睡眠少女
静まり返った真っ暗なホテルの一室。
それほど広くなく、一人用のベッドと小さな棚、その棚の上に照明が一つあるだけで、それ以外の家具はない。
ヘルメス共和国の首都にあるホテルにしては少々お粗末な部屋で、水準を大きく下回っていると言える。
それは内装だけでなくセキュリティも同じであり、本来は多重術式呪術による施錠が鉄則であるのに対し、このホテルは全ての部屋が簡易術式による施錠となっている。
おかげでセキュリティを容易に突破し、予定していたよりも早く仕事を終わらせることができそうだった。
ベッドで静かに寝息を立てている一人の少女がいる。
今回の標的、失楽園を引き起こした悪徒の一人──イブ・コルヴェアだ。
イブ・コルヴェアを殺害すること、それが組織から与えられた任務だ。
だが、これは任務であると同時に、自分自身の……ラク・アルバストル・ブレウマリンの復讐でもある。
たとえ女の子だろうと失楽園の悪徒どもは許される存在ではない。断じてその存在を認めない。
自分の中の復讐心を滾らせ、奴らへの感情を右腕に込めた。
悲しみや憎しみといった強い感情を電撃に変える。それが俺の能力、青迅雷だ。
たちまち右腕は青白い雷光を纏い、暗闇に包まれていた部屋を眩しく照らし出す。
それによって、先ほどまで見えなかった少女の顔がハッキリと見えるようになった。
手入れの行き届いたサラッと長い金髪に、整った顔立ち、思わず見惚れてしまうほど寝顔が可愛い。
とは言え、彼女は殺さなくてはいけない。生かしておいてはいけない存在だ。
失楽園の悪徒たちを一人残らず始末する。そのために俺は生きている。
しかし、俺は殺すのを躊躇っていた。
理由はこの子が可愛いからとか、まだ子供だからとかそんな理由ではない。
金髪だからだ。
俺は金髪の女の子だけは手にかけることができない。
これはもはやラク・アルバストル・ブレウマリンの呪いのようなもので、たとえどんなに憎き相手だろうと殺せないし、目の前で見知らぬ金髪の女の子が困っていたなら、つい助けに入ってしまう。
最悪だ。
今までどんな殺しだろうと的確に熟してきたと言うのに、ここに来てついにハズレくじを引いてしまった。
せっかく組織が居場所を突き止め、失楽園の悪徒を殺せるチャンスが舞い降りたと言うのに、このままでは任務は失敗に終わり、俺の信用も危うい。
殺せ! とにかくなにがなんでも殺すんだ!
もうヤケクソになって目を閉じた。
この子は黒髪だ。この子は黒髪だ。この子は黒髪だ。
何度も暗示をかけるように自分に言い聞かせ、目を瞑ったままイブ・コルヴェアの体にどうにか右手を押し当てた。
青迅雷の電撃を受ければ、生身の人間は間違いなく死ぬ。
右手が触れた時点でもう彼女は感電死しているはずだ。
恐る恐る目を開けると……、
『いぃやぁああああぁああああああああああ!!!! 痴漢! 変態!! エロ魔人!!!』
イブ・コルヴェアは生きていた。
そして、俺の右手は丁度彼女の胸に触れていた。
今まで数々の暗殺任務を請け負ってきた俺が、初めて暗殺におっぱい……じゃなくて、失敗した瞬間だった。