205. 漆黒の狩人
櫻井潤が率いていたブラック・ハンターズはあの一件ののち、部隊ごと解体された。同行した別部隊を含め帰ってきた人員はたった数名。
その内ブラック・ハンターズ隊員は一名、この結果は任務の成否を問わず部隊を解体するに足りうる理由だった。
万が一、この作戦の失敗を受けて非国連加盟国やブレイジスに国連上層部直属部隊の存在が知れ渡れば、いつでも不利な状況になりうることからその部隊自体を凍結せざるを得なかったのだ。
しかし、開戦から八ヶ月。事実上の部隊の解体から九ヶ月ほど。関係者の記憶からその部隊があったという事実が薄れていた頃。
ゲレオンは彼らを前にして理解した。
彼ら、新生ブラック・ハンターズこそが、オルブライトの言っていた本命の部隊だと。
「合わせる!」
「ああ!」
ロジオンは拳銃をもう一丁取り出し壁を破壊してきた襲撃者に向かって二丁分の銃弾を贈った。
ゲレオンは彼の考えを汲んで正確に、かつ乱射された銃弾をトラロカヨトルで速度を上げると共に発砲音から着弾までの時間を変えるように、何発かの弾は速度と下げタイミングとリズムを不安定にさせた。
「無意味だ」
色白だった襲撃者の全身が黒く染まる。元より黒の戦闘服を着ていたが更に、肌が漆黒へ変化していった。
「何だあれ!?」
腕を十字に構えて首元へ置く襲撃者にロジオンの撃った弾が飛んでいく。すると、弾丸は全て男の身体に当たった途端、跳んだ。
身体を貫通しなかった。血を噴き出させることも叶わない。ゲレオンの風によるサポートで威力が弱まったものも数発はあるが、それでも人間に当たればまず間違いなく傷を負わせられるものだった。
「小細工はやめろ。投降すれば命までは━━━━━━」
「お前達の部隊は……ブラック・ハンターズは解体されたはずだ」
ゲレオンが男に聞いた。隣にいたロジオンから見たゲレオンの顔は冷静に落ち着いていたようにも見えたが、拳銃を握っている手は微かに震えていた。
「なぜ今も存在している?」
「それが国連の判断だからだ」
「やっぱり、国連か。ガーディアンズではなく」
軍の指示ではなく、国際連合の上層部によるものだと彼に吐かせたゲレオンは確信した。
「お前らが上層部の手先か……!」
「だとしたら、お前達はどうするんだ?」
今更意見を変えて彼らにつくなどという選択肢はもとより無い。それを分かっていて彼は聞いてきていた。
「俺はお前達の部隊の尻尾を追っかけてたんだぞ。自分達から正体を明かすのは得策じゃないんじゃないか?」
「情報局直轄部隊は用済みだ。内部の鎮圧は我々ブラック・ハンターズに委任されている。そして、反発があったから対処するまでだ」
「バレてもいいつもりで来たのか……」
ロジオンは心の声を漏らすようにして所感を呟いた。そしてオルブライトとゲレオンの予想通り、情報局直轄部隊は一時的にこちらの目を欺ければ御の字であり隠す必要の無くなった今は不要な存在ということだろう。
「ゲレオン・ブラント。情報局がお前と鼠の繋がりを知ればどうなるか、知っているだろうに」
なにせその情報局にいたのだから尚更、ゲレオンはそんな人間に用意されている顛末を知っているはずだ。
「コソコソやってたのはそっちもだろ。軍トップのオルブライト司令に何も伝えずに独断で兵を動かすなんて、上層部は内乱でもしたいのか?」
「その逆だ。国連は常に領内の安寧の為に動いている」
仮に、国連上層部が本当にそう思っているのならば何故。
「ならどうしてオルブライト司令を丸め込まない? 彼の手さえ借りればお前達がこうして害虫駆除をすることも無かったろう」
「セドリック・オルブライトには兵と市民が第一だという確固たる意志が存在すると分かっていたからだ。それに害虫駆除はオルブライトを手駒にしていてもやることだ」
先程まで黒い身体だったその男の言葉に違和感を感じたのはロジオンだった。
「…………お前達の上はそうじゃないってことか?」
「……フッ、どうだかな」
「はぐらかすなよ」
ロジオンは男に対して十年来の友人のようにナチュラルに会話を行うが、彼が取り合うことも無かった。
「益の無い会話は終わりだ。自らの顛末を選べ、今」
