やっぱ一章くんの語録を……最高やな!
「で、昨日は学校に来なかったんすか」
「そうなんだよ~。もうすっげえきつかったゾ~」
翌日の部活の時間、俺は練習の合間を縫って昨日の出来事を後輩である井房俊定、蓮野勇武らに話した。ちなみに、今日顔を出しているのは野球部ではなく俺が野球部と兼部しているサッカー部だ。後輩の二人も日本代表の青いユニフォームを着こなし、練習に励んでいる。
「ウィヒ! しかしまあ、よく無事に戻ってこられたもんすよね~。もう一生分の運使い切っちまったんじゃないすか?」
喜色満面で絡んでくる蓮野。妙に嬉しそうなのが多少癪に障るが、俺も全く同意見である。ちなみに「ウィヒ!」というのは蓮野の笑い声であり口癖のようなものだ。主に興奮すると出る。
「おい、蓮野! 先輩に対して失礼だろう」
「ちぇ……」
井房が蓮野をたしなめると、蓮野は口をつぐむ。責められると弱いやつだ。
「いや、いいよ井房。俺も正直無事で済んだのが奇跡だと思ってくるくらいだしさ」
「いえ、火野塚先輩。こいつには常々目上の人に対する敬意が欠けていると思ってましたから。ほら、蓮野。ちゃんと先輩に謝罪するんだ」
俺の制止も構わず、蓮野に対して強硬に謝罪を求める井房。敬意はともかくとして、目上に対して譲らない点で言えばこいつの方が上なのではなかろうか。
「……」
そんな井房に対し、蓮野は沈黙で応じる。空気になりきることで謝罪を回避する目算らしい。だが、蓮野に注目が向いているこの状況では無意味だ。
「……おい、蓮野! どうしてお前はいつもそうなんだ! 都合が悪くなるとすぐ空気になろうとして! おい、何とか言えよ!」
「……」
蓮野の頑なな態度に、井房もどんどん過熱していき、傍目に見ても彼の怒りが危険な領域に突入しようとしているのが分かった。このくらいで怒るなんて(普段から怒り)溜まってんなぁ、オイ。などと冗談を言っている場合でなく、そろそろ仲裁に入ろうと思っていたところでついに井房が切れた。
「オイ蓮野! なんか喋れよ、聞こえてんだろ! 喋れよ……! 喋らないと撃つぞゴラァ!」
「……!! …………!!!!???」
突如井房は懐から黒光りする物体を取り出し、その熱く滾る銃口を半開きになっていた蓮野の上の口に押し込んだ。突然の事態に蓮野も銃口を口に入れたまま目を白黒させて動揺している。そこで、事態を察した他のサッカー部員達が集まってくる。
「おい! 井房がまたキレたぞ!」
「監督、井房が黒光りするマグナムで蓮野をヒィヒィ言わせてます!」
「何ィ!? また井房か……、壊れるなあ。何回目だ全く、こんなんじゃ練習になんないよ~(泣)」
どやどやと集まってきたサッカー部員達によってあっという間に井房は取り押さえられ、運ばれていく。後には、俺と蓮野だけが取り残された。
「ゲホッゲホッ……ウィヒ! ったくアイツ何だってんだ一体……」
蓮野が座り込んだまま、えづきとも笑いとも取れない声を漏らす。俺はそんな蓮野に対して手を差し伸べた。
「お、大丈夫か大丈夫か? 災難だったな全く、……井房も悪いやつじゃないんだがなあ」
蓮野は俺の手を掴んで立ち上がる。
「ホント、何食ったらあんなにキレやすくなるんすかね……。あんなのと一緒なんて、やめたくなりますよ~なんかもう、部活ぅ~」
そういう蓮野に悪びれる様子は全く無い。あくまで自分に落ち度はないと思っているらしい。こいつもなかなかいい根性してんねえ!
