立てられた権力などといった凶器に反応出来ず、オルブライトは捕まった。


「彼の救出はカルセドニーとの共同戦線の維持に必要なものだ。実際、俺も助けたいと思っている。その意志をカルセドニーに時折見せないと協力を取り付けられなくなるかもしれない」


「そりゃねえだろ」


 ヘイスは状況を理解しているからこそ、ゲレオンの発言を斬った。


「戦うのはあいつやその仲間の領分じゃないだろ。なのにあいつらが俺やお前らを利用しているだけの関係になったら、良いカモだぞ」


 両者、支援と戦力といった不可欠な役割を担う関係だが片方が崩れては先行きは不透明になる。

 カルセドニーにとってもゲレオンは必要な存在であるはずだが、ゲレオンの主張はこの関係においてカルセドニー側が優位に立つ隙を与えている事に他ならないとヘイスは疑問を呈した。


 が、ゲレオンはそれも分かった上で話していた。


「そうかもな。でも、背中を預けるには少しばかり頼りない方が良いかもと思って」


 少しびっくりしたような顔をした後、ヘイスはこの場にいない者の顔を脳裏に過ぎらせながら納得した。


「……ま、余程じゃねえ限り口出しはしねえよ。こっちも協力して貰ってる立場だしな」


「悪い」



 立場を理解しているヘイスが居たからこそ生まれた議論が終わると、シャロンが次に移った。


「それと……国連は市民や軍に未公開の技術を使用しているかもしれないって」


「未公開の技術?」


「うん。彼の仲間が推測するに、国連領内で行われている全てのネットサービスへの瞬時な介入及び改竄が可能なシステム、って言ってた」


 情報局出身のゲレオンでもそれに当てはまる技術の事柄を知らなかった。


「介入と改竄……」


「なんか知ってんのか?」


「いや、聞いたこともない。どうしてそれがあるのかも知らない」


 聞き覚えのない単語の羅列を記憶の中から掘り起こそうと試みるが上手くはいかなかった。何故そのようなシステムが必要なのかを知らない彼に、その正体を暴くことは難しいものであった。


「そんなシステムがあるという噂さえ情報局では聞かなかった。よほど上の連中でもない限り存在は知らないと思う」



 その言葉を聞いた潤は、この議論で初めて自分の意見を出した。


「都合の良いように情報を制限できるのであれば、上の連中にとってこれほど素晴らしい世界はないでしょう」


「それは……」


 潤は達観していて、冷笑しているようにも思えた。そんな彼を、ゲレオンは複雑そうな顔で見ていた。


「……ただ、そのシステムのルーツが分からない限りは使われてる本当の理由も分かんないでしょう。そのシステム自体への侵入、とかは可能なんですか?」


「試してみたらしいけど、こっちの跡を残さない程度だとどうしても難しいって」


 予想はしていたが大した情報が得られないとなると、国連がどこまで自分たちのような人間を観測、把握出来ているかも分からない。つまり、安易な行動は身を滅ぼす状態になっている。