告げられた実質的な死刑宣告。
戦うか戦わないか、その決定権すら狩人に握られている。獲物である彼らは逃げることすら叶わないと言われているようだった。
ゲレオンは、銃口を対話していた男に向けた。引き金に手をかけて。
「……話に聞く限り、もう少し利口だと思っていた」
「悪いな、俺はまだ諦めがついてないんだ」
「そうか、なら仕方がないな」
彼はその選択をしたゲレオンを見て笑みを浮かべていた。
それがどんな意味なのかもゲレオンは分からないが、それから間髪入れず来たのは紛れもない敵意だった。
「ゲレオン!」
ロジオンもそれを察知して先手を打って出る。手榴弾を投げてゲレオンに合図を送った。ゲレオンなら自身の意図が伝わると、僅かな間で信じた。
「ッ!!」
襲撃者の目前に来た手榴弾に対して跳ね除けようとする男を置いて、ゲレオンの弾丸が捉えたのは手榴弾そのものだった。
彼の目の前で爆発し黒煙を立ち上がらせる。シャロンを上の階へ行くようアイコンタクトをとって、残った二人は黒煙をまじまじと見ながら彼女の後を追う。
ゲレオンが先に人ひとり分の狭さの階段を使って上がりロジオンも男を黙らせたことを確認して一段目を踏みしめたその時。
「うおっ!?」
「ロジオン!?」
突然、階段は一気に破壊されその衝撃をまともに食らったロジオンは背後にあった窓を突き抜けて道路に停っていた車のルーフに叩きつけられる。
「がはっ!」
呻くロジオンの声も遠くからでは聞こえずシャロンに呼びかけられるゲレオン。
「……どうするの?」
「くっ……早く行こう!!」
階段を上りきっていたゲレオンとシャロンは止むを得ず先を急ぐ。
崩れ落ちた階段、煙がたち割れた窓の前に立っていたのは始めに三人を襲撃した男だった。
「やるな、加筵」
「いえ、ガルチュードさんほどでは」
魔術、トライスカーズの使い手である加筵はゆっくりと彼らに近づき、階段を裏側から破壊してロジオンを地上へ落とした。
手榴弾による爆発を乗り越えたガルチュードはそんな彼を手短に賞賛するとすぐさま任務へと話題が移る。
「ひとまず鼠は放っておけ、ゲレオン・ブラントとシャロン・リーチが最優先だ」
「了解、隊長達は?」
「ああ、副隊長は待機。隊長なら」
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屋上へ出たゲレオンとシャロンだが何かしらの確証があって出た訳では無い。しかし、動かなければより危険な状況になるのは間違いない。
「出来るだけ離れよう、それしかもう……!」
「ほんと、ヒールで来なくて良かった!」
冗談を言える余裕があるなら体力はまだ問題なさそうだとシャロンの様子を見ながら考えていたが、屋上伝いに別の建物へと渡るにも限度があった。
大通りを挟んだ先、ジャンプではまず届かない距離の建物にシャロンは立ち止まる。だが後ろを走っていたゲレオンが彼女を抱えて迷わず飛んだ。その大ジャンプにはトラロカヨトルによる風圧の補助があった。
「わあっ!?」
「おっ……と、着地は五十点」
よろめいて反動だけで前へ数歩出てしまうが、ゼロ点のジャンプでそのまま自由落下では無いからマシだという自己採点に後押しされたと考えることにしたゲレオンだった。
しかし、ポジティブな思考のまま居られるのは難しくなった。
「……お前が隊長だな。顔がそう言ってる」
右手には細剣、左手にはくまなくカスタムされた拳銃を持つ男に向かって質疑応答の時間を設けてもらおうとする。
「そうだ。他に何かあるか」
「俺達はどうなる? 君のところの部下は殺害をちらつかせてたが」
「大人しくしてれば上層部主催のデタラメな裁判にかけられるだろう」
「大人しく……しなかったら?」
冷酷で残忍な狩人は答えることはなく口角を上げるだけだった。
「なるほどな。理解した」
シャロンの前に立って庇うような素振りを見せる。拳銃の残弾も残り少ない中、相対するのは新生ブラック・ハンターズの隊長。直前に出たのはあまりにも浅い懇願だった。
「見逃してくれたりするか?」
「いいジョークだ。上にも同じ事を言った方がいい」




