5
手動ハッチからの侵入は拍子抜けするほど呆気なかった。
特殊機甲歩兵小隊と二人の民間人はイズモの中に入り、手動ハッチを内側から閉じる。小型シャトルには佐々木二等兵が残り、近くの宙域で待機していた。
手動ハッチの内側にある調整部屋を抜けたすぐの場所は、ステーション建造時には建造スタッフの休憩室として使われていた部屋のようで、彼らが使用していたと思われるロッカーがびっしりと並んでいた。
一体のアンドロイドが、他のドアには目もくれず天井部分にあるハッチに近づき、開閉ボタンを押す。
動かない。
「少尉。開きません」
機械音声による報告が森脇の耳にも届く。まるで感情のないそれは、聞いていると無意識のうちに不快感を湧き起こさせる。人間は感情を声に込める。それは自分を表現する以上に、相手に自分がどう感じているか、思っているかを伝える手段でもあるからだ。それが彼ら軍用アンドロイドにはない。無駄なものを削ぎ落とした戦う為だけの存在なのだと改めて感じる。
「爆破」
梶本の声に、複数の返事が混ざり合う。
どうやら隊員達のバックパックには、爆薬や替えの弾倉など二人よりも多くの荷物が入っているらしかった。
上田が隣で落ち着かない様子で頭を動かしている。森脇がそっと彼の腕に触れると、無表情のマスクを向けてきた。
「脅かすな。おい、やけに静かじゃないか? ここはもう真空じゃないんだろ?」
「真空状態に近いでしょうから、ヘルメットは外せませんけどね」
「何の音もしない。ステーションてのはこんなに静かなものなのか?」
「確かにおかしいですね」
佐川の野太い声が二人の会話に加わった。マイクとイヤホンを通じて、全員の会話を共有しているからだが、いきなり離れた人が会話に加わってくることに森脇は少なからず違和感を覚える。まるでチャットをしているかのようなそんな感じ。
「少尉。やけに静かです」
「空気がないからってわけじゃないみたいだけど……」
天井部分のハッチに爆薬を設置したアンドロイドが、足場にしていたテーブルから降りる。
「スリープ状態だからかしらね」
梶本少尉は喋りながら爆破スイッチを押す。
頭上で爆発音が発生し、森脇は無防備だった頭を両手で庇うようにして声をあげる。
「いきなり!」
尻もちをついた森脇に苦笑が聞こえて来た。
「ごめんなさい。あなた方がいるのを忘れていました」
爆破されたハッチには、人ひとりが通り抜けられる穴が出来あがった。その穴の向こうには、非常灯のみが灯った通路が見える。
「発電力が低下しているようですね」
浜田の声。
森脇は喉を鳴らして、アンドロイド達の後に続いて通路に出る。通路というより梯子であった。それもそうだ。ステーション底辺部から侵入しており、中心部へと登るのだから。
真っ直ぐに伸びる梯子の側面には、建造時に使ったのであろう手動ハッチが二〇メートル間隔で設置されていた。かがんで這うように進まなければならないその内部を想像して、身震いする。しかし、それよりも梯子を延々と上る現在の作業に、森脇は身体以上に心が折れそうになった。下を見るなと梶本少尉に声をかけられるも、どうしても下を覗きこもうとしてしまう。彼の下を続く上田が真っ青な顔で必死に梯子を登って来る。それに追われるように、森脇もごちゃごちゃと考える暇なく手足を動かさざる得なくなった。
宇宙空間にある球状の建造物という事だったが、どうやら重力は下に引っ張るようになっているらしい。これは、地上の感覚と同じほうが人間は安心できるという事からだろうか。先ほどの上も下もない場所にいた事が不思議なくらいだった。
アンドロイド四体が前衛を務め、梯子を先に登っていく。その後を梶本少尉、そして森脇、上田、佐川軍曹が続く。後衛の浜田と田中、そして二体のアンドロイドが一番下を登って来ていた。隊員達の肩から両手で持つレーザーガンがぶら下がっている。
連射対応型のそれは、トリガーを引き続けると一秒間に百発というレーザー弾を目標に向かって吐き出す。圧縮されたレーザーは目標物を貫き、溶かし、切断するのだった。機甲歩兵の標準装備であるらしい。
