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 巡航艦は予想よりも大きかった。最新鋭巡航艦の左舷後方が痛々しく破壊されており、宇宙空間に出た数名の作業員が修復作業をしているのが輸送シャトルから確認できた。

「今は戦時中なので、交代可能艦艇がないのです。宇宙軍基地のドックに入っていたのは全て第一艦隊の艦艇と交代する為、明日の朝、出港しますから」

 梶本少尉の説明を聞きながら、作業員達を見ていると輸送シャトルは巡航艦の後部ハッチにゆっくりと近づく。パイロットの腕前は相当なもので、見事に巡航艦に肉薄した。全方向に向けて装備している方向転換用アポジモーターが忙しく動いていた。

「ここから巡航艦までこれで行きます」

 ヘルメットで表情の分からない梶本少尉の手には、ケーブルが握られていた。

「冗談でしょ」

 笑った上田の声だけが聞こえてくる。

 輸送シャトルがハッチを開くと、それに合わせたかのように巡航艦の後部ハッチが開いた。梶本少尉がケーブルを射出する装置の前に立ち、照準を巡航艦の後部ハッチに定めた。無言でトリガーを引くと、ケーブルが静かに射出されて、巡航艦へと急速に接近する。

 巡航艦側の軍人が、ケーブルを専用の装置で受け取り、後部ハッチの中に姿を消した。だが、すぐに姿を表し手を振って見せる。

 三人はケーブルを辿りながら、宇宙空間の中を巡航艦へと進んだ。

「あの、空気タンクは?」

「ああ、三十分までならこのバイオスーツだけで十分ですよ」

 怖い事を言う。もし三十分以上、時間がかかったらどうなるんだろう。

 森脇は冷や汗を感じながら、ケーブルを必死に辿る。わずか十メートル程度の距離が、こんなに時間がかかるものとは思わなかった。  

巡航艦の中に飛び込んだところで梶本少尉が

「スジが良いですね。五分もかかっていないですよ」

と声をかけてくる。もっと時間がかかった気がするが、それは真空状態の中を動いていたからだろうか。無音の中を動くというのは、時間の感覚がこうまで狂うのかと森脇は溜息をついた。聞こえてくるのは、イヤホンを通じて届く上田や梶本少尉の呼吸音だけ。これは会社に帰って皆に自慢できると思いながら、彼は巡航艦『ナスノヨイチ』へと足を踏み入れたのだった。

 ハッチが閉められたそこは、小さな部屋になっていた。三人に手を振っていた軍人が部屋の天井に向けて手を振る。部屋の中で赤色灯が点滅を始める。驚いた森脇の肩を梶本少尉が軽く叩いた。

「今、真空状態になっていますから、それを調整しているんです。すぐに終わりますから」

 彼女の言葉通り、赤色灯が止まると、三人を出迎えた軍人がハッチの反対側にある扉へ認証コードを打ち込んで、扉が静かに開いた。

 四人はその扉を抜けたところでヘルメットを外した。ひさしぶりに上田の素顔を見た森脇は笑った。上司が真っ青な顔をしていたからだ。

「笑うなよ。しょうがないだろ。手を離したらあの世行きだぞ」

 上田の言葉に梶本と、巡航艦のクル―が笑った。ヘルメットを取ったその軍人は、勝手に男だと思っていた森脇を驚かせた。

「ようこそ、ナスノヨイチへ。私は梶本少尉の部下で特殊装甲歩兵小隊所属の佐々木法子です。小型シャトルのパイロットです」

「驚いた。日本宇宙軍てのは女性が多いのか?」

 上田が顔を真っ青にしながらも、努めて明るい口調で尋ねた。

「たまたまですよ。お二人をお迎えするのに、うちのむさ苦しい男どもでお出迎えするわけにはいかないですもの」

 佐々木二等兵の笑みに緊張をしていた自分に気付いた森脇は、その緊張を解きほぐしてくれた彼女に笑みを返して、梶本少尉と彼女の後ろをついて歩いた。

「大丈夫ですか?」

 自分の後をゆっくりと歩く上司に振りかえると、上田はうなずきながら森脇の背中を軽く叩く。

「笑いやがったな。お前、来年の昇給はなくなったと思えよ」

 本気で言っていない事は表情を見れば分かるが、森脇はわざと悲しそうな顔をしてみせ、前方でクスクスと笑う二人の女性に

「佐々木さんが羨ましいですよ。俺の上司はこんなに横暴なんですからね」

と嘆いてみせた。

 冗談を言った森脇の背中を、上田が小突いて来る。

 これから待つ憂鬱な仕事の前に、冗談くらい言わないとやってられない。森脇は意外と余裕のある自分に驚きながら、軍隊に所属する女性二人の後に続いて、ミーティングルームへと入る。

