銃撃少女
基地の物置部屋で縄に縛られた男がいる。
その男はみっともない声をあげては体をモゾモゾと動かし、なんとか縄から抜け出そうとしていた。
「誰かー、助けてくれー」
こんなみっともない声をあげているのは誰だろうか。
俺だ。
ラク・アルバストル・ブレウマリンその人だ。
ミルフィオリに散々痛めつけられた後、彼女に縄で縛られて物置部屋に放置されていたのだが、この物置部屋というのが厄介な場所で、ほとんど使われていないために人が全く来ない。
しかも地下に作られているので、いくら叫んでも上にいる人にはまず聞こえない。
もはや嘆くことしかできない。
ただでさえ記憶を失ってからの俺はエージェントとして失格だと他のみんなから言われてるのに、今回の任務が失敗に終わればそれに拍車をかけてしまう。
どうしようもない感情で溢れ、それを発散するようにやかましい声を狭苦しい物置部屋に響かせる。
「ミルフィーの馬鹿野郎、このペチャパイ、おねしょ女! 俺をここから出しやがれ!」
本人の前でも、ましてや第三者の前でも絶対に言えないような罵倒を放つ。
『んだ? さっきからうっせぇな……おちおち寝てもいられねぇよ。叫ぶなら人がいないところで叫んでくんねぇか?』
物置部屋の隅、ガラクタの山の中から声がしたと思って振り向いたら、途端にガラクタの山がドタドタと崩れ、中から一人の男が姿を現した。
思わず驚く。
「リーダーじゃないっすか!? なんでリーダーがこんなところにいるんすか……」
「昼寝だ」
ボサボサの赤髪に金色の瞳、いかにも気だるそうな顔をしたその男は紛れもなくイブ・コルヴェアの暗殺を命じた我が組織のリーダー、ガス・ランバート。
居眠り癖があり、職務中でも急に姿を消してどこかで昼寝しているという噂は聞いていたが、まさかそれが物置部屋だったとは。
だが、お陰様で助かった……、
「丁度よかった。リーダー、この縄をほどいてくれないっすか? ミルフィオリに任務をまるまる強奪されたんすよ」
すると、ガス・ランバートはどういうわけか悩む素振りを見せる。そして、見るからに悪そうな薄ら笑いを浮かべ、
「さっき言ってた『おねしょ女』……これについて詳しく聞かせろ、そしたら縄を解いてやる」
「今はそんなことどうでもいいでしょ。ミルフィオリがヘルメス共和国に単独で向かってるんすよ? 早く追いかけないとマズイですって!」
「そうか、どうでもいいか……んじゃ、昼寝の続きだな」
そう言ってガス・ランバートはガラクタの山に身を投げる。
この人は本気だ。
教えないと一生縄をほどいてくれないのは間違いなかろう。
ミルフィオリには絶対に誰にも言うなと口止めされていたが、
「相変わらず人の弱みを握るのが好きなお方っすね」
苦笑しながらも、致し方なくガス・ランバートに話すことにした……おねしょの話を。
◆
ガス・ランバートにミルフィオリの恥ずかしい秘密を洗いざらい話した後、俺はヘルメス共和国に急いで飛んでミルフィオリより先にイブ・コルヴェアに接触することに成功した。
そして、俺は不慮の事故により、イブ・コルヴェアの胸にも物理的な意味で接触していた。
彼女は見た目の年齢は十八歳くらいだが、バストはAカップほどのようだ。
それは歳相応のものとは言いがたい……なんて悠長に胸のサイズを測ってどうする。
暗殺はひとまず失敗した。
俺の能力は悲しみや憎しみなどのネガティブな感情を電撃に変える。しかし、目を閉じてイブ・コルヴェアを攻撃しようとしていたその時、頭の中を巡っていたのは『黒髪』という言葉だけである。
そのせいで、いつの間にか電撃が消えてしまっていたようだ。
とりあえず右手をどけると、イブ・コルヴェアが部屋の照明を点けて、武器を向けてきた。
「動かないで! 動いたら四肢を切断して眼球えぐって心臓ぶち抜くから…………まったく、寝込みを襲うなんて最低」
可憐な見た目に相反して性格は勝ち気。
