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うそなき -嘘笑む声無き-  作者: 楠楊つばき
第2章 嘘も方便
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2-3:初めての約束

 黒猫に別れを告げて、玄関の扉を開けると賑やかな声が飛び交ってきた。声の数が三つということは客人がいるのだろう。

 客席ではマルコさんが一息ついており、彼の隣にはクラレンスさん、斜めに向かい合うようにしてレーネが座っていた。私はそれぞれに挨拶していくと、最後のレーネに知らんぷりされた。


「やあアイラーちゃん。今日もお邪魔してるよ」


 マルコさんが大げさに手を振っている。すでにだいぶ飲んでいるのかお酒の匂いがした。

 私は手洗いうがいや着替えをすませてから一階に戻り、同席する。場所はマルコさんとレーネの間だ。隣に座ってもレーネはヘソを曲げたままなのかこちらを見ようとしない。


「いやあ、今更だけどさ、クレスは年頃の妹が二人いて楽しそうだな。毎日さ、おかえりおにーちゃんって言ってくれるんだろ?」

「私は大抵ここにいるがな。加えて兄弟の数でいえば君の方が多いだろう」

「そーいうことじゃなくてさ、なんかないのか? 妹の成長日記みたいなやつ。他人に自慢したいことの一つや二つ、教えろよ」


 始まった話題は私達についてのものだった。マルコさんはお酒でできあがっているせいで軽い口調で言っているけれども、クラレンスさんを兄と呼んだことがない自分にとってはかなり上級者向けの話題であった。


「……ないな。少なくとも私からは。自慢したければ本人が自ら広めるだろう」

「はいはーい! レーネちゃん、実は飛び級してるんです! すごいでしょー、えっへん」


 このように、とクラレンスさんがため息をつく。ちなみにレーネが飛び級しているのは事実だ。魔法の才を認められて飛び級する者はごくわずかであり、そのごく一部の中でも二年飛び級している秀才は年に一人いるかいないかであると評されている。


「はは、これまで何度も聞いてきたけどすごいなぁ。最近は獅子くんに訓練つけてもらってるんだって? 頑張るねぇ」

「強くなるためだもん!」


 胸を叩き、背中をそらすレーネ。こっちとしては訓練しているなんて初耳だ。もしかして最近の補修云々とはそのことだったのだろうか。

 一瞬だけレーネと目が合う。強い眼差しだった。使命や目的のために努力し輝いている者特有の、覚悟を内に秘めた眼差しだった。

 もう何年も一緒にいるはずなのに、レーネについて知らないことがまだあったということに驚きを隠せない。疎外感も感じるのはどうしてだろう。


「オレの弟と妹たちも将来魔法使いになっちまうのかなー。初歩は教えてるけどさ」

『マルコさんには弟さんや妹さんがいるんですか?』

「ああオレ、大家族の次男なんだ。兄は出稼ぎ中で、オレがチビたちの面倒を見てるんだ。みんな可愛いんだぜ~? 見に来るか?」


 見に来るって家へ? 弟さんや妹さんへ挨拶するために?


「やれやれ……。マルコ、言葉が足りませんよ。アイラーが言葉を失っているじゃありませんか」

「あっ、うん? 言葉足りなかった? 遊び相手になってくれるだけでいいからさ。後で礼もするし」


 クラレンスさんの助け舟でマルコさんの意図しているものがわかった。つまりは子守が大変だから手伝ってくれないかということだ。緊張して損したかもしれない。いやでも誰かの家にお招きされるのは久しぶりだ。ちょっと楽しみでもある。


『それじゃあ、お邪魔してもいいですか?』


 レーネも来る? と話を向けようとしたが「しーらない」と顔を背けられてしまった。


「レーネ。今日は帰ってきてからやけに不機嫌だな。何か変なものでも食べたのか」

「食べてないわよ。聞いてよ兄さんっ! アイラーってば抜け駆けしてたんだよ!」

『ただの偶然だって』


 話がおかしくなってねじれないうちに弁解しておく。


「これを抜け駆けじゃなくてなんて言うの!? アル力ネットさまが……学院の王子様が、『こんにちはアイラーさん』って挨拶したのよ! 親衛隊の不可侵条約っていう意味わかんないきまりのせいで、あたしは名前さえ言えなかったのに!」

「私にはただの八つ当たりに聞こえるが」

「兄さんは黙ってて! そうだ、マルコさんはどう思いますかっ」

「え、えぇぇ。俺に話振んの……。そうだなぁ、レーネちゃんも抜け駆けしちゃえばいいんじゃない?」

「それだっ」


 いいのかそれで、と当人を除き満場一致した。

 自分の世界に入っていったレーネがくるくると回り始めた。ときどきステップを踏んだり、スカートの裾を持ち上げながらターンして、もう小槍の上で踊ってきたらどうだとからかいたくなってくる。お相手は疑いもなく意中の人だろう。先輩ならばじゃじゃ馬のダンスも上手くリードしてくれそうだ。

 長い一日の疲労に襲われ、私は姿勢を崩して背もたれに寄りかかる。

 昼間に目にしたあの大掛かりな魔法をいつか自分も使えるようになれるのだろうか。飛び級するほど高い能力を持ったレーネも訓練しているのだ。私も努力しなくては。

 気合を入れるために頬を手で叩く。

 マルコさんの家に伺う予定を決めてから台所に向かった。






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