球体の中心に真っ直ぐに伸びる梯子を進む小隊は、五〇メートルほど登ったところで、機関室の真下に到達したようだった。
バイオスーツが運動をして熱を帯びた身体を冷やしてくれるので、不思議と汗はかかないが、荒い呼吸と両手両足、背中、肩の筋肉は悲鳴を上げている。
広い球状の空間、ちょうどそれの底のハッチから這い出た森脇は上を見上げながら、床に座りこんだ。続けて姿を見せた上田も、倒れるように床に沈む。
喘ぎながら頭上を見ていた森脇の視界には、頭上三十メートルあたりを、足場といったほうがいい通路が頼りない手すりを備えて張り巡らされているのが見えた。巨大な球状の空洞と呼んだほうが良い機関室の中に、その足場は張り巡らされている。機関室の天井は闇に包まれて見えない。設計図ではこの機関室だけで、ステーションのほとんどの空間を使っているという。直径300メートルの球状の空間。そこに森脇達は入っていた。
小休止後、球状の機関室の底辺部から梯子で三十メートルほど上り、幅一メートルほどしかない足場に立つ。これでようやく水平移動となる。発電機や重力装置、通風装置などが立ち並ぶ直径百メートルの球状スペースは、かすかに機械音を響かせていた。しかしその音も、おそらく通常時に比べて随分と小さなものなのだろう。相変わらず暗視レンズ無しでは薄暗いままだと想像した森脇は、耳のあたりにあるスイッチを操作して、暗視モードを解除してみた。
視界が一気に暗転し、巨大な発電機が発する弱々しい輝きが、ぼんやりと空間の広さを伝えようとしてくる。
「おい、どうした?」
後ろの上司にせっつかれ、すぐに暗視モードをオンにして歩き出す。大型の機械が発するわずかな光で、ここまで明るさを増幅させているのかと驚きながら、前方を歩くアンドロイドの歩みが止まっているのに気づいた。
「ったく、通路って言ってたくせに梯子だっだじゃねぇか」
上田がぼやいているのが聞こえた。それはマイクに拾われ、イヤホンによって全員に到達したらしく、苦笑と失笑、同情の笑いが入り混じって森脇の耳に届き、続いて上田の照れ笑いが聞こえて来た。
前後を隊員に囲まれているとはいえ、巨大な発電機や重力装置、通風装置などで遮られた視界は、森脇を怯えさせるだけのものはあった。
ようやく前を歩くアンドロイド達に追いついた時、彼らの先頭に立つアンドロイドからの報告がイヤホンから流れてくる。
「前方に微かな生体反応あり」
「研究員だな」
梶本少尉が森脇と上田を押しのけ、先頭のアンドロイドの後ろに立った。
森脇の立っている場所からは、薄暗くてよく見えなかったが、ヘルメットのレンズが自動調整をして、薄暗いはずの機関室を鮮明に映し出す。発電機の発する光の点滅を浴びる、研究員の姿が浮かび上がった。彼は足場の手すりにしがみつくようにして倒れていた。やけに身体が小さく見えるのは気のせいだろうか。
アンドロイドと梶本がゆっくりとその研究員に近づく。
「佐川。すぐに来てくれ」
梶本少尉の緊張した声がイヤホンから発せられた。身体を強張らせる上田を押しのけ、森脇の横をすり抜けた佐川は、研究員の傍にしゃがむアンドロイドの横に立った。
「手当て……しますか?」
「いや、手遅れだろう。強心剤を注射。何が起きたか聞き出したい」
佐川が研究員の肩のあたりに、注射をするのが森脇にも見えた。
「何があった?」
頭を挙げた研究員は、咳込んでいるようだ。梶本少尉に手信号で呼ばれた隊員達が歩き出す。二人も自然と前進した。森脇は動悸が激しくなるのを感じる。
研究員の全身が見えてきた。
彼は右腕を失い、腹部を血で濡らした格好で横たわっていた。彼の周辺はどす黒く染まり、血が足場から機関室の底辺部分に向けて滴り落ちている。森脇はイヤホンから聞こえる研究員の声に神経を集中させていた。
「あんた……達も危な……い。逃げ……」
「何があった? 管制室は無事なのか?」
「わからな……い。いきなり……」
男はそこで血を吐き出す音を発するばかりになり、すぐに息絶えた。
