207. 確認事項
新生ブラック・ハンターズとの追走劇を終えたゲレオン、シャロン、ロジオン。彼らをヘリで迎え入れたカルセドニーによってひとまずの休息を得た彼らは、シャロンによる治療を受けながら現在自分たちが置かれている状況を把握しようとしていた。
それよりも前に話すべきことが一つ、ロジオンとカルセドニーにはあった。
「モーテルで回収されてからは……本国で紆余曲折って感じか?」
「そんな所です。懲戒処分という形でオルブライト司令に助けて貰いましたが、それが無ければ日の当たらない場所で首を撥ねられていたでしょう」
曰く、カルセドニーは故意に組織への加担をしていたのではなく、裏で操っていた人物によって仕組まれいつの間にかやっていたことだとオルブライトは周囲に説いたそうだ。
カルセドニーはそれを任務だと告げられており、若干の不信感こそあったが国連議会員の護衛は雑務も押し付けられることで有名だった。これもその一環だと彼は任務を遂行しようとしていたのだ。
そんな彼を糾弾しては真実に辿り着くことも出来ないと、オルブライトは自らの直属にすることでカルセドニーの身を守ったのであった。
「国連議員の護衛という箔もきっと、私の実力で得たものではなく誰かの手で仕組まれたものでしょうね。でもそのおかげで助かったとも言えるのでなんとも言えませんが」
怪我の功名とも言うべきか。そんな状況になってしまったのもそれを救ったのも誰かのおかげであることにカルセドニーは理解こそすれど、納得するのは難しかった。
「オルブライトについてからは?」
「直属の部下としての仕事を。それこそ、今のブラント中尉のような」
セドリック・オルブライトは国連の内部に対してかなり危機感を持って行動していることが分かったロジオンは、クライヴがなぜオルブライトを信頼していたのかも理解出来るようになる。
誰かに利用されているとも知らず、ただひたすら無知だった彼を救ったのだからカルセドニー自身が恩返しをしたいのも頷ける。
カルセドニーの近況を聞き終えると、今度はゲレオンが尋ねる。
「君が来てくれたのはとても助かった。正直、俺達だけじゃあの場を切り抜けられる気がしなかった…………でも良かったのか? 直接的な協力は避けたいと言っていたじゃないか」
恐らく国連から明確な敵対者として認識されているゲレオン達と、オルブライト直属の部下と知れ渡っているカルセドニーが接触していることが露呈すればその危険はカルセドニーどころかオルブライトにも及ぶ。
カルセドニーはそれをよく理解していたからこそゲレオン達と会わないことを原則として動いていたはずが、彼の方から出向くとはゲレオン自身、思ってもいなかった。
「状況が変わりました。それはもう、とても」
「どういうことだ?」
言うべきかそうでないか、少しの間悩んだ顔を見せるカルセドニーだったが今の彼らに隠すべき裏もないと理解すると口を開いた。
「オルブライトさんが軟禁状態になりました」
「っ…………もうか」
その予測は出来ていた。しかし、こんなにも迅速だとは考えられなかったゲレオンは唇を噛んだ。
「分かっていたんですね」
「まあな。あれほど上の立場だと怪しい動きも勘づかれやすい。特にオルブライト司令はあっちからしたら警戒するべき対象だろうな。あそこまで人望を持ってる人は今の国連には中々いない」
「私もよく聞くよ、オルブライト司令の話。立場上、人と会うことも相当あると思うし彼を慕ってるとまではいかなくとも良い印象を持ってる人は結構多いんじゃないかな」
「そんな人が急に死んだとなればガーディアンズの士気を保たせることも進行中の作戦の継続も難しい。ブレイジスに隙を突かれる可能性だってある。軟禁で済んだのはそのあたりが理由だろう」
国連も彼を軽々しく始末することは自滅への道を歩み出すことと同じだと知っているようで、軟禁は妥協案だろうと話を聞いていた全員が理解する。
「話す相手を制限しているようで通信の類も許されていないみたいですが、進行中の作戦の指揮自体は今も継続しているようです」
なんの影響も無いならば今すぐにでも処断されるものの、セドリック・オルブライト相手ではそうもいかない。彼は陸の全権を任された軍のトップだ。
任務に支障が出なければオルブライトの身動きを取らせず連絡手段も制限する。彼の人間性から任務や作戦をボイコットし前線の兵士を困惑させるようなこともしない。彼は自分よりも他人を優先する性格だと周囲に知られているのだ。
