208. 原動力
国際連合国の承認、国際連合軍の結成は当然簡単なことではなかった。
魔術遺伝子の発見以来、世界は不安と怯えを纏ったまま動いていた。
魔術師はヒトであるか否か、そういった論争は止まることを知らず、ある時を境に魔術を持った人間の死亡事件が起きた。
武力を行使した事例が起きてしまった以上、国際連合及び各国首脳は看過できない状況となり、未来を決める決断を始めた。
はじめにアメリカが提唱した、手を取り合い完全に統一された世界というものは、当時の常任理事国である中国とロシアが拒否し叶わぬものとなった。
ユーラシアでは既に魔術師という存在は排除すべきという機運が高まっており、それが国レベルで浸透していることだったからだ。
ヨーロッパにもそういった勢力は出てきており、欧州各国はそういった反対派をずっと懸念していた。そうして今度はイギリスが大規模な国際連合軍の結成を提案したのである。
このままでは世界は小さな火種で覆い尽くされると危惧した者達の、文字通り血の滲むような努力は実を結び晴れて国際連合軍の結成に至る。
しかし、それだけで鎮火することは無かった。
小さな火種だったはずがやがて大きな篝火を産み、遂には軍に対抗しうる規模となっていった。
彼らの行動力の源には、人間より上位の知的生命体などあってはならないというある種歪んだ目的もあれば、愛する者達を得体の知れない怪物から守るという純粋な感情もあった。
そして国際連合軍を結成した者達は再び、国際連合国という共同体を生み出したのだった。
新たな国家形態として世界の平和を目指す、手を取り合い完全に統一された世界への第一歩。
各国を納得させるには時間のかかるものだった。国連軍結成の頃から、思想信条によって魔術を滅するべきだという者もいた。それを無視してでも押し通し結成に参加した国も存在する。
それは、怪物と呼ばれ続けた者達と手を握り、救いの手を差し伸べ、共に歩む為に創られたものだった。
魔術遺伝子の発見から既に、半世紀以上の時が過ぎていた頃だった。
しかし、世界はそんな想いを無下にするかのように、現実を叩きつける。
地域、国による格差は免れず、新たに区分された旧都市は国の中心としての意義を果たさなくなる。
経済は破綻しかけ国際連合国間の均衡すら保つのもままならない状況になっていく。
さらに国連領に残された魔術反対派の暴動とその制圧は国連の体力を落とすのには充分だった。
時が過ぎていき、出来上がったのは魔術師を庇護する為に無理矢理生み出された国の集合体。
果たしてそれが正しかったのかどうかは後の歴史が決めること。
これらの事が起きている間、他の何よりも魔術師を嫌悪する者達と、他人に優しいだけじゃ食えていけない者達の避難所が各地にでき、それから間もなく、ひとつの街が焼け消える事象が起きた。
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グレイスが逃亡の際に使ったクルーザーはかなりの改造を施され、通常の船舶では出せないほどのスピードとそれに耐えうる船体を手にした。
インド洋上をクルーザーで動き続けて半日。ソフィーとヘイスは地上が見える距離までにやって来ていた。
「ライズとお前って上手くやれてんのか?」
「はい。最近はすれ違うことが多いですけど」
「すれ違い? いつからだよ」
「ここ数ヶ月は顔を合わせても喋ることがなかった、ですかね」
会話し慣れてきたのか、話題はどんどんパーソナルな部分になっていく。ヘイスが改造されたクルーザーの操縦に馴染みきった頃にはソフィー自身のことを聞いていた。
「お前らなあ……んなことちゃっちゃと済ましちまえよ。今は一大事だぞ?」
「はあ…………」
「お前らの仲がどんなもんか知らねえが、どっちかが折れねえとそういうのはズルズル引きずり続けるだけだぞ。アイツもタイミングを見計らってるだけで謝りてえかもしんねえから、どっかで時間とってちゃんと目ぇ見て話し合えよ」
「いえ、別に喧嘩してる訳ではないですよ。ただ単に別の仕事を任されてるだけで」
「…………は?」
陸に近づき、砂浜に船を停めようとしていた所でヘイスの勘違いはようやく正される。なにか要らないことを喋り倒していた気もするが、ソフィーは途中から話が終わるのを待っていただけで気にも留めていなかった。
「いや、だってお前、すれ違うってそういうことじゃ……」
「この近くですよね」
「クソ、お節介なんてするもんじゃねえ」
ヘイスは質問に反応を示さないソフィーに振り回されながら、地面に足をつけた。
洸が解析した結果、通信の発信源はアフリカ大陸。旧ソマリアに位置する場所からだった。
アフリカ大陸に位置する国々は国連に参加こそしているが、魔術師が参入してからの戦争において戦場になったことは僅かである。
戦争に消極的な国が多く、地理的にも難しい位置にあることからブレイジスからも狙われることが無い。
