聖人、執事
『聖人』と呼ばれる人種が生まれた。
彼らは常に光を纏い、物に触れるだけでありとあらゆる奇跡を起こした。失った命を取り戻し、動かぬ人形に魂を吹き込んだ。
膨大な数の人類においてごく少数の彼らはもてはやされ、ある国では王の位をいただき、またある国では神の生まれ変わりと崇められた。
しかしとある辺境の小さな屋敷に、ひっそりと暮らす聖人がいる。
彼は齡200を数え、150までは別の国で神として働いていた。しかし対等な関係を築ける者がいない事に辟易し、神の座を降り旅に出たのだった。そうして友を得るべく他国の聖人を訪ねた彼だったが、同じ聖人たからと言って友になれるわけではなかった。持て囃され己を唯一無二の存在と信じる他国の聖人は、彼にもその上下関係を強いた。
呆れ果て友を得る事を諦めた彼は、この辺境の地に腰を落ち着かせ、人と交わることなく暮らしている。
何やってるの、早くしてちょうだい。
せかされた彼はティーカップに紅茶を注ぎ、庭のテーブルに待つ『お嬢様』の元へ向かった。
遅いのよアンタ、それでも私の執事なの。
高慢な態度の『お嬢様』に、彼は頭を下げて紅茶を差し出す。『お嬢様』はそのティーカップを手に取り、大きく傾け中の紅茶をこぼしながら口に運んだ。
カクンカクンと頭を揺らし『お嬢様』が紅茶を味わう。
まぁまぁね。
カタカタ口を開く。
お褒めの言葉に彼はまた頭を下げながら、『お嬢様』の様子に目を配る。
紅茶を口に運ぶ腕はギシギシ鳴り、カスタネットのような口はひび割れている。
カクンと頭を下げて『お嬢様』がティーカップを指に引っ掛けたまま動かなくなった。
電池切れだ。
彼は表情のない顔で、『お嬢様』だった人形を抱えた。
屋敷の一室まで運び、無数の人形のひしめく中に『お嬢様』だった人形を並べる。
次はどれにしようか。
彼は暗い人形部屋で、次に魂を吹き込む人形を選ぶのだった。
了