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アンサーブラッド-果てなき魔術大戦-  作者: 朱天キリ
ACT.3 第一章 與られた大義-戦う者達-
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204. 染まる鉛色



 戦時中である現在でも戦火の及ばない旧アメリカの都市部に在住する市民はある程度安定した暮らしを得られていた。貧富や国連領の土地格差等といった社会問題から目を背ければ、そこは平和と言って差し支えないほどに。


 しかしその身をもって不幸を知れば、戦争は途端に身近なものへとなり果てる。


 その不幸はあまりにも突然で、救えない数も多い。


 あらゆる場所で、無数の悲劇を見てきた彼女は、それをよく解っていた。





「分かった。一応こっちでもそれらしい動きがないか調べるけど期待は持てないかも。それと……グラティアの構成員も」


 ゲレオンの目的である国連内部の捜査に協力すると同時に、初対面のロジオンにすら力を貸す彼女にゲレオンは補足をつけた。


「そっちにはアライアス・レブサーブもいる、捜査の目を掻い潜る方法も熟知しているだろうな」


「でも、やるだけやってみるわ」



「……幾らなんでも簡単に信用しすぎなんじゃ? シャロン」


「え?」


 シャロン・リーチは現在、軍医としての道を外れ、国連御用達の医療機関の幹部になっていた。とは言うものの、傷痍軍人の殆どが間接的に世話になっている医療機関に勤めており、相変わらず軍との関係は密接だった。


 そんな彼女の無鉄砲にすら思えてしまうほどの信頼に助力を頼んだ側であるはずのロジオン・エーギンは、僅かな不安を覚える ていた。


「でもゲレオンが貴方の事、信頼したんでしょ? なら私がわざわざ乱す必要は無いかなって」


 しかし、そんな不安は彼ら二人の信頼によって失せる。


 シャロンの理解の速さにロジオンは馴染めずにいたが、信じている人間の言葉ほど身体に染み入るスピードも速くなることは彼もよく知っていた。


「それに、私にだって因縁が無いわけじゃないから」


 誰かに命令されたからではなく自らの意志で動いていることを表明すると同時に、それはゲレオンと同様国連への背信行為に他ならなかった。

 だがその行動がロジオンの細い線を繋ぎ止めるたった一つの方法だった。



「助かります」


 戦友と、戦友の言葉だけを頼りに生きてきたロジオンにとって二人はこれ以上ない味方となり、彼には若干の安堵すらあった。


 ゲレオンにとってもそれは同じだった。オルブライトに忠告された、信頼出来る仲間にのみ明かせるゲレオンの任務を話せる人間は二人もいる。それは精神的な余裕にも繋がっていた。


「といっても、俺はここでは何も出来ないけど……」


「グラティアの存在自体と、知りうる限りのメンバーを教えてくれただけでも充分なくらいだ。特にレブサーブは以前から情報局でも追っていたが中々足取りの掴めない人物だった」


 彼が徒党を組んで大きな企みを持っているという情報は値千金であった。ロジオンの仲間、ヘイスへの通信はそれに足りうる恩返しになると同時に、いずれ来るであろう国連やグラティアとの戦いへの準備にもなる。


「後は、俺達が頑張る番だ」


 期待と信頼に応えてみせるといったその笑みにロジオンも同じように笑って返してみせた。すると、シャロンがその頑張りの経過を聞く。


「そういえば彼へのコンタクトはどうなったの?」


「オルブライト司令に繋いでもらった。彼は今、司令直属の指揮下に入ってるそうだから。まあ、話を聞いたら妥当だなと思ったよ」


「通信設備を手配してくれる方のことか」


「ああ。彼の能力は情報局のお墨付きだ」


 一体どれだけ有能な人間なのか気になるが、会えば分かることだと自分の好奇心を抑えるロジオン。


「なら安心だ」


 ロジオンの情報局への評価は高く、それは実体験によるものだ。ブレイジスとして戦っている日々の中で彼らが敵として関与していた作戦も少なくない。


「その人物は今回の事の全容を?」


「端的には話した。司令直属だからかな、随分すんなり話が通ったよ。多分司令側で国連を探ってるのは彼だ」


「優秀な方がこちらについてくれることはなんと言うか、良いですね」


「まだこっちと決まった訳じゃない。俺達みたいに危ない橋を渡っていない可能性も……」


 都心に程近いシャロンの自宅近辺、大通りを避けた場所で行われているこの密会に参加しているのは当然、ゲレオン、ロジオン、シャロンの三人のみだ。


「……ゲレオン?」


 突如、黙り込んだゲレオンを不思議がってシャロンは声をかける。



 見え隠れする太陽、大通りから微かに聞こえ感じる誰かの日常。


 そしてそれに紛れる者達。





 それは、彼ら三人だけでなく。




「上だ!」



 ゲレオンが咄嗟に叫ぶ。アパートの屋上から、曇天を切り裂くようにやってくる何かに対して彼らは全力で避けることしか出来なかった。


「一体何が……!」


 ゲレオンの魔術、トラロカヨトルでは自然の風の動きを読むことを出来ない。それ故、危険を感じたのは自らの経験に基づいた勘だった。

 ロジオンと出会った時、自らが腑抜けていると気付いた彼が警戒を高めていたお陰でもある。


 だがそれも、迎撃ではなく回避しか出来なかったとなれば相手の実力がどれだけのものかその一端が理解出来る。


 舗装されたコンクリートの破片が飛散し異物の着地点からは煙が漂う。ゲレオンがシャロンを庇うように離れ、ロジオンは飛来物の正体を確かめようと拳銃を構え、視界が晴れるのを待っていた。



