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アンサーブラッド-果てなき魔術大戦-  作者: 朱天キリ
第二章 巡り逢う者達-グレイス・レルゲンバーン-
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020. 我が師に






 一面に広がる青空と平原、それを抜けると急に暗闇の中へと入る。


 彼は喪ったものを取り戻すべく、ある場所へと向かっていた。





「異動……ということですか?」


 レブサーブに言い渡されたその一言に彼は動揺していた。


「違う違う、なんでもお前の右腕(ソレ)を治してくれるやつがいるんだと」


 アレから二週間。敵は一度も攻めてくることはなく、こちらから進撃することもなかった。


「つまりあれだ、お前に相応しい義手の提供者がいるらしい、それも匿名で」


 彼らの声以外の雑音などひとつもない中、彼は言い渡せられていた。


「つーわけで、お前がそっちに出向くんだ。あぁ安心しろ、護衛もつける」


 先程の言葉に続いて言われた男は理解もできず、ただ頷くことしか出来なかった。


「では、グレイス・レルゲンバーン大尉。二日後にここ、アリアステラ戦線を離れ、コペンハーゲン戦線へ向かうことを命ずる!」






 かくして、グレイスはアリアステラ戦線の周囲にある戦闘地域の中で最も医療設備、医師が充実していると言われるコペンハーゲン戦線へと向かうこととなった。


 "護衛"という名目のもと、同行する櫻井 潤とともに。


 鉄道に揺らされている中グレイスと潤は向かい合わせに座っていた。


 本来あるはずのものがないせいか、右腕の部分だけ緩んだ長袖を着ているグレイスは車窓の向こうをただ見つめていた。





「グ、グレイスさんってなんで軍に入ったんですか?」


 唐突な質問に潤の顔を見る。

 純粋な彼の疑問に期待に添えるよう答えるグレイス。


「俺は、師匠が国連だったから成り行きみたいなもんだよ」


「へぇー、グレイスさんを鍛えた師匠ですか……」


 師匠、と呼ばれた男に興味を示す潤。


 二週間前の出来事にただ唖然としていた彼も義手の話を聞いて、護衛をすすんで立候補したらしい。


「でも子供の頃にたった数年みっちりと教えてもらってからは、軍の仕事が忙しくなっていつしか帰って来なくなったが」


「あっ、えっと。ご、ごめんなさい……そういうのだって知らなくて」


 グレイスは潤を責めることはなくこう諭す。


「いいんだよ、気にしないでくれ。でも、代わりに潤が入ったきっかけを教えてくれよ」


 顔を下げ謝っていた潤が、グレイスの顔を見て怒っていないことに気づき話し始める。


「俺はちっちゃい頃……三歳ぐらいの時に旅客機のテロ事件に遭ったんです」


 本当か、ともいいたげな驚きの顔を少し垣間見せるグレイス。

 それを見てから潤は話を続ける。


「炎の中、周りを囲まれてすっごい熱かったんすけど一人の魔術師が助けてくれて…そう! グレイスさんみたいな背中をしていました!」


「俺みたい?」


「本当に小さい頃ですけど、それだけはよく覚えてるんですよねぇ」


 潤の小さい頃といえばグレイスもまだ十代前半。考えうる限りの可能性を思った結果出た答えは、師匠と呼ばれた男の背中だった。


「ああ……」


「俺、それでこんな風に人を救えるような人になりてぇーって! そしたらグレイスさんに会って!」


 熱く語る潤にそうかそうかと唸るグレイス。


 彼の仕事が多忙な時にあった事なのだろうと思うグレイスは、久しぶりに思い出したその顔に懐かしさすら覚えていた。


 クライヴも彼の部下として働いていた時期があったそうだ。もしかしたらレブサーブもその時期があるかもしれない。


 彼は魔術も近接格闘も射撃訓練もその全てをグレイスに教えこみ、どこかへ居なくなった。


 その男はグレイスが良い成績を叩き出すと、決まってこう言う。


 ナイスショット、と。


 何気ない会話の記憶さえ思い出したグレイスは、彼が自分達の目の前から居なくなってから特別な日に限って向かう場所のことを思い出していた。


 彼の墓だ。以前行った際は訓練校の卒業と戦地に向かう時、その前は訓練校入隊とことある事にその場所へ赴いていた。




 そしてその墓がある場所は、今向かっているコペンハーゲンにあった。

















「久しぶり」


 コペンハーゲンに到着してから真っ先に来たのはグレイスに師匠と呼ばれ慕われていた男の墓だった。


 慕っていると言っていた潤にその事実は教えず先に行けと、彼に指示したグレイスは一人で目を瞑っているであろう彼と相対していた。


 グレイスにその名すら教えていない彼はその墓石にも書かれず一言二言、こう書かれていた。



 その先に世界を。


 意味は理解していない。ただその言葉に重みと深みを感じていたグレイス。


 逆さ松明をシンボルとされたその墓は葬式すら行われなかった。


 親族も、愛すべき人もいないと公言していた彼にも他の誰にも言っていない、自分にだけ教えて貰ったことがひとつあった。


 自分には娘はいるがどこにいるか分からない、何かの巡り合わせで会ったらそれはラッキーだ。そういった彼は次の日から帰ってこなくなった。


 自分の死期を分かっているかのように、その言葉を発した男の正体も結局分からずじまいのまま死んでしまったのだった。


 当時、まだ子供だったグレイスに訳の分からないことを言った彼は今こうして、真っ黄色に染まりきった福寿草の花たちに囲まれて眠っている。



 たった一言、帰還を伝えたグレイスは彼の前でずっと黙っていた。


 黙っていても思いは繋がっている、多分。そう言っていた彼に習い、師匠の墓の前だけではそれ以降口を開けずにいた。


 思いが伝わったかどうかは分からないが、墓石から離れていくグレイス。


 コペンハーゲン戦線の基地がある方向へ歩ていく。


 死んだ彼から少し離れた時、立ち止まり振り向かずグレイスはこう言った。


「じゃあ、行ってくる」


 今度は一度も喋らず、振り向きもせずにただ前へと向かっていった。



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