「こちら梶本。佐々木、聞こえるか?」
「佐々木。音声クリア」
「研究員を一名発見するも、重傷を負っていた。発見後にすぐに死亡。ステーション内で何かトラブルが発生した模様」
「了解。ナスノヨイチに報告します。応援を呼びますか?」
「……いや、まだ良い。原因が分からない今、ナスノヨイチを呼ぶのは危険だ。管制室を制圧し、ゲートを開かないと。その小型シャトルを往復させては我々が緊急脱出できなくなる恐れがある」
「了解。報告後、ここで待機します」
通信を切った梶本少尉は、倒れている研究員の男性が這ってここまで来た事を、足場の上に残る大量の血痕で悟ったようだった。そのわずか先に機関室の外に出る金属製のドアがある。
「ドアを爆破」
アンドロイドがドアに駆け寄る。森脇は彼らが爆破準備をするのを眺めていた。その隣で彼の上司が、胃のあたりを右手で撫でている。
「飲みます?」
「いや、いい。それって酔い止めだろ?」
「ええ。ですけど、俺も吐き気がするものの耐えられましたから」
「じゃあ、もらう」
水無しで錠剤をのみ込んだ上田は、口を腕で拭うとヘルメットをかぶった。
「お二人は先ほどの部屋で待機して頂いたほうがいいのでは?」
田中の発言に、梶本少尉が考え込むそぶりを見せる。
「いえ、おそらく皆さんと一緒にいたほうが安全です」
上田の弱々しい声が森脇にも聞こえた。
確かに上田の言うとおりだ。何かあった時、自分達は身を守る事もできない。小隊が管制室に到着しても、結局二人がいないと何もできない。一緒に行動をしたほうがいいだろう。何より、二人では心細すぎる。さらにいえば、あの梯子を下るのは嫌だ。
「分かりました。念のために」
梶本は自分の腰に装着していたハンドガンを森脇に差し出してきた。佐川も自分のそれを上田に渡す。
「安全弁を解除して、両手で構えて撃ってください。お二人とも徴兵はもうお済みですね?」
森脇はうなずいたが、上田が頭を左右に動かす。
「私は徴兵対象年齢の時に喘息を患っていましたので」
「じゃあ、説明しておきます。ハンドガンタイプですがこれも立派なレーザーガンです。反動がありますので必ず両手で構えて、上田さんは右利きですね? 右手でハンドガンを持ち、左手は添えるように、そうです。それで身体の位置はこう。撃つ時は力を抜いて」
手取り足とりハンドガンの撃ち方を教わっている上田の隣で、森脇も思い出すようにそれを真似る。
空いた時間を利用して隊員達は銃火器のチェックを始めた。
「あとはトリガーを引くだけです」
レクチャーが終わり、梶本少尉の右手に起爆スイッチが光った。
「いいですか? 三、二、一……」
閃光と爆発音が起こり、機関室のドアが黒い煙を発する。空気が十分にあるという事が分かったが、視界を確保するためにヘルメットは脱げない。しかしどうやら、ツクヨミは彼らの侵入に対して、何のアクションも起こしていない。気付いていない事はないだろう。 気づいていても、なんら行動をとれなくなっているとしたら、供給電力がほとんど無い状態まで落ちている可能性がある。発電装置はどこも破損していない。となると、太陽光パネルもしくは太陽風ファンからエネルギーを伝達するケーブルの半分が切断してしまっているかもしれない。もしくは電力を運ぶ送電線に異常があるのか……。
森脇がハンドガンをちょうど、ドアに空いた穴に向けた時、ドアの向こうからのそりと腕のようなものが伸び出てきた。それは小学校の頃に理科実験室にあった人体模型のような腕で、皮膚のない筋肉がむき出しで、赤黒く滑っており、腕の先には五本の指のついた手もちゃんと見えた。怪我をした人間かと彼が思っていた時、その腕の持ち主であろう頭部が穴の向こう、通路から覗き見えた。
冷や汗が吹き出るのを感じた森脇は、無意識のうちに数歩、後退した。上田にぶつかり彼の抗議がイヤホンから聞こえてくるが、それも一瞬後には悲鳴へと変わる。
「何だ? あれは何だあ!」
上田が叫んだ時と同時に、先頭のアンドロイドがレーザーガンのトリガーを引いた。それが戦闘開始の合図だった。