「この状況だと身動きをとるのは難しいんじゃ?」


 潤の懸念点はゲレオンが素早く解決してみせた。


「そうでも無い。カルセドニー達と離れてから今まで、少なくとも俺とシャロンを追跡しているような奴はいなかった」


 というのも、二人はあらかじめ追跡される可能性があると、ゲレオンの提案によって電子機器や端末を持って来なかった。念には念を込めた準備が功を奏した結果となっていた。



「こ、これからどうするん、ですか?」


「カルセドニーやロジオン達との合流を図る。まずはそこからだ」


 ゲレオンの発した人物に聞き覚えのないリンジーは横にいた潤の説明を聞きながら、現在の状況を確認する。


「そういえば、司令が捕まっている場所は……」


「防衛総省本庁舎の地下に、って」


「……ペンタゴンか」


 潤は囁くようにぼやいた。


 ゲレオンにとってはオルブライトと最後に話した場所でもある。彼に託された任務は、気付かれない程度に内部を探る、だった。

 こんな大事になってしまうとは思いもよらなかったが、視野を広げるその一点に関して言えば失敗ではないだろう。


「俺はブラック・ハンターズのことも気になります」


 それについてはゲレオンも潤と同意見だった。

 情報局が手を惜しまないであろう国連上層部。その実行部隊として動いているという予測はきっと間違いではないだろう。


 しかし━━━━━━━━。


「奴らを動かしてる上の連中はいずれ、自分達の思うがままに国を動かしますよ」


「どういうことだよ?」


「……あそこは、任務であれば国連に殉ずる人間でも殺す、ということだ」


 ヘイスの疑問は潤によって一瞬にして解消された。ブラック・ハンターズとはそういう部隊なのだ。


「黙認している奴らが多いほど、そいつらの都合のいいように暗殺を正当化できる。邪魔者は消すだけという思考の奴らが上に立てば、やがて市民にも腐敗のしわ寄せが来る」


 正しく悪循環。立てた予想が必ず当たるとは思わないが、そうなる可能性は少なくは無い。


「隊長らしき奴を殺したはいいが……他の奴らが諦めるような奴でもないだろう」


「…………ん? 潤、今なんて言った?」


 ゲレオンは彼の言葉を聞き逃さなかった。それが彼の作り話ではなく、ゲレオンの勘違いでもなければ恐ろしい事実だったからだ。

 潤の言っていることが正しければ。いや、潤の言うことは本来間違っていなければならない。ゲレオンは確認するように聞き返してしまった。


「なんです……?」


 潤にも、ゲレオンが何をしたか、何を見たかを伝えた。


「俺は……あのレイピアの男の心臓に、文字通り風穴を空けたんだ」



「…………ああ、なるほど」



 潤の中で、全てに合点がいった。

 魔術を使わない理由と、身体の損傷を省みないような戦い方と、男が最期に放ったはずの言葉。



「奴は……今のブラック・ハンターズの隊長は、恐らく不死身だ」







━━━━━━━━━━━━━━━







 泥濘のような血溜まりが階段を滴り落ちていく。生暖かく地面に飛び散ってからさほど時間は経っていないようだった。

 中心に置き去りにされていた死体は絶対に動くことのないもの。



「隊長、大丈夫ですか」



 そのはずだった。



「ガルチュードか」



 死体だったものはむくりと起き上がり、近付いてきた部下、ガルチュード・デイヴィッドに目をやった。刻まれていた数々の傷はガルチュードが来た時にはもう無くなっていた。


「今日も死ねなかったんですね」


「生憎な」


 飛び散った鮮血の中で軽口を叩き合う二人。遠慮のない口調のガルチュードは本題を自らの隊の隊長に切り込んだ。


「芥たちに追わせますか?」


「いい。我々は一旦本部に戻ろう。追わせるのは他の奴らは任せておけ」


「ブラントやリーチと繋がってる可能性は……」


「その線で見た方がよさそうだ、その方がこっちも都合がいい。奴らは国外逃亡なんてしない。オルブライトをこっちが握っている以上、近い内に救出作戦にでも出るかもしれん」


 そうなった場合、無策ではブラック・ハンターズ含めた国連も意表を突かれる可能性がある。そうならない為にも本部へ戻って準備を始めることは間違いでは無い。



「今回はターナーに殺られたんですか?」


 傍から聞けば歪に聞こえる会話を繰り出すガルチュードに、エグゼは正そうともせず、首を振った。


「いいや、死に損ないが地獄から這い上がってきた」


「…………?」


「会ったらお前も驚くぞ」


「そういうのは興味を持ちそうなのにやって下さい」


「手厳しいな。まあ、そういうお前だから引き入れたんだが」


 サプライズや冗談が好きでは無いガルチュードを見ていると、彼を誘った判断は間違いではなかったと思えた。


 正直な人間で、汚れも知っている彼だからこそ。



「奴らが来る前に済ませておくことも幾つかある」


 その用事に最初はピンと来ていなかったガルチュードだったが、エグゼのお遊びとも言えるぼかした喋り方でその内容を当ててみせた。



「……ヘヴンですか」



「ああ。そろそろ俺達の役に立ってもらう頃だろ」




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