「なので、ここに来たのは私の判断によるものです。ですが……より危険になったのは確かです」
「そう、だよな……」
ゲレオンは口元を隠しながら悩む。
カルセドニーの口ぶりから察するに、オルブライトが秘密裏に動かしていた人物はカルセドニー本人とゲレオンだけ。カルセドニーが既に国連に気付かれたゲレオンと行動を共にするということは、こちらの動きの全てが相手に把握されかねないということだとロジオンは考えていた。
「あんな不意打ちに打開策なんてなかった。強いて言うなら俺が最初にやられなければ良かったんだが」
「そんなことは……」
「でもメリットだってあるはすだ。カルセドニーが例の通信設備を手配してくれるんだろ?」
「ええ。場所自体はまだバレていませんが、いつ発見されても可笑しくはないかと」
ロジオンは他人に全幅の信頼を置く性格ではない。かつてあったはずのそれは、自分の首が斬り落とされると知った時に無くなった。
しかし、自分の仲間ならばきっとこうしているだろうという予測だけは常にしていた。
「まずは通信設備に行きたい。俺の仲間に今の国連領の状況を伝えて、援護に来てもらおう」
「外部からの救援、ですか。考えていなかった訳では無いですが、それを実行するには協力相手への信用が出来なかったもので」
「安心しろ、お前も知ってる奴だ」
そう聞くとカルセドニーはロジオンと初めて会った時のことを思い返す。あの時のちょっとした恐怖と、約束を守った彼らへの感謝の念を同時に思い出し思わず感嘆の声を上げる。
「あぁー……なるほど、分かりました」
「そっちも仲間を引き連れてる可能性に俺は賭けたいな」
ゲレオンの希望的観測にロジオンは頷いた。孤立無援の今、とにかく欲しいのは人手。戦うにしても逃げるにしても、助けに来る人数が少なくとも四人よりかはマシだと誰もが感じていた。
「グラティアの方はどうするの?」
「保留……じゃないか。この状況から抜け出さなきゃそいつらを調べることすらままならない」
「ゲレオンに賛成だ。今はとにかく国連に一矢報いる程度の状況を作り出したい。通信設備はどこに?」
「フィラデルフィアに」
ロジオンが仲間とはぐれたのはオーストラリア。それからどこへ漂流しているか知らないがこの時代、大気圏の外でもない限りは近場だ。彼ならば嫌味を言いながらもどこからでもすっ飛んできそうな予感さえロジオンはしていた。
「じゃあまずはそこへ……そういえば」
ロジオンは一つ、気がかりだったことをゲレオンとシャロンに聞く。
「俺に、ブラック・ハンターズの事を教えてくれないか」
シャロンがゲレオンの顔を窺う。
当然、ロジオンには知る権利がある。仲間として共有せねばならない情報でもある。だが彼にとってブラック・ハンターズとは助けることの叶わなかった者達のことであった。
「俺の……俺達の、昔の仲間がいた部隊だ。今はもう殆ど死んで部隊も解体した」
その言葉を絞り出すのにゲレオンは苦労した。親友が死んだ時と同じで、ただ報せを聞くだけだったが、親友と違って乗り越えた出来事でもない。
シャロンも同様だった。
医師として、人の死はこの場にいる誰よりも見てきているが、見届けられなかった死は当然哀しむ。それがより深い関係であるほど無常さをひしひしと感じる。今はそれに浸る余裕がどこにも無いことも知っていた。
「なら、彼らは? 新生ブラック・ハンターズ、とでも言うべきか」
「俺も分からない。だが以前オルブライト司令と話している中で、怪しまれる部隊をあえて創設しそれを隠れ蓑にすれば本命の部隊は誰にもバレることなく任務を遂行出来る。ということを考えていた」
「その本命の部隊が新生ブラック・ハンターズ?」
「かもしれない。でも今回わざわざ表舞台に出てきた理由が分からない。俺達を確実に始末出来ると踏んでいたから? いやそれじゃ……」
頭を抱えて悩むゲレオン。組織という隠し事にはぴったりのものの中に隠されたものにはそれなりの理由があると踏んでいたからだった。
「俺たちの行動に気付いてるのは確かで、攻撃までしてきたのはなにか意味があるとは思う。でも今ここで結論を出さなくてもいいんじゃないか?」
「そう、だな。いずれ分かることかもしれない」
四人を乗せたヘリは不安と謎をかき消すことは無かったが、向かうべき場所には足を進ませてくれた。