立場上国連でありながらその特性ゆえ、民間人の中にはブレイジスの人間との取引をする者も少なくなく、巨大なブラックマーケットが秘密裏に形成されている。
停めたクルーザーは岩陰に隠し、人と会わないように獣道を進むヘイスとソフィー。道中の話題はグレイスと、グレイスの国連からの逃亡理由についてだった。
「聞いた限りじゃ国連の早とちりにしか思えないな。クーデターの準備もしてねえ、証拠もねえのに狙われるなんて相当邪魔だったのか」
「前の戦争で、彼はずっと英雄として持ち上げれていました。国連が各前線の士気を維持するために時折利用していたんです」
「それで名前と顔を覚えられたわけなんだろ、聞いてる」
軍内部では知らない人間の方が少ないということは彼にとって別段珍しくもないということは周知の事実だった。
「問題は、誰が殺そうとしたのかだろ。国連にだって良い奴はいるだろ?」
自分と反対側にいる人間は全て敵。そういった考えを持つ兵士は少なくない。そう考えた方が精神的にも良いかもしれない。
だがヘイスは現実を見ようとしていた。盲目的に人を殺すことは出来ないと彼の中にある良心がそう訴えかけているのだ。
ヘイスにとっての良い奴は、今まで沢山その目に映ってきていた。
「はい、もちろん」
「だったら尚更だ。それを見つけて潰せばグレイスは国連に戻れるんだよな」
「そんな簡単な話ではないと思いますけど」
「そりゃ分かってるが、多少の援護はくらい貰えるだろ」
「何と戦う為のですか?」
「よりデカいこと考えてる奴らだ」
それを語るヘイスの横顔は険しくなっていた。彼が何の為に戦っているか、それはソフィーの知る所では無いが少なくとも、ソフィーよりも先にある戦いを待ち望んでいるようだったのを彼女は感じた。
「その考えている奴らに」
草を踏みしめて進んでいた足は止まる。先に進んでいたヘイスにつられて歩みをやめたソフィーは彼の身体越しをよけてその先にいる誰かを確認する。
レインコートを着た二人組。
雨が降っていないのにそれを着る理由に、おおよその見当はついている。顔を見られてはいかず、武装しているのを悟られない為だろう。
だが彼らは挨拶代わりに、彼ら自身が信頼を得られるようフードを上げた。
「アライアス・レブサーブという男は入るか?」
「……っ、お前は?」
「サキエル・グランザムだ。お前らは、グレイス・レルゲンバーンの使いだな。簡潔に、ここに至るまでの経緯を説明する」
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「その話、本当か?」
「それほど驚くことじゃないだろ」
「いや……急だったから。じゃあなんだよ、サキエル。お前……」
「ああ。潤、恐らくお前の予想している通り俺は……」
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ヘイスとソフィーは、グレイスから知りうる限りのサキエルの情報を聞いていた。
前の戦争で敵同士、つまりブレイジス所属。であるにも関わらず魔術とイクス、両方を持つ特異な存在。
グレイスにとってはそれだけの関係の男だった。
「え……?」
「それだけか?」
「簡潔にすると言っただろ。聞いてなかったのか」
「いや、聞いてたが……じゃあその身体は?」
「俺の魔術で器として保たせている。まあ、ゾンビと思ってくれても構わない」
サキエル・グランザムという男の素性は聞いても分からないことだらけだった。事を急いているようにも見えるサキエルの端的な説明に追いつけないのもそうだが、そもそも彼を取り巻く全てが突拍子もなく、規模の大きな話だったからだ。
「お前らが信用出来ないのも無理はない。だがグレイス・レルゲンバーンはこいつを渡せば受け入れるはずだ」
指差した方向にいたのは、彼によって治療を受け生き長らえることの出来た男だった。レインコートの下にほんの少し見えたボロボロの装備一式にソフィーは見覚えがあった。
「元ガーディアンズの……?」
「櫻井潤だ」
「昔、グレイス・レルゲンバーンと同じ部隊にいた男だ。俺達は奴の生存を知って、コンタクトを取るべきだと判断した。戦力にはなるだろう」
「かもしれないが、お前らにとってのメリットはなんなんだ?」
ヘイスは気になっていた。ヘイス自身がグレイスにつくメリットは現状において離散した友人との再会とグラティアの野望の阻止、その両方を叶えられる唯一の方法であること。行き場を無くしているであろう彼らも同じような理由なのか。
それを答えたのは今まで応じていたサキエルではなく、潤だった。
「少なくとも俺は、メリットなんて考えてない。ただ、やるべき事をやるだけだ」
どれだけの時間がかかっても。
結んだ約束を、託された願いを、果たすべき誓いを、全て。
それが彼の、原動力だった。