そして彼女が向けてきた武器は百式魔銃と呼ばれているもので、あらゆる形状に変化する銃。正確には銃の形をした宝器だ。
通常時は小さなリボルバー拳銃だが、刀となり四肢を切断することも、ナイフとなり眼球をえぐることも、そのまま銃として心臓をぶち抜くこともできる。
もっとも、心臓をぶち抜く気なら最初から四肢を切断したり眼球をえぐったりする必要はないのだが、彼女の発言からは多少のサディズムが感じられなくもない。
ひとまず今は乱心するイブ・コルヴェアに対して言うべきことがあるはずなので、それを伝える。
「待ってくれ、勘違いだ。別にお前を襲おうとかそんなつもりは……いや、襲うつもりはあったけども、そういう意味じゃなくて……」
グダグダながらも弁解しようとするが、イブ・コルヴェアは途中までしか聞かず、
「やっぱり襲う気あったんじゃん!」
百式魔銃の銃口を俺に突きつけてくる。
「違う! 俺はお前を殺しに来たんだ。もう言っちゃうけど俺は暗殺者なんだよ!」
こう説明すれば誤解は解けるはずだ。と、思いきや、イブ・コルヴェアは半眼になって、
「いちいち殺しに来たなんて宣言する暗殺者いるわけないじゃんか。ほんとに暗殺者なら寝ている間にもう私のことを殺してるはず……それに万が一暗殺者だったとしても、殺す前に胸を揉むなんて下劣すぎる」
そう言って侮蔑の視線をこちらに向ける。
自分は善人であるか、それとも悪人であるかと問われれば、間違いなく悪人だろう。
だから他人から咎められようと、人殺しと罵倒されようと構わない。
しかし、痴漢に間違われるのだけは御免被る。
確かに触ったという事実は変わらないかもしれないが……、
「お前の貧乳なんて揉んだところで誰もなにも興奮しねぇよ。その辺のゴムボール揉んでた方がまだマシだ」
イブ・コルヴェアの体に興味がないことをアピールするために言った一言だが、この発言は彼女の怒りに火を点けたようだ。
銃声が鳴り響く。
百式魔銃の銃弾が俺の頭のすぐ横を通過した。どれくらい近い場所を通ったかは見えていなかったが、かなり近い場所を通過したというのが肌で感じ取れた。
思わず怯み、体勢が崩れる。
さらにもう一発。
今度は足元を狙ってきた。
当たってはいないものの、数センチずれただけで足の指がイッていただろう。
そしてもう一発。
脇腹の近くを通過。
さらにさらにもう一発。
今度は股の下、太ももと太ももの間を。
さらに……、
「って、待て待て、マジで当たったらどうすんだよ! あぶねぇだろ!?」
「やっぱりあなた、ただの色情狂だよね? 『当たったらあぶねぇ!』なんてことを言うヘンチクリンな暗殺者は絶対にいない」
蔑んだような半眼で言ってくるが、残念なことにそんなヘンチクリンな暗殺者が確かにここにいるのだ。
こちらもイブ・コルヴェアが金髪でなければ容赦なく殺せていたというのに、とんだ災難だった。
よくよく考えてみたら、ミルフィオリが必死に任務を横取りしようとしていたのは、もしや目標が金髪だと知っていたからではないだろうか。
いつもハチャメチャな言動が目立つミルフィオリだが、実は言葉足らずなだけで、いつもなにかしらの正当な理由が存在している。今回も彼女なりに考えて行動していたのかもしれない。
金髪だと判明してしまった今、自分ではイブ・コルヴェアを仕留めることは不可能になってしまった。
もういっそ、誰か代わりにイブ・コルヴェアを殺してくれないかな……なんて思い始めていた。
次の瞬間。
窓ガラスを割ってワインボトルくらいの大きさの鉄の塊が部屋の中に火を吹きながら突進してきた。
一秒も経たないうちにそれがなんなのか理解した。
これはミサイルと呼ばれているものに違いない。
魔法世界であるこのイストリアではあまり使われない機械兵器で、着弾時に爆散する金属の飛翔体。
見るのは初めてだった。
そしてそれはイブ・コルヴェアの足元へと着弾し……、
刹那、爆音とともにホテルの一室は炎に包まれた。