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うそなき -嘘笑む声無き-  作者: 楠楊つばき
第2章 嘘も方便
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魔法使いVS????:2

 今宵も前触れなく、戦いの狼煙が上がる。


 片や魔法協会エステル支部。もう片や名もない野良組織。


 主役に抜擢された踊り子は四方の敵を蹂躙しながら手当たり次第に物を投げつける。細道を彩るプランターや噴水前のベンチに、外灯がもぎ取られ矢のごとく射出される。近寄ろうとすれば踊り子の相棒であるモーニングスターにごっつんこ。接近戦を得意とする者は悔しそうに後退する。


 波が引いた後、踊り子の前に立ち塞がったのは小柄な魔法使い、ただ一人であった。まだ幼い子供であるのか背丈が幾分足りないが、近寄るなと手で周囲を制した。


 こうして両者の間に一騎打ちの空気が生まれる。


 他にもいくつかの小競り合いが起きていた真夜中の学院は、昼の姿を知っている者ならば誰もがすっころぶほど変貌を遂げていた。学院としての栄華は剥がれ落ち、明らかに人の手で壊された無残さは一晩で修繕されるほどではない。


 野良組織側の獣が食い荒らすような侵犯しんぱんに、協会は為す術なく追い詰められる。引き寄せられるのは蟻地獄。血塗れたあぎとが獲物の到来を今か今かと心待ちにしている。


 先に動き出したのは小柄な魔法使いであった。懐からナイフを取り出し、的確に踊り子を狙う。


 一本、二本、三本――。


 三本目までは踊り子の獲物によって弾かれたが、真後ろから投げられた第三者(協会の仲間)による四本目は着々と死の線を描く。


「観念しなさいっ!」


 小柄な魔法使いが叫び、新たなナイフを投擲する。すかさずまたどこからか違うナイフも投げられ、踊り子を仕留めんとす。


 ただどのナイフも届かなかった。あと少しというところで壁に遮られたかのように落下した。四本目も五本目も六本目以降も首魁(しゅかいにまで至らなかった。


 続いて小柄な魔法使いが選んだのは閃光弾だ。爆竹に火をつけると、踊り子に向かって無数のフラッシュがたかれる。耳障りな爆音に配慮する余裕はない。目の前の化け物を倒すために、この世に存在してはならないと示そうと魔法使いらは一致団結して踊り子を追い詰める。


「――悔い改めよ、福音に耳を傾けよ――」


 光の奥から捧げられた奏上そうじょうは瞬く間に変化を誘う。


 隙ありと今にも踊り子に襲いかかろうとしていた者達は体が動かないことに気付き、身じろぐ。小柄な魔法使いも同様に体の異変に気付き、視線を落とすがもう遅い。


 足が凍てついたかのように固く、冷たい。神経まで凍り付かされた感覚に、飛び立とうとしていた鳥は真っ逆さまに落ちる。足先から感覚を奪われ、太もも腰に至る頃には立ち上がることさえままならなくなっている。ただ何が起きているかは無意識に目で追ってしまう生き物で、パリパリと体が氷に蝕まれていくのを小柄な魔法使いは目にした。


 寒い。冷たい。痛い――。真冬の海に身を投げられたようだ。冷たさが痛みへと変わり、だんだんと意識も遠くなっていく。


 相手はたった一人である。大勢で取り囲んでいるというのに、誰一人でさえ手も足も出ない。


 運命づけられた敗北。常に野良組織側(彼ら)が一枚上手であるというのに、宝物を横からかっさらっていかないのは優しさなのだろうか。哀れみなのだろうか。宝物への敬意なのだろうか。


(師匠が己の未熟さに苛立つのも頷ける。伸ばしても、伸ばしても届かない手が――忌まわしい)


 小柄な魔法使いの野心は大きかった。まだかすかに動く手をポケットまで誘導し、蓋を開けてビンを地面に投げつける。


 爆風で氷を吹き飛ばし、破片による流血で顔をしかめながらも魔法使いは立ち上がる。協会に――いや、師匠から教わった不屈の精神を引っ提げて、心が壊れるまで奮闘すると誓う。


 戦闘続行の意志を見せた魔法使いを、踊り子は静かに見据えていた。詠唱は終えている。願いも捧げた。信仰対象との契約はつつがなく行われ、奇跡は体現する。


 両者の視線が交差し、ほぼ同じ瞬間に飛び道具を繰り出した。


 片や一見変哲のない見慣れたナイフ。しかし刃先には神経毒が塗られており、かすり傷でも命を脅かされる。


 もう片や氷柱つらら。氷柱だ。踊り子を中心にして発射された氷柱は魔法使いの肢体へ杭を打ち込もうと直進する。


 飛び道具の有効度はすでに判明している。ナイフは届かない、氷柱は届く。魔法使いは護身用のお気に入りを取り出して氷柱を一個一個砕いた。


「……まったく、アホみたいな魔法だわ!」


 無尽蔵に生み出される氷柱に、魔法使いは押されていた。ナイフの数には限度があるというのに、相手はどうだ。集中が切れて髪の毛を数本持っていかれた。髪飾りも砕かれて、魔法使いは精彩を欠き始めた。


 チェックメイトとの宣言とともに、氷柱が変化して巨大な十字架となった。透明な十字架は暗闇に同化し、悔い改めよと魔法使いの頭上から振り下ろされる。


 すんでのところで投げた火炎瓶も十字架の勢いを殺すまでは至らない。


 魔法使いは回避に徹し、落ちてくる巨大な像を寸前で見切った。轟音と共に道に穴が開き、殺傷力を思い知る。直撃していればひとたまりもなかっただろう。


「許せない。こんな魔法……!」


 小柄な魔法使いの心に生まれたのは怒りであった。恐怖に立ち向かい、脂汗を手で拭って荒く呼吸する。


「まあ、どの口が言えるのでしょう。わたくしに爆竹を向けた方の発言だとは思えません。我も人の子、神様からの贈り物を貴女方同様に正しく利用しているだけですのに」

「どこが同じだっていうの!? あたしらのは科学の力! 研究の結晶! 奇跡なんて不確実なものはいらない。あんたらの魔法を許したら、これまで築いてきたものがめちゃくちゃになっちゃうから!」

「ふふ……歴史は繰り返すものでしょう? あまねく神秘を貴女方の言う科学が駆逐した事実を思い返していただけませんか。どだい貴女には期待しておりませんが。飛び級とはいえ、古文と歴史が苦手な貴女には」


 踊り子が意味ありげに口角を上げた。


 時同じくして異様な静けさに魔法使いは我に返る。会話に熱くなっていたために気付けなかった。頭上に新たな十字架が迫ってきていることに――。






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