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「あいつら、いくら撃っても死なないんだ……」


 佐川軍曹がバックパックから取り出した水筒に口をつける。彼の視線は定まらず、薄暗い部屋の中を彷徨っていたが、森脇にはそれを見る事は出来なかった。


「急所を狙って撃っているんですが、全く効果がありません」


 隊員番号〇〇五のアンドロイドが感情のない声を発する。


「それこそ、身体の部位をバラバラにする程、破壊させないと動くのを止めません」


 淡々と報告をするアンドロイドの声は、誰もが全く同じで、いったいどのアンドロイドが発した声か分からない。顔も日本人の平均的な造形を再現しているので、普通に綺麗な顔立ちで統一されていた。全く同じ顔に同じ声、同じ身長と体重。彼らを区別するのは登録番号のみ。

 アンドロイドの報告を聞きながら、吐くものをすっかり失った上田の憔悴した顔に視線を転じた。彼はよろめいて立ちあがった。ふらふらと梶本少尉に近づく。薄暗い室内ではその表情を確認する事は難しかった。


「あんた……。あんたの判断ミスだ!」


 声を震わせ、掴みかからんばかりの勢いの上司を森脇は必死に止める。正直、上司のこの様な姿を見せられ、逆に冷静になれた自分がいる。


「あんた、あの時、下に逃げずに上にあがれと言った! どうするんだ? 俺たちがシャトルに逃げるには、あの機関室を通らないといけないんじゃないのか? こっからどうするんだよ。あんな化け物がうろついているこのステーション内をグルグル歩けって言うのか?」

「部長! ちょっと!」


 上司の腕を掴んだ瞬間、これまでに見たこともない死んだ表情をしていた。声は感情的だが表情がない。激しく嘔吐したからというだけではないだろう。この部屋が暗いという事を考えて、多少は割り引いたとしても、この顔をどう言語化するべきか。それを森脇は持ち合わせていなかった。


「部長……、止めましょう。今は言い争いをしてる場合じゃない」


 部下の言葉に上司は激しく反応し、今の彼に出せる力の限りで腕を振ると、部下の手を振りほどいて隊員達と森脇から距離を取る。観測室の端に移動し、すっかり闇を一体化した彼は、声だけを部屋に響かせる。


「森脇。お前はまだ現状を良く分かってない。いいか、俺たちが無事、東京に帰るにはあの化け物がうろつく機関室を通らないといけないんだぞ。いいか、あの浜田みたいに俺達は行きながら喰われるかもしれないんだ……。そうだよ。あいつら、生きたまま喰ってたぞ。普通、獲物にトドメを刺して喰うもんだ。それをあいつら、まだ獲物が生きているのに、喰ってやがった。生きてたまま腹を割って内臓を喰ってたんだ。そうだ……」


 上田の声は次第に聞き取れにくくなり、観測室の端っこでなにやらぶつぶつよ呟き続ける。あまりの恐怖におかしくなったのかと心配になったが、今はとにかくどうするかが先決だった。


「少尉、通信は生きてますか?」


 佐川がレーザーガンの残弾を確認しながら隣で肩を落とす女性を見る。


「駄目だ。ここからだとステーションの底辺側にいるシャトルにつながらない」


 光速通信機を操作しながら、梶本少尉は全員を見渡した。といってもお互いにようやく輪郭が見える程度で、表情は読めない。誰もが、あのヘルメットを装着する事を躊躇っている。浜田の声がまた聞こえてくるのではないか……。そういう思いが頭から離れないのだ。


「ナスノヨイチに、光信号を送ってみますか?」


 田中がバックパックから携帯ライトを取り出してみせた。


「問題は、それにいつ気付いてくれるかだ。ナスノヨイチは現在、この座標にいる」


 梶本少尉が、アンドロイドから三次元の座標マップを受け取り、立体化されたステーション周辺の宙域を指差した。そこは、ステーションの底辺に近い部分だ。当然だろう。シャトル経由で光速通信を受け取るには、ステーションの底辺側に待機しておく必要がある。三百六十度、どこでも通信可能にするには、ステーションの周囲に通信反射衛星を大量にばら撒く必要があるが、大規模な戦闘が起きてもいない宙域に、それをする事はまずない。


「だからあんたの判断ミスだと言ってるんだ!」


 上田が闇の中から姿を現した。彼は床に放りあげていた自分のバックパックを拾い上げると、この部屋に入って来たハッチへと向かう。


「森脇、行くぞ」

「え?」


 自分の名前を呼ばれて思わず尻を浮かして間抜けた声を出した彼に、上司は当たり前のようにハッチを開く。それを田中が止める。


「待って下さい。単独行動は危険です。僕らと一緒にいてください」

「お前らと一緒にいた結果がこれじゃないか!」


 まだそんなに大きな声を出せる力が残っていたのかと感心するほど、上田の声は大きく、それは観測室の中で反射し暴れまわった。


「いいか。俺達は軍隊の人間じゃない。行動の自由はあるはずだ」

「待って下さい」


 梶本少尉が立ちあがり、上田が開こうとしていたハッチを閉じる。


「何をする!」


 激昂した上田が梶本少尉に詰め寄った時、二人の間に佐川が割って入る。


「上田さんは誤解されてます。あの時、もし下に逃げていたら、間違いなく私達は今こうして生きていません」

「どうしてそう言い切れるんだ? だいたい、下に逃げてればシャトルに乗って逃げれたじゃないか?」

「部長」


 森脇は上田の腕を掴んだ。


「梯子は登るより下りるほうが時間がかかるんですよ」


 完全な口から出まかせだった。とにかく今は上田を落ち着かせるのが先決だった。

 上司は睨むように彼に視線を定めたまま口を閉じた。森脇も口を閉じた。

 先に沈黙に耐えられなくなったのは上田だった。


「そうなのか……?」

「そうですよ。常識ですよ。だから部長、ここは冷静になりましょう。確かに浜田さんがあんな事になって僕もショックです。ですがあの時、下に逃げていれば僕らは全滅してたでしょう。途中のハッチは爆破しましたから奴らの侵入を阻むものは無かったですしね」


 努めて穏やかな口調で話した部下に、上司は興奮を少しずつ静めていく。


「部長、いつもの冷静さを取り戻して下さいよ」


 笑みを森脇が浮かべた時、上田はようやく腰を床につけるとバックパックから取り出した水を飲んで溜め息をついたのだった。

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