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うそなき -嘘笑む声無き-  作者: 楠楊つばき
第2章 嘘も方便
9/19

2-1:氷結(前編)

タブレットからの投稿のため、想定されていない表示となっている場合があります。

後日修正いたします。

 夏の終わりを告げる乾いた風がエステル魔法学院にも吹いていた。

 学生ローブには気温調整の魔法がかかっているため、単純に邪魔であることを除けば真夏や真冬でも快適である。これから寒くなり温度差が激しくなることを考えても、これ一枚を羽織っていれば十分であると専ら評判だ。

 本日の講義は物体を凍らせる魔法だった。危険防止のため使用するのは水だ。場所は校庭の噴水前。生徒の誰もが口を開けたまま噴水を見上げていた。


「噴水のオブジェか~。綺麗だろうねぇ。できるかどうかは別にして」


 レーネが噴水を覗き込みながらげんなりとしていた。

 噴水は一つしかないため、順番に挑戦していくことになった。まずはコップの水、バケツに入った水、水飲み場の流水、そして噴水へと段々に規模や難度を上げて試行錯誤する計画のようだ。

 ーー魔法は奇跡ではない。講義中での冷却材や粉の使用は許可されている。道具使用のタイミングを学ぶのも講義目標だ。つまりどのような方法でこの噴水を凍らせたっていいのだ。ただし隣に新しい噴水を建てたり氷のオブジェを建築するといった行為は評価対象にならない。

 日差しを受けて噴水の水面がきらきら輝いた。残暑の季節、靴を脱いで水遊びをしたらさぞかし気持ちよいだろう。

 コップに入った水を凍らせるために、自力で調合した特性薬をぱらぱら撒く。熱を奪われ、水が氷へ急速に変わった。この程度ならば造作もない。バケツの水も薬を増やしてさっさと次のステップに進む。


「アイラぁあぁぁぁ。助けてぇぇぇぇぇえ」


 辺りを見回すと、レーネが流水と格闘していた。急いで彼女のもとへ向かい、一度蛇口を閉める。どうやら蛇口から水を出し過ぎてしまい、暴発の一歩手前だったようだ。蛇口から出ている水を凍らすだけでは後がつかえていくだ。蛇口の中も凍らせてしまえば流れようとする水によって暴発する。

 横目で噴水を確認すると、まだ誰もいなかった。

 水を凍らせながら蛇口を回す? おおもとの流水機能を停止させる?

 蛇口を回し、水を流す。根本から凍らすのではなく、氷がすぐに落ちるようにしてしまえば詰まることはないだろう。ホースの中で凍った氷を取り出すように。方向性も決まり、早速準備にとりかかる。

 取り出したのは瞬間冷却材。ふるい部分に強力な冷却材を付着させており、通した液体を固体にする。何度も使い回しできないところが欠点だ。

 ――魔法は奇跡ではない。

 たった数秒間といえど、水道の水が凍った。講師から合格判定をもらい、最後の壁である噴水を眺める。私が試行している間に何人も挑戦したようだ。学友が悔しそうに地団駄を踏んでいる。

 失敗者が相次ぐと、担当講師がお手本を見せてくれることになった。呪文とともに何かが噴水の中に投げ入れられる。そうして噴水はーー。

 周囲が歓声でわき上がる。


「アイラー! 見てみてっ。噴水が凍ってる! きゃー、先生すごーい」


 凍らなかった。

 拍手が鳴り響く中で自分だけがしらけている。レーネに肩を叩かれても、口をぽかんと開けて唖然となっているフリをしてごまかした。

 皆には噴水が凍っているように見えているのだ。耳を澄ますとかすかに水の音が聞こえてくるというのに。


「ーー興味深い魔法ですね」


 パン、パンと二回、どこからか拍手の音が聞こえていた。噴水に向けられていた視線が全て音の方向へ移る。


「こんにちは。アイラーさん。貴女には見えているのでしょう?」

(……っ!)


 隠していた気持ちを暴かれたような、そんな衝撃に息が止まりそうになった。金髪の王子、三年の主席ーーアル力ネット。見事に学生ローブを着ならしている彼ははっきりと私の名前を呼んだ。

 隣にいたレーネが「どういう関係?」と、とびきりの笑顔で耳打ちしてくる。その問いに答える余裕は私にはなかった。

 スケッチブックを持つ手が震えた。


「奇跡の誕生をご覧あれ」


 アル力ネットさんが指を鳴らすと、甲高い音とともに噴水は凍り付いた。漏れはなく、噴水の全てがーー水だけではなくアンティークの飾りまでもがーー太陽の光を反射して、七色に輝いている。

 誰もが氷像となった噴水に見とれていた。沈黙に包まれているのは皆が感嘆し、三年主席の実力を再認識したからだ。彼は道具も呪文も使用していない。前準備であろう動作もなかった。

 紛れもなく奇跡に見えた。これまで学んできた魔法の常識が崩れ去っていく。彼が起こした現象は何だ? 脳内処理を超えている。


 ーー咲いて。お願い、咲いてっ。

 蕾をつけた花を小さな手で優しく包む。一度だけ連れていってもらった海と同じ色の花弁。咲いてと何度も何度も切に願った。


 覚えのない記憶がフラッシュバックした。手を額にあてて、頭を支える。さっき見たものはまやかしではなく実際にあったこと。直感がそう判断していた。

 周囲があっけにとられている中、アル力ネットさんが一歩踏み出した。


「二年生の諸君。魔法使いとして更に一層励んでくれたまえ」


 魔法が解けて、水の流れが戻る。凍る前と全く変わらないまま、重力に従い綺麗なアーチを描いている。

 ただの冷やかしだったのか、聖堂のときと同じように手を上げながらアル力ネットさんは去っていった。


(神出鬼没な人だ。それに………)


 続きを告げるのは躊躇われた。

 静止していた時間が動き出す。まず騒ぎ出したのはアル力ネットさんの親衛隊だった。次に噴水を凍らせられなかった生徒達がやる気に満ちた咆哮を上げた。最後に私は親衛隊にもみくちゃにされて講義中止となった。






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