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うそなき -嘘笑む声無き-  作者: 楠楊つばき
第2章 嘘も方便
12/19

2-4:呪い

 約束の日が来るまで私はさらに魔法に打ち込んだ。鉱物や薬物の反応をもう一度調べ直し、手品に見紛うほどの奇跡を体現させようとした。視聴者の度肝を抜かすためにも、対戦の一手先を行くためにも冷静に術式を組み上げた。導火線に火をつけて発動させた魔法を見て、揺らめく焔をじっと見つめる。


 台の上で氷が燃えている。熱と冷の共存。仕組みとしては氷の檻に閉じ込められたガスが燃えているわけなのだが。燃えてしまえば水しか残さない。少量の携帯には向かないが軍備レベルとなれば扱いも変わる。

 観察しているうちに火が消えた。氷が全て水に変わったのである。


 物だから使用すれば無くなるのは当然だ。火のないところに煙は立たない。火は触媒を燃焼しなければ存在し得ない。


 ――魔法は永久機関とならないのか。


 浮かんだ疑問をスケッチブックの隅に書き留めて、片付けに取り掛かる。講師の管理下でしか大規模な実験を行えず、また実験室の利用時間も限られているため長居は無用だ。


「Ms.ヒース」


 去ろうとしたところで監督講師に声をかけられた。


「急ぐ必要はありません。貴女は座学と実学が結びついていないだけなのです。このまま努力を重ねていけば確実に花開くでしょう」


 お世辞ではないと直感が告げていた。


 話によると、私は自らの口で話し、自らの耳で聞くという部分で発達が遅れているとのことだった。喋らない生活は脳や声帯の退化を招く。スタートラインの遅れを気にせずに頑張ってほしいと背中を押された。


 私には伸びしろがある。そう評価されるだけでも希望はあった。まずは声を取り戻して、普通の人のように話せたり考えられるようになって――。


 なぜ忘れていたのだと目を見張る。声を取り戻すことが第一優先ならば今試している魔法は二の次でもいいのではないか。


『ありがとうございます。おかげで道が見えたような気がします』


 頭を下げて、実験室から出る。私の頭の中には一つの考えがあった。


 実行のために中庭へと進路を定める。晴れやかな空と澄んだ空気はピクニック日和といってもいい。新鮮な空気を取り入れると、頭の中もすっきりする。もしも私に何かがあった場合にここならば誰かに駆けつけてもらえる、という現実的な考えは少しの間忘れておこう。


 荷物を足元に置き、大樹の木陰が落ちるベンチに腰がける。


 深い呼吸を繰り返しながら己の喉を手で触れる。体に異常はないとクラレンスさんから何度も診断されてきた。それでも私は声を諦められない。感じた一筋の光に向かって手を伸ばしていきたい。


 右手を喉元に押し当てて、声が出ますようにと切に願い治癒魔法をぶつけた。


(――――っ!?)


 体が拒絶した。頭に膨大な情報が流れてきて、反射的に指を離す。




 ――幼い少女が亜麻色の髪をおさげにして、七色に彩られた花園を歩く。頭部を飾るものがカチューシャではなく花の冠であったならば、さぞかし似合っていたに違いない。


 少女にとって背丈の高い花は恐怖の対象であった。ゆえにいつも足元を見下ろすようにして花壇を眺めていた。小奇麗なスカートの汚れを気にせずにしゃがみ、両手で瑞々しい林檎のような頬をうっとりと包み込む。そうして鼻歌を奏でるのが彼女の習慣であった。


 こてんと首を傾けて、花壇の隅へ目を向ける。小さな芽がいくつも出ていた。花が咲くまでまだかなまだかなと彼女は胸を躍らせる。彼女にとってこの花にはとある意味があり、毎日こうして時間を作っては観察に来ていた。図鑑に載っていた『水やりはほどほどに』という一文も厳しく守っている。