「お疲れでしょう。どうぞ」

 本社会議室の映像で見た艦長がそこにいた。

「この巡航鑑を預かる佐久間盛久です。よく来てくださいました」

 柔らかな物腰の佐久間を見て、あの映像での佐久間の印象が強かった森脇は拍子抜けする。それは上田も同じであったらしく、肩すかしをくらったような表情で勧められた椅子に座った。

 艦長の佐久間のほかに、軍服を身にまとった男性達と、軍用アンドロイドが待機していた。

 特殊機甲歩兵小隊の隊員達。

十人の隊員達の半分が軍用アンドロイドであった。人間そっくりの外見の中で、唯一つ、彼らの瞳が異質に輝く。それを見ればすぐに判別が出来た。

「状況を説明しましょう」

 佐久間が咳払いをして二人に目配せし、それから全員の顔を確認した。

「第二宇宙ステーションにて異常が発生し、救援信号を受けて我々が駆けつけましたが、管制システムの警告を無視し接近したところ、コンテナをぶつけられるという予想外の事態が発生した」

 艦長がそこで眉をしかめて言葉を止めた。

「ここまでが一七時間前の状況です。お二人もご存じですね?」

「ええ、加えて一個小隊が第二宇宙ステーションに到着できた事も知っています」

 上田の言葉に、佐久間はうなずいた。

「それからこれまで、お二人の知らない展開がありましたから説明しましょう」

 そこで佐々木二等兵が二人にレジュメを差し出した。受け取り目を通す上田の表情が強張り、森脇もそれを見て言葉を失う。

「現在、ステーション内に入った一個小隊と連絡が途絶えています。定時連絡もない状態で、我々としても非常に心配なのですが、それより問題なのは、ツクヨミが入港ドッグのゲートを全て閉じ、さらにステーション全体をダウンさせている事です。かろうじて重力装置と空調装置は動いていると熱源から確認しました」

 レジュメを読みながら、佐久間の説明を聞いていた森脇が顔をあげた。

「ステーションがスリープ状態になっている……という事でしょうか?」

「そうです」

「これでは……これではツクヨミをシャットダウンしてしまうと、ステーションは全ての機能が停止して、完全なブラックアウトになります。中にいる人達は助かりません」

 重力装置はまだしも、空調装置が止まるのはまずい。ステーション内の二酸化炭素濃度があがり、呼吸ができなくなる。配備されている酸素タンクを使いきれば、それでジ・エンドだ。

「仮にツクヨミに原因がある場合、ステーションに乗り込み直接、アクセスする必要があります。ツクヨミに原因が無い場合、それが解決されればツクヨミは自発的にステーションを解放するでしょう。ただし、スリープ状態になる前の話であるならです」

 上田がレジュメに視線を落としたまま口を開き、それに佐久間も同調した。

「気になるのは、ステーションの外壁に破損が確認されている事です。それも内部の爆発によってのものです。これが原因ではないかと推測していますが、断定はできません」

佐久間はそこで、居並ぶ隊員達を見た。

「貴様らは先行した第一小隊とステーション内で合流し、事態の把握、鎮圧が任務だ。火器の使用は許可するが、ステーション内であることから軽装備で臨め」

「はっ」

 梶本少尉以下、隊員達が起立し敬礼する。

「あの……私達はどうすればよろしいのでしょうか?」

 遠慮がちに口を開いた森脇に、佐久間の視線が止まる。

「民間人のお二人は本艦で待機願います。通信が復旧次第、内部に潜入した隊員に指示を与えて頂けますか?」

 上田と森脇は視線を交差させた。怪訝な表情の隊員達を代表して梶本が二人に発言を施す。

「問題があります」

「問題というと?」

 森脇の言葉に、オウム返しをした梶本少尉が瞳を揺らす。

「ツクヨミがステーションをスリープにしたという事は、ツクヨミも活動を著しく低下させています。分かりやすく言えば冬眠状態です。起こしてやるには限られた人物の認証が必要です」

「限られた人物というのは、この場合、誰になるのですか?」

 上田が目を閉じる。

「最も近くにいるのは私です」

 森脇が、震える声で発言した。

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