━━━━━━━━━━━━━━━
「終わったよ」
「もうか? 速いな」
「まあ、通信の仕方こそ複雑っぽいけど中身は単純な作りだったし」
「すごいなお前」
「まあ、別にそんな凄かないと思うけど」
他人に褒められるということに未だに慣れない青年は純粋な賞賛に笑をこぼさずにはいられなかった。
ソフィーがヘイスを連れて島に帰ってきて一番に訪れたのは、通信係として居残りを命じられた汐瀬洸の部屋だった。
ヘイスがかつての仲間から託された通信機は水浸しになってしまっていたが、それを洸がいとも容易く直してしまったのだった。
「助かるぜ。これでようやく……」
感慨深い表情をするヘイスの背後にあった扉が急に開く。部屋を開けられて真っ先に問いかけられたのはそこの主ではなかった。
「ソフィー、いるか?」
「はい」
「今からまた、出てもらっても大丈夫か? 燃料はもう入れたんだが」
「アンタがグレイスか?」
グレイス・レルゲンバーンは久しぶりに、知らない人間に名前を呼ばれるという事象を体験した。
ガーディアンズに所属していた頃は当たり前のように知れ渡っていた自分の名に表現出来ぬ感情があったが、数年ぶりにそれを味わうと、グレイスも当然のように振舞った。
「そうだけど……ソフィー、この方がもしかして?」
「はい、彼がヘイス・デ・ブラウンです。元ブレイジス所属でライズの同僚でもあった方です」
「ライズの……じゃあデル・フェドリを相手取ったチームにも」
「参加していました」
「なるほど、申し訳ないですが、ライズは丁度出払ってまして」
「そりゃそこの修理屋から聞いた」
「しゅ、修理屋……」
洸は納得のいかない顔をするが、強面の男に怖気付いて口には出さなかった。
タイミングが悪くライズのいない間に来てしまったがヘイスは気にしていないような声色で話し、グレイスに小さな罪悪感を持たせないようにした。
「アンタらがどういうことをしようとしてんのかは来る前にだいたい聞いた。昔世話になったヤツらが怪しいから隠れて暮らしてんだろ?」
「だいたい……その通りです」
大事な所が抜け落ちてないでもないが、最も簡潔にすればそうなるかとグレイスは自らを信じ込ませた。
「でも隠れてるだけじゃ自分たちの誇りとかみたいなんは貫けねえと。だからバレねえようにコツコツと仲間を集めていつかくる戦いに備えてる訳だ」
決して誇りだけが戦う理由では無い。それはヘイスも分かっている。それは一旦隅においてヘイスはある提案をした。
「俺も一緒に戦う。ブレイジスにいても出来ねえことをやる。レブサーブぶっ潰すのも、仲間探すのも全部やる」
「……本当に助かる。ありがとう」
すんなりと受け入れられたヘイスの表明。グレイスとしても真面目で観察眼のあるソフィーの信頼を勝ち取っているヘイスに妙な疑惑などあるはずもなかった。
だがヘイス自身がその決定に納得していないようだった。
「お前、簡単に人を信用し過ぎじゃねえか?」
「え? いや、ちゃんと精査した上で……」
「お嬢ちゃん、また外に出るんだろ? 俺も行く」
グレイスは、ヘイスがやや強引な所があるということを知るも、邪険には扱わずそれを飲み込む。
「率先してやってくれるんですね」
「違う、信頼を勝ち取るためだ。あとかしこまんな」
我先にと部屋から勇んで出ていくヘイスについて行くグレイスとソフィー。いつの間にか洸の部屋には洸以外誰も居なくなっていた。
「変な人だ……」
そう小さく呟いた洸の部屋からどんどん離れていく三人。
決してグレイスがヘイスを信頼していない訳では無いがそれでは本人が納得出来ないと言うならやらせておく他ない。
グレイスはソフィーに断りを入れて置いて二人で行ってもらうように伝えると、ソフィーは仕方がないと頷いた。
「何しに行かせるんだ?」
「ある人に会ってもらいたい。場所は遠くなるが」
ロジオンから渡された通信機を手に、ヘイスはグレイスの説明を聞いていた。彼はたとえどんな場所だろうと行くつもりだった。
「ある人って?」
「昔、戦場で会ったことのある男だ。そして、死んだはずの男」
「……名前は?」
「サキエル・グランザム」
思い起こされた記憶の中での彼は、果ての見えない遠くを見つめているような目をしていた。
その真意は会わなければ分からないことで、それを探るべくグレイスは二人を送り出すのだった。