「申し訳ありません隊長、初撃を外してしまいました」


「誰かと通信している……」


 敵の言動から今の攻撃は無差別などではなく、確かに三人を狙った攻撃であることが分かる。


 この三人が集まる以前。ゲレオンとロジオンの邂逅に勘づいたか、ロジオンが入国してからずっと追われ続けていたか、ゲレオンの捜査が看破されたか。

 いずれにしろ三人が集まっている瞬間を狙ったことからターゲットは全員に違いないとゲレオンは推察していた。


「シャロン、離れるなよ」


「これでも援護射撃くらいはできると思うよ」


 ゲレオンほどの付き合いでも、彼女が銃を持って戦う所は見たことが無かったが今はそんな事を悠長に考えているほどの余裕はなかった。



 なにせ相手は。



「プランをB6に以降、可能ならば対象を排除します」


 その声が聞こえた瞬間。



「トラロカヨトルッ!!」


 内ポケットに仕込んでいた拳銃をすぐさま取りだし、煙に向かって発砲。風によって更なる推進力を得たゲレオンの銃弾はより威力と貫通力を増し、ロジオンもそれに合わせるように何発か放った。


 甲高い音が煙の向こうから聞こえてくる。恐らく防がれたと理解したゲレオンはトラロカヨトルで生み出した風圧を一気に相手がいるであろう場所にぶつけた。


「ふんっ!」


 煙が晴れていく。放たれた風圧に後退りすることはなく、相手はそこに立っていた。腕で守っていた顔が明かされる前に、鋭い眼は座り込んでいたゲレオンを覗き込むように見ていた。


「ゲレオン危ない!」


「ッ!?」


 一歩踏み出しただけでその襲撃者はゲレオンに近付き、左手に持っていた直剣が振り下ろされる。シャロンを立たせ最も敵との距離を取らせたばかりで一か八か拳銃で防ごうにも間に合わな速度だった。


「あああっ!」


 先程まで相手と最も距離が近かったロジオンが、男の後ろから拳銃を乱射しながら再び接近する。

 その最中でもロジオンの射撃は全て男の身体に当たるように狙っていた。男はゲレオンへの攻撃をやめ、その全てを自前の運動能力と剣で回避しいなす。


「うあらッ!」


 ロジオンが飛ばした弾丸に気を取られている内に、ロジオン本人は全力のダッシュで男にタックルをかます。壁に打ちつけられたその敵を尻目にゲレオンを抱え込んでその場を離れようとする。


「シャロン、道案内を!」


「っ、分かった!」


 この地域をよく知るであろうシャロンに案内を促しながら走り出すロジオン。

 男の視界から外れるように大通りを目指すが、そんな彼に抱えられたままのゲレオンが目撃したのは右手に拳銃を持った襲撃者の姿だった。


「ロジオン!!」



「トライスカーズ!」



 トリガーが引かれる。

 ゲレオンのトラロカヨトルで咄嗟に弾を逸らし、死角を補っていたゲレオンの注意に気付いて大通りに出た瞬間すぐさま右折するも、銃弾はロジオンの左腕を掠めた。


「大丈夫か、ロジオン!」


 彼の腕から離れ、自らの足で走るゲレオン。

 自分を庇うように走ったばかりに無傷で生還とはいけなかったロジオンを気遣う。


「こんなかすり傷、どうとでも……っ、うっ!」


「どうした!?」


「いや、いつもより、痛いな……と」


 よく見ると腕の傷は()()あった。どういうことか分からず驚くロジオンに、ゲレオンは襲撃者に対して気付いたことを話す。


「俺はあいつらを知らないが……あいつらが所属しているところは知っている…………国連だ」


 やはりか、と納得するような表情のロジオンと唇を噛むゲレオン。

ゲレオンが続けて話そうと口を開くがシャロンによって止められる。


「二人とも! こっちに!」


 シャロンが視線を二人より奥に合わせると迫りくる襲撃者の姿がそこにはあった。先程と同じように一度の踏み込みで猛烈に距離を縮めるその男に、苦肉の策ではあるものの近くの建物に避難する。


「ふん!」


 大きく縦に振られた剣を避けて建物の中へ入り階段を駆け上がる。大きな音を立てて地面に刻まれた斬撃。殿のロジオンが視界から消える間際に見たのはその跡は三つあった。


「それと、多分、あいつらの部隊も」


「部隊?」


 階段を勢い任せに上がる間、ゲレオンは微かに覚えていた記憶と合致したことを報告する。



「そうだ……あの腕の、四本線……」



 丁度五階に上がりきった頃、誰かが住んでいるはずの部屋の壁が突如破壊される。


「うわっ!」


 木くずと鉄とでもみくちゃにされ、完全に壊れた壁の中にいる()()()()()()人物と三人の目が合う。先程の襲撃者とは別の人間であった。


 そしてゲレオンは視線を少し下に向け、改めて確認する。


「……間違いない…………」


 両腕に計四本の黒いライン。それが刻まれた国連の部隊はたったひとつだけだった。




「ブラック・ハンターズ……!!」




「逃がしはしないぞ、ゲレオン・ブラント、シャロン・リーチ。そして、迷い込んだ鼠」




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