部活動 閑話 楠木あおいの場合 その3
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
楠木さんのお話は、これで一旦終わります。
ではでは~
寮母さんの部屋に見覚えのある服がきれいにたたまれていた。
「ありがとうございます」
「いいのよ。ついでだったから」
「あのー、彼は?」
「朝のバイト」
「そうですか。お礼を言っておかないといけないのに」
彼は、わたしが部屋を占領したために廊下で寝た上に、早朝からバイトに行った。
自分が地方のことだけで、悩んでいたのが小さく思えた。
ふと、その意味がわかったら、立ち込めていたものが、霧散したように思えた。
さっぱり諦めるのも大事なことなんだ。
= = = = =
いざ辞めるとなると言い出せなかった。
連休に実家に帰ると、顔を見た家族が大騒ぎになる。
ニキビはおでこからこめかみ、頬まで広がって、ただ事じゃないのは一目瞭然だから。
東海地区での発表会が近いので、その稽古に参加した。
わたしは、顔を見られたくないが、楠木の人間なので稽古に出ないわけにいかない。
不思議なことに、稽古しなかった手は、習った通り、楽譜を見た通り正確に動いてしまう。
「あおいさんは、お上手です」
「ここまで正確にお引きになるなんて、血は争えないってことでしょうね」
「毎日、どのくらいお稽古されているんですか?」
顔を見なかったことにして、みんなの賛辞がわたしをジュクジュクといたぶり苦しめる。
「学業もありますので、まとまった時間に集中するようにしています」
わたしはこんなにも平気で気持ち悪く嘘をつくようになったんだ。
= = = = =
連休も終わり、また学園生活を送るようになる。
休み時間、ほのかちゃんは、ほかの友達と楽しそうに会話している。
彼女は魅力的な笑顔で男女を問わず魅了する。
クラスの男子半分が告白して討ち死にしているのは、公然の秘密。
変わり果てたわたしなんかが、彼女の友達でいていいわけがないと思い始めていた。
ふと窓から校庭を眺めると隅にある高鉄棒に気が付いた。
(あんなところに鉄棒があったんだ)
黒い制服(?)の男子(?)が上着を脱ぐと何かを始める。
懸垂(?)・・・眺めているとやっぱり懸垂だった。
なんとなく観察を始めると休み時間になれば、彼は懸垂を始める。
毎日、毎日、眺めるのが日課になっていった。
= = = = =
そろそろ梅雨の季節。
今まで漠然と見ていた彼の懸垂。
「アレ?え、え、え。もしかして、イッチャン!」
今まで気づかなかった。
いてもたってもいられず、鉄棒のところまで来てしまった。
間近で見た彼は記憶にあるイッチャンだ。
「あの、イッチャンですよね。わたし、寮のお部屋を借りた」
「あ、どうも。ごめん、ちょっと、今、気合入れて、自己記録に挑戦してるんで」
「あ、ご、ごめんなさい」
話せそうな雰囲気じゃなかったので、すごすご帰ってきてしまった。
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彼がイッチャンだとわかってから、とにかく稽古を再開した。
自分でもよくわからないけど、辞めることを考えるより、無心で練習した方がいいような気がしたから。
とにかく時間を作って稽古に励んだ。
楽譜を見ていると立方の踊りが浮かぶようになってきた。
踊りが浮かぶと、立方が繰り返し稽古して踊りのどこを【決めたい】のかなんとなく判るようになってきた。
そうなんだ。
立方は、がんばったところをちょっと長めに見てもらいたいのかも。
その時、演奏を溜めてあげないといけないような気がした。
わたしに足りなかったのは、努力を見させてあげたいという気持ち。
楽譜通りなら正確にできてしまっていたから、気が付かなかった。
目標を持って稽古に打ち込むようになってからは、ストレスがなくなったせいか、ニキビが引っ込んじゃった。
顔が見えるように髪型を戻すとクラスメートが話しかけてくるようになった。
目が見えないから、話しかけづらかっただけだったのね。
= = = = =
「おはよー」
「あおいちゃん、おはよー」
「ほのかちゃん、今日は遅いね」
「うん、混んでたからぁ。 あおいちゃん、いつもこれくらいだよねぇ」
「うん、家から歩いて来れるから、だいたい同じだよ」
「え、バスじゃないのぉ」
「歩ける距離だよ。脂肪を燃やさないとね」
「そのぼりゅーみーなお胸でそれを言いますかぁ」
「あー、また言ったー。じろじろ見られるのって、けっこうきついんだからね」
「それ判るなー、わたしもリア充は爆発しろって思うもん」
「なんか違うよ」
「違わないよぉ。あおいちゃんと一緒に歩いてて時々落ち込んでるんだからねぇ」
「えーっと、ほのかちゃん。じろじろ見られるんだったら、ほのかちゃんの方が多いと思うけど」
「あおいさん、あなた、わたしを愚弄するのかしら」
「ぷっ、今日は朝から飛ばすのね。 ほのかちゃんはかわいいから胸だけ見られるわたしとはちがうよ」
「またまたー。わたしがかわいいんだったら、あおいちゃんは絶世の美女じゃないぃ」
「あのねー、自覚がないのは、気を付けたほうがいいよ。(交際を)申し込まれたのって、何回断ってるの?」
「え? うーん。忘れちったぁ」
「ほらー。忘れるほどじゃない。それも、放課後の分を最初から断ってでしょ?わたしは、3回だけだから」
「えー。うそー。あおいちゃんうそつきだー」
「うそじゃないから。たぶん、わたしの態度が良くないんだと思う」
「なんでぇ?」
「それは、その、男の子って、しぐさのかわいいほうが好みかなって」
「どうしてそう思うのぉ?」
「ちょっと前に気になる男の子と話したとき、無視じゃないんだけど、手ごたえがないというか、その・・・」
「ほほう、あおいさんにも春が来ましたな」
「そんなのじゃないって。励ましてもらったというか目標ができたっていうか、そんな人」
「もしかして先生なのぉ?」
「違う違う。同じ学年だよ。めったに会うことは、ないけどね」
「ほー。そっけない態度に火が付いたんですねぇ」
「もう、言わない」
「ゴメン、ゴメン。で、その人のどこに惹かれたの?」
「わからないの。毎日、頑張ってる姿を見てたら気になっちゃって」
「いいなあ。わたしもそういう人見つけないとぉ」
後ろから着信音が聞こえる。
ワーグナーのワルキューレだ。
ほのかちゃんが、勢いよく振り向いた。
わたしもつられて振り向くと彼がいた。
今日はいいことがありそう。
= = = = =
「三石クン、去年、わたし寮に泊まったの覚えてる?」
「え、そうなの?」
「雨の日で、お風呂入って、お夕飯にお鍋食べて」
「あー、あったなぁ。でも、それって俺じゃない別の人じゃない?」
「俺の部屋に泊まった子、顔を見てなかったなぁ。スタイルは良くて寮母さんと同じような匂いがした人。楠木さんと違うんじゃないかな」
「に、匂い?」
「うん、2、3日布団に匂いが残ってた」
耳まで真っ赤になる楠木さんがいた。
いかがでしたか?
楠木さん、立ち直った彼女が、何を思うのでしょうか?
次話をお待ちください。




