よさこい、シグP226、タンスの角に小指をぶつける理由
「そりゃ長いこと裏の世界で生きてたんだ、命を狙われることなんて珍しくなかったさ」
サングラスをかけたまま彼は微笑んだ。ゆっりとした一人掛けのソファーに深々と腰かけている。
「……そういった、その、命を狙ってくる輩はどのように?」
対面のソファーに腰かける私は、メモ帳とペンを手に尋ねる。
彼はニッカリと白い歯を見せて笑った。
「もちろん、一人残らず魚の餌にしてやったさ」
その笑みに私はなぜか背筋が凍るような寒気を覚え、メもをとるふりをして視線を逸らした。
「で、では、その、刺客といいましょうか、命を狙う輩についてのエピソードがあれば1つ」
エピソードか、と彼は短い白髭の顎を撫でながら答えた。
「昔、ジャパンという東の島国で襲われたことがある」
ジャパンは知っている。私も一度別の取材で訪れたことがある。
彼は続けた。
「その時いれこんでいた愛人が日系人だったんだが、そいつのご機嫌とりにジャパンにいって、たしかよさこい祭りとかいうのに参加したところを狙われた」
ふふ、と不敵な笑みを浮かべる。
「奴ら祭りの騒ぎに乗じて殺るつもりだったんだろうが、こっちも素人じゃねぇんでな」
指で銃を形作る。
「当然俺も護身用に銃を持っていた。ジャパンは泥しかないド田舎だと聞いてたんで、そういうのに強いシグP226をな。そいつで返り討ちよ」
それから豪快に笑う。
なにがおかしいのか私にはわからなかったが適当に愛想笑いを返す。
「し、しかし、それでよくご無事でしたね。今の話だと相手は複数のようでしたが」
無事じゃなかったさ、と彼は笑いを消して答えた。
「そんときゃ愛人は殺されちまったし俺の右目も使い物にならなくなった」
彼はかけていたサングラスをはずして見せた。その右目は確かにあらぬ方向を向いている。
私が答えに窮していると、彼が照れたような笑みを浮かべていった。
「こいつのせいで、俺はよくタンスの角に小指をぶつけるのさ」
その表情が妙に人間臭くて、私は知らぬ間に親しみを込めた笑みを返していた。
了