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うそなき -嘘笑む声無き-  作者: 楠楊つばき
第1章 嘘を言え
4/19

1-3:予言

 重苦しい帰宅だった。今日の講義内容や帰りが一人であることなど、とりとめのないことが積もり積もって背中にのしかかっていた。


 背伸びをし、気分を変えようと街に出た。誰かに話しかけられると面倒なので絶対にお店の中には入らない。通行人にも距離をとって大通りの中央をまったり歩く。風景の小さな変化から時間の流れを感じ、エステル学術区で暮らすようになってからだいぶ経ったなと感慨深くなった。


 晴れ渡る空が心に落ちる影を濃くした。街道に植えられた雄々しい樹木は健康的に枝を伸ばし、瑞々しい実をつけている。一目見て魔法の痕跡を発見する。地面には土を耕すための、樹木本体には浴びた日光を効率よく栄養素に変えるための触媒が塗られている。痩せた土地に栄養素を、肥えすぎた土地には抑制を。植物学にも魔法は浸透している。


 そのまま喧噪に飲み込まれる。耳をそばだてていると、世間話が聞こえてきた。「最近協会が慌ただしいらしい」「魔法使いも火消しでこきつかわれて大変だな」「まあそれで飯食ってんだろ?」


 協会とは全国的に展開されている魔法協会のことであろう。この鉱山と海の街エステルにも支部が置かれている。学院において協会への就職は身に余る名誉とされている。学び舎を同じくする学友らの大半は協会への栄転を夢見ているのだ。


 歩き疲れて裏道に逸れると、いかにも怪しげな露店がひっそりと佇んでいた。四角いテーブルの上に『占い』と簡素な字体の表札が掲げられている。椅子に座っている人物は黒いローブで姿を覆い隠していた。座高を見るにそれほど身長は高くないだろう。しかし今にも膨張し周囲さえも飲み込んでしまいそうな不気味なオーラを発しており、来る道を間違えたと引き返そうとしていると。


「嘘は真実によって砕かれる」


 思わず足を止めてしまった。占い師がこぼした言葉は自分の背中に向かって投げかけられたような気がしたのだ。


「そのとき貴女は失ったものを取り戻すだろう」


 弾かれたように振り返る。するともう占い師の姿はどこにもなかった。目を瞬き、先ほど占い師がいた場所に近寄ってみるものの、そこに誰かがいた形跡はなかった。


『嘘は真実によって砕かれ、失ったものを取り戻す』


 胸につっかえるものがあり、肌があわだった。直後鋭い痛みが全身を駆け巡り、声にならない叫びを発してしまう。心臓に手を当てて、動悸が収まるまで壁に背中を預けた。ひゅーひゅー抜けていく呼吸に普段抑えている怒りが爆発しそうになって息をも止める。私の声はどうして出なくなってしまったのだろう。誰かが奪ったというならば一生許せないに違いない。


 呼吸を再開させて、闇雲に酸素を求める。他の衝動に駆られている間は頭を真っ白にさせられる。一度別の渇望を抱いてしまえば苦しみへそっぽを向けられる。


 不思議な出来事もあるものだと自分に言い聞かせて、両腕を抱きながら大通りへきびすを返した。


 足早に学院の敷地に到着する。敷地内にある研究棟の第八号館。そこがクレランスさんのアトリエだ。


 引かれていた後ろ髪を振り払うようにして玄関に手をかける。中に人がいるようですんなりと開いた。


 誰がいるのだろうとおそるおそる歩いていると、リビングでコーヒーを飲んでいるクレランスさんと目が合った。


「おかえり」


 口角を上げた一笑に、私はスケッチブックをめくり『ただいま』と示す。頻繁に使う言葉はあらかじめスケッチブックに記入してあるため滑らかにコミュニケーションがとれる。


「レーネは一緒じゃなかったのか?」

『補修で居残り』

「ああ……あの子は昔から好き嫌いが激しいからな」


 苦笑しつつクレランスさんはカップに口をつけた。テーブルの上に広げられている新聞には物騒な事件ばかりが掲載されている。鉱毒、放火、誘拐――。どの記事にも『魔法使い』という単語が添えられている。


『最近忙しい?』

「そうでもない。私個人への負担もだいぶ減った」


 また一口、クレランスさんのなだらかで白い喉が動く。


 どうしてか視線が引きつけられて、私の視線は彼の首から動かなくなった。


「どうした?」


 尋ねるべきかどうか悩む。変わりたいならば、この日常から脱却したいならば痛みを伴うものになるだろう。一度形にしてしまった言葉はそう簡単に撤回できない。文字に残したらなおさらだ。ただ悩む時間があれば言ってしまった方が気が楽だとスケッチブックに思いの丈を乗せる。


『嘘は真実によって砕かれる』即座に次のページにもペンを走らせる。『そのとき失ったものを取り戻す』


 スケッチブックを見て、クレランスさんの眉間に皺が寄った。真面目で強張った表情にぴりっとした空気が生まれる。


 私はここで引くつもりはなかった。最後のページをめくる。


『私が失ったものって何だと思う?』


 彼の視線は泳がなかった。手を顎に当てて、物憂げに考えている。一カ所に視線が固定されるのは己自身との会話を続け、答えを導きだそうとしているからだ。


「……アイラー」


 手を握られ、人肌の温かさが指先から全身へと渡っていく。この温かみに自身の未来を託し、かつて私は全てを捨てた。いや、捨てられてボロボロになっていた私を生まれ変わらせてくれた。目が潤みそうになり、咄嗟にうつむく。高鳴る鼓動も隠すだけで精一杯だった。昔のことで涙を流すのは後でいい。


「自分自身で選んだ道が真実となる。自分を偽らないことだ。失ったものが貴女の原点に関わりあろうとも、私達との関係は変わらない。私はここで貴女を迎えよう」


 顔をのぞき込まれ驚いた。年甲斐もなく真っ赤になった瞳を見られたくなくて、手で隠す。たとえ私が変わろうと、この家にいてもいい。言外のささやきを見つけ当てて、感謝で胸がはちきれそうだった。


 嘘は真実によって砕かれる。


 失ったものを取り戻すために、私は逃げない。


 果てなき苦しみが待ち伏せていようとも。







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