「お、そうだな(適当)」
引っ立てられていく井房を見送る俺たち。井房のキレやすさは今に始まったことではない。蓮野や他の部員達があまり驚かないのもそのためだ。彼のキレっぷりはもはや部内では一種の芸とすら見做されていて、所構わずキレ芸を披露する彼の姿勢は最早芸人として「自分を売る」域にまで達していると評されている。もっとも彼は芸人ではなく、おそらく彼もそう思ってはいないので、とどのつまりただ沸点が低いだけなのだが。
引っ張られていった井房は監督の前で正座させられている。どうやら説教を受けているらしい。
「まーだ時間掛かりそうですかね……?」
練習の再開を待ち詫びる俺の呟きは、グラウンドを吹き抜ける埃っぽい風に溶けて消えていくのであった。
「ぬわあああああああん疲れたもおおおおおおおん」
「チカレタ……」
練習後の心地よい疲労を感じながら、俺たちは帰路に着こうとする。そこで俺はとある用事を思い出す。
「あ、そうだ(唐突)。俺ちょっと用事があるから、お前らだけで帰ってろ」
俺はそう言い残し、傍にいた井房と蓮野を尻目に校舎へと引き返す。その際、井房に「用事? あっ、(察し)」とか、蓮野に「彼女とか……、いらっしゃるんですか?(ねっとり)」とか言われたが、「え、そんなん関係ないでしょ(正論)」とだけ言っておいた。
校舎へと足を踏み入れた俺は、一路図書室へと向った。後輩たちが勘繰るようなことは何もなく、ただ期限内に借りた本を返しておきたかっただけだ。
「はえ~すっごいおっきい……」
うちの学校の図書室は県下でも有数の蔵書数と規模を誇っており、その威容は何度来ても見る者を圧倒する迫力を持っている。しかし、あまり利用者数は多くなく、一部の心ない生徒の中にはこの部屋のことを「クソデカ図書室くん」などと揶揄してスペースの無駄だと考える愚か者も居るらしい。悲しいなあ(諸行無常)。
俺はカウンターの前に立つと、その中で本を読んでいる生徒に向って返却予定の本を差し出した。
「返却ですか?」
俺に気付いたカウンターの中の生徒がそう口にした。
「オッス、お願いしまーす」
俺はそう言って何気なく目前の生徒の方を見る。生徒も手にしていた雑誌から顔を上げてこちらを見た。
そして目が合う二人。
「ファッ!?」
ところで、俺が驚きを表現する際の声はせいぜい1パターンしかない。なにせ、人間驚いた時に上げる声など自分で意識して出せるものではないからだ。だから、俺が毎回驚くたびに同じ奇声をあげているからと言ってそれをいちいち指摘するようなケツの穴の小さい真似をしてはならない(戒め)。
「ああ、タダノさん。貴方だったんですか」
俺は自らの目を疑った。しかし、何度瞬きしても目をこすっても目の前に居るのはあの893の少女、谷岡なのであった。
「ターヘル=アナトミアさん!? 何してるんですか!?」
「何って、図書委員の仕事ですが……。何かまずかったでしょうか?」
「まずいですよ! やめてくださいよ本当に!」
実際何もまずくはないのだが、動揺した俺の口からは支離滅裂な言葉しか出てこない。そんな俺を、半ば呆れの表情で見る谷岡。
「タダノさん、五月蝿いですよ。他の生徒の方に迷惑です」
その一言で我に返る俺。途端に罪悪感がこみ上げる。
「すいません」
「貴方、ここは初めてではないんでしょう? (マナー向上に)力入れろよ」
段々谷岡の語気が強まってくる。可憐な見た目に騙されがちだが、やはりこいつは893なのだ。俺は自分のケツの穴が徐々に窄んでいくのを感じた。
「本を返させてください!」
「やだよ(即答)」
「オナシャス……!」
「お前それでも謝ってんのかこの野郎」
「オナシャス本を……」
「やだっつってんだろ。とりあえず土下座しろこの野郎。あぁ」
俺が躊躇っていると、谷岡は鋭い眼光で睨みつけてくる。
「あくしろよ」
どうやらここまでか……。俺が観念して床に膝を着こうとしたところで、谷岡がパッと表情を変える。その顔は妙に嬉しそうである。
「うん、こんなところでしょうか。どうでしたか、タダノさん?」
「は?」
めまぐるしく変る事態に俺の認識能力が追いついていない。この女、怒っていたのではなかったのか?
「この本に書いてあるとおりにやってみたのですが……」
そう言って谷岡は手にしていた雑誌の表紙を俺の目の前に持ってくる。そこには「月刊 淫ムー」と書かれている。淫夢好きなら知らないものはいない、淫夢に関する最新情報を網羅した雑誌だ。タイトルの少し下を見ると、「総力特集 「真夏の夜の淫夢」第一章の魅力に迫る! 禁断の原典を完全活字化!」と書かれている。
「しかし、図書委員というのは良いものですね。自分の好きな雑誌を図書室に入れることができるんですから、それに常日頃から活字に親しむ習慣もできます。何せ、「ホモは文豪」と言いますからね!」
そこまで聞いて、ようやく俺は事態を理解した。ようするに、谷岡はあの雑誌に書かれていた通りに語録を言っていただけで、俺はその練習につき合わされていたのだ。しかし、それより何より、である。
「お前、この学校の生徒かよぉ!?(驚愕)」
一番の問題点はそこだ。俺はそんな話全く聞いていない。
「あれ? イワナ、書きませんでしたっけ?」
「言ってもないし書いてもいない」
俺が昨日谷岡に関して聞いたことと言えば、高校二年生であることとクラスに馴染めなくて困っているということくらいだ。まさか彼女が俺の通うこの、皇都学園高等部の2年生とは思いもしなかった(激寒説明口調)。しかし、思い返してみれば昨日彼女に感じた図書室で本を読んでいるような、という印象は既にその姿を見ていたからこそ感じたものなのかもしれない。
「なんだよ……俺の記憶力、ガバガバじゃねえかよ……」
俺は一人ごちる。そんな俺に谷岡は晴れやかに言う。
「あ、さ、そういうことだから。うん、ハイ、ヨロシクゥ!」
(タイトルの元ネタのラノベの)原型ないやん(笑)