 優しげな瞳で観察していると、後ろから一人の少年が近付いてきた。わっと少年が声を出すと、少女は驚いて尻もちをついてしまう。いたずらっ子のごとく声を押し殺すようにして少年は笑うと、少女に手を差し伸べて立ち上がらせた。


 あどけない二人の間に男女の駆け引きは存在していなかった。ただ息が合ったから。互いの傍を心地よく思えたから。家柄という垣根を知らず、小さな世界に生きていた。

 ふと少女が少年の名前を呼び、彼の腕に抱きつく。少年も愛おしげに少女の名前を呼んだ――。




 ひどい頭痛とめまいで星が舞っている。ぐっと嘔吐感をこらえてベンチの上に横たわり、そっと目を閉じた。浅い呼吸を繰り返して動悸が収まるのを待つ。


 げぇげぇと体中の穴から生温い汁が湧き出てきそうだった。加えて頭はトンカチで叩かれているみたいだ。上下感覚を取り戻せずに、両腕を頭の下に置いて仮の枕とする。このまま汗の沼に沈んでいきそうだった。


 息を吸って喉を鳴らす。声は出ない。いや、もしかしたら私はすでに声の出し方を忘れてしまっているのかもしれない。


 喪失感は驚きさえも失わせた。五里霧中でようやく見つけた希望は散り、それでも冷静に考えられているのは日頃の学びの賜物であろう。


 これは呪いだ。決して解けない種の。


 一つ訂正しておこう。愛おしげに聞こえてたのは第三者としての感想だった。恐らく少女は少年の気持ちに鈍感であったに違いない。子供らしい甘酸っぱい風景、色あせたセピア色。夢なのだから自分のことではないはずであるのに、温かい涙がじわりと目尻に生まれた。


 こぼれる涙とともに目を開ける。


「……こんにちは。ご気分はいかがですか?」


 大きなお山が二つあった。お山の奥からは太陽――ではなく人の顔らしきものが見えた。視界がはっきりとしないため視覚では誰であるか判断できない。そのためもう一つの判断材料である声が決め手となった。


(シスター……?)


 自分の頭の下にあるのは細い腕ではなく重厚なものだ。頭を全部支えてくれている。体勢から推測するに膝枕だろうけれど、気だるさでベンチにくくりつけられているため当分は動けそうにない。シスターの膝を布越しに感じる。


 こういうときに言葉が話せないのは面倒だと思う。どうしてほしいのか伝えられず、自分の願っていることとは違うことをされてしまう。空とシスターの上半身しか見えないためスケッチブックに書くこともできない。


「眠いようでしたら家までお送りしましょうか? クレランス教授ですから……八号館だったかしら?」


 自分の住まいが知られているいうことをこれほど心強く、恐ろしく思うことはなかった。学院の敷地内にあるため厳重な警備が敷かれているといえ、人の出入りは頻繁にある。一階は開放されている状態であり、誰かがやましい気持ちで二階の私室に上がってこないとは否定できない。


 シスターの声音に首を捻ってしまうな色はない。次の言葉を待つように彼女を見つめていたら「どうしましたか?」と表情をなごませられた。そんな眩しさにあてられて、私はそっと視線を落とした。芝生の間から乾いた土が覗いていた。


 あの映像(夢)は一体何だったのだろう。登場人物の顔も思い出せないというのに、どこか懐かしく思えた。


 右手で喉をさわさわなでる。


 膝の上でおとなしくしていると、優しい賛美歌が耳元をくすぐってきた。聴衆のために奏でられた歌はまるで子守唄のようであった。聖堂で何度も耳にしたシスターの賛美歌。呼吸が元通りになってきて、眠る一歩手前の状態にまで引っ張られた。


 また夢の続きを見られるのだろうか。呪いの一端を目にすることができるのだろうか。


「――創世の星に集いたまえ。悔い改めた貴女を、わたくしは歓迎いたします――」


 聴き慣れたフレーズに予定のない一文が混じる。

 まどろみながらも私はシスターの吐露を聞いていた。






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