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逆襲っつったのに逆襲しねぇっておかしいだろそれよぉ!?

「私を淫夢厨にしてほしいのです」

「……は?(威圧)」

 893の少女の口から飛び出したのは、衝撃的な一言だった。


 話は数分前に遡る。少女に促されて足を踏み入れた部屋は、廊下の造りから想像はしていたことだが、先ほどの地下室とは打って変わって小奇麗な和室だった。畳敷きの床の中央には四角い座卓があり、今俺が立っている廊下側とその反対側に一つずつ座布団が敷かれている。少女は俺の向かいの座布団の上に行儀よく正座してお茶を啜っていた。

「……」

 一応窮地を救われたとはいえ、この少女がこの家の者であり893の縁者である以上、どんなとんでもない要求をされるかわかったものではない。俺が警戒の意味も含めて棒立ちのまま少女をじっと眺めていると、少女は怪訝そうに眉を吊り上げる。

「座らないのですか?」

「……ありがとナス!」

 言われるがままにすることに一瞬躊躇したが、逆らうのは得策ではない。俺は少女の顔から目を離さずに座布団の上に腰掛ける。間違っても「座れだァ? てめえが座れよホラ(正座)上手いんだろー?」などと言ってはいけない(戒め)。

 言われるがまま腰を下ろしたのは良いものの、手持ち無沙汰になった俺は相変わらず目の前の人物に視線を注いでいた。楚々とした動作でお茶を啜る少女の姿はとても絵になっている。ここが893の家でなければもっと穏やかな気持ちで眺めることのできる光景だろうが、残念ながらここは893の家なのであった(諸行無常)。「お嬢」と呼ばれていたことから考えるに、多分組長の娘だと思うんですけど(名推理)、こうして眺めていると、この少女があのヤスのような無骨な男を従えていることがまるで悪い冗談のように思えてくる。どちらかと言えば、学校の休み時間に図書室のカウンターの向こうで黙々と文庫本を捲っているのが似合うような少女だ。

 俺は部屋の調度の方へと視線を移す。今まで気付かなかったのだが、床の間には掛け軸が吊るされており、そこには力強い文字で「一転攻勢」と書かれている。思わず「良いセンスしてんねえ!」と絶賛したくなるような絶妙な言葉選びと筆運びだった。

 床脇の方へ目を移すと、そこには地袋板の上にすごく……大きい太刀が置いてあった。その横には招き猫の置き物が何故か横向きに配置されており、見方によってはタチの切先が今まさにネコの菊門にズブリ♂と侵入を試みようとしているようにも見える。ここにもまた空間作りに対する歪みない(レ)こだわりが感じられて「あ~いいっすね~」と絶賛不可避の光景である。

 俺がそんな風にして部屋の中の調度を眺めていた時だ。

「あぁっ!」

「ファッ!?」

 少女が何かに衝撃を受けたような声を上げ、その声に俺まで驚いてしまう。決してお茶が顔にかかったわけではない。

「わ、私としたことが、絶好のタイミングを逃してしまいました……。すみませんが貴方、もう一度部屋に入るところからやり直していただけませんか?」

「えっ、何それは……(困惑)」

「ん?何でもするって」

「おかのした」

 そういうわけで俺は再び部屋の外へ出る。まだ廊下にいたヤスにじろじろと見られるが、まあ、多少はね?

 しばらくそのまま突っ立っていると、やがて部屋の中から少女の声が響く。

「入って、どうぞ」

 今度は言い直すことなく流暢に言い終えられたその言葉を端緒に俺は障子を開いた。

「おじゃましまーす」

「†悔い改めて†」

 少女は何故か満足げにそう言った。もしかしてこれが言いたかったのだろうか。

 しかし悔い改めるべきことなど特にないので俺は先程と同じように少女の向かいの座布団に腰を下ろす。ふと視線を落とすと、俺の正面の座卓の上に先程は無かったはずのグラスがあり、その中にはなみなみと茶色い液体が注がれている。

「アイスティーしかなかったけど、いいかな?」

「……」

 少女の手元には湯気を立てる湯飲みがあり、その隣には急須がある。俺はそれらを見なかったことにしてアイスティーに口をつけた。

「味はどうですか?」

「……」

 しばらく待ってみても、眠気が襲ってくる気配は無い。俺はどうにも答えかねて、つい率直な感想を口にしてしまう。

「まずいですよ!」

 言ってしまった後でそれが失言だったことに気がついたが、意外にも少女は俺の言葉に感心したように頷いている。すると次の瞬間、俺の背後の障子が音を立てて開いた。入ってきたのは勿論ヤスだ。

