断水
『水を断つ。故に断水拳』
師匠の言葉が思い出された。こんな時にまで頼んでもない助言をしてくるなんて、お節介のすぎる師匠らしいと思いなんだか可笑しくなった。
仰向けに倒れたまま口許に笑みを浮かべた俺に、傍らに立ち見下ろす男が眉根を寄せる。
「なにがおかしい。お前の師匠もそうだ。死にかけの分際で笑ってやがった。死に際に笑うのがテメェらの流派か?」
確かに俺は死にかけと言っても過言ではないだろう。道場破りの男に敗れ命を落とした師匠の仇を討つつもりが返り討ちである。息をするたびに全身に痛みが走る。
しかし、男の言葉に俺はさらに笑みを強くした。
「なに笑ってやがる!」
男が激昂し俺を蹴りあげた。重い衝撃とともに俺の体は浮き上がる。
「はっはっ……!」
俺は血混じりの笑い声をあげ、宙で身を捻り構えをとって着地した。軽く腰を落とし手は手刀の形。
「まだやる気か」
男が苛ついた様子でいった。構える気配すらない。油断しているのは明らかだった。
「水を断つ! 故に断水拳!」
俺は叫び地を蹴った。右腕を振り上げ、鞭のごとく振り下ろす。
男が後方に跳ぶ。手刀が外れる。すぐさま次の攻撃に。手刀を振り抜けた勢いのまま回転し踵を叩き込む。手応えは――
「くそがっ!」
――有り。
蹴られた脇腹を押さえ跳び退さった男は憤怒に顔を歪めた。
「てめぇ……っ!」
肩で息する俺は再び構え、1つ息を強くはいて声を張り上げた。
「師匠がなぜ笑ったか教えてやろう!」
生前、師匠が言っていたことを思い出す。
「師匠はおっしゃった! もし自分が死の間際に笑えたなら、それは『次』を託すに足る者がいた時だと!」
師匠は笑ったと、男は言った。ならばそれは。
俺の目から涙が溢れた。
「師匠は俺に託したのだ!」
男が構えた。
「ごちゃごちゃと……! 黙ってろ!」
土埃が舞う。男の姿が消えた。
――探すな。感覚に身を委ねろ。
俺は腰を落とす。頭上を男の蹴りが通過する。
振り向き様に手刀を打ち下ろす。男の肩に直撃。
「おおっ……!」
男が苦痛に叫びながらも反撃する。俺の脇腹に男の足がめり込む。
地面を二三度跳ねて転がった俺は、血の混じった唾を吐く。
男が肩を押さえ俺をにらんでいた。
「てめぇ……俺になにしやがった……!」
俺は立ち上がって応えた。
「水を断つ、故に断水拳。水とは何か。水を断つとは流れを断つに非ず。水を断つとは即ち繋がりを断つ意」
男の肩を指差す。
「あなたの肩から先の『繋がり』を断ちました。もうあなたの右腕は使えない」
男が歯軋りする。
俺は構えた。
「さぁ来い! 師匠が託した『次』を見せてやる!」
了