「てめえ小僧! そこは「うん、おいしい!(ナイナイ岡村)」だろうがアアア!」

「止めなさいヤス」

 少女の一喝でヤスが引っ込んだ。鳩時計みたいで面白いと思った(KONAMI感)。

「なるほど、原典の文脈を無視したようでいてその実、新たな解釈を示す斬新な語録の運用……。どうやら貴方は本物のようですね」

 少女が何やらぶつぶつと呟いているが、ホモ特有の難聴で俺にはそれが聞こえない。何て言ったんだろう(すっとぼけ)。

 俺の視線に気がついたのか、少女は咳払いを一つ、居ずまいを正し始める。俺も釣られて慣れない正座の足を組みなおす。

「さて、そろそろ本題に入りましょうか」

「入って、どうぞ」

「単刀直入に申し上げます。貴方をここに招いたのは他でもありません。私を淫夢厨にして欲しいのです」

「は?(威圧)」


* * * * * 


 「真夏の夜の淫夢」という映像作品群がある。元はとある一つのビデオのタイトルを表していたその言葉は、時が経つにつれてホモ特有の拡大解釈が進められていった結果、いつしかそれに類する和製映像作品の全てを指すようになった。

 最早一つのジャンルを形成する勢いとなった「淫夢」は、愛憎入り混じる人間模様を描いた正に王道を征く脚本と、血と汗とアイスティーとカルピスとスープカレーが飛び交う圧巻の映像美、「まるで棒(意味深)のようだ」と評される俳優達の迫真の演技で急速に人々の心を掴んで行き、いつしかその影響力は人々の日常会話における言語使用にまで及ぶようになった。いまや、全国の若者達の間で使用される語彙の約半数が「淫夢」を出典としているという研究結果もあるほどだ。

 そして誰が呼び始めたのか、そのような脳を「淫夢」に侵された者たちはこう呼ばれるようになった。

 そう、「淫夢厨」と……。


「異変が生じ始めたのがいつの頃からか、具体的には覚えておりません。しかし気がつけば、私のクラスメイト達はその殆どが淫夢厨と化していました。最も、その言葉自体知ったのは随分と後になってからのことだったのですが」

 先程のやりとりから一転(攻勢)、少女は自らの身上を真面目な顔で滔々と語る。俺もまた、その告白に神妙に聞き入っている。

「しかし、高校一年の間はまだ平穏でした。話の通じる友人も居ましたし、淫夢厨と化してしまった人々でも以前からの知り合いならまだ何とか意思の疎通は図れます。しかし、二年生へと進級し親しい人々とクラスが離れてしまったのをきっかけに、私と周囲との距離は離れ始めました。新しいクラスメイト達は、皆一様に巧に淫夢語録を使いこなす人たちばかりでした。或いは、私と親交があった人たちも、私のいないところでは既にそうであったのかもしれません。ともあれ、私は一人世界から取り残されたような感覚を味わいました。言語の隔たりは心の隔たりです。淫夢厨でなければ友人にはなれない。私は孤独になりました」

「そう……(無関心)。」

 少女の告白を聞いても、俺はそれほど驚きはしなかった。少女が語る話は決して珍しい種類の話じゃない。変化についていけない者が淘汰されるというだけのよくあるストーリーだ。しかし、少女を淘汰しようとしているのが淫夢厨だというのならば、俺もそれに荷担したことになるのだろうか。そう考えると、少しだけ申し訳なくなった(粉ミカン)。

「そうかといって、今更クラスメイト達に教えを請うわけにもいきません。私は独学で身に付けた付け焼き刃の知識で彼らとの会話を何とかやり過ごしてきました。しかし、やはりこれは何かが違うと思っていた矢先、貴方が現れたのです」

 少女はまっすぐな瞳で俺の顔を見据える。いい目してんね~サボテンね(レ)。

「先程からの貴方の様子を見るに、貴方は随分と語録の使用に長けている様子。どうか、私に一から淫夢の極意を叩き込んではいただけないでしょうか」

 少女は深々と頭を下げた。人に頭を下げられる事など殆ど無い俺はその様子を見てたじろいでしまう。

「あ、おい待てぃ(江戸っ子)。俺が人に教えられることなんて殆どないんですけど、それは大丈夫なんですかね……」

「謙遜せずとも、貴方の実力は素人目に見てもわかります」

「どうすっかな~俺もな~。あ、そうだ(唐突)。ちなみに断ったらどうなるわけ?」

 俺がそう言うと、少女は顔を上げて懐から何やらカードを取り出した、かと思えばそれには見覚えのある人物の顔写真が印刷されている。というか、俺の学生証だった。

「そうですね、まず手始めにヨツンヴァインになって頂こうかと」

「やめてくれよ……(絶望)。しょうがねえなあ(悟空)」

 どうやら選択の余地はないらしい。俺は二つ返事で承諾した。

「それでは交渉成立、ですね。ええと……そういえば名前を聞くのを忘れていました」

「火野塚忠人。16歳、学生です」

「私は谷岡咲夜たにおかさくや。どうやら同い年ですね。よろしくお願いしますね。タダノさん?(難聴)」

「オッス、おねがいしまーす」

 そういう訳で、俺は谷岡を一人前の淫夢厨とする手伝いをするハメになった。


 次回、蒸し暑い真夏の夜、過熱した欲望はついに危険な領域へと突入する……(大嘘)。


隔月で投稿とかこんなんじゃ連載になんないよ~(棒読み)

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