表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一時間で書きました  作者: 己紫尾 尽座
15/16

ナチス、汚水、姿見、または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか


 ──ボタンを押してください。

 音声案内に従ってボタンを押す。

 私の仕事はそれだけだった。ただ1日ボタンを押すだけでそこらのサラリーマンの数倍の給料を貰っている。

 ──ボタンを押してください。

 私は再びボタンを押す。

 ボタンと、テレビが置かれているだけの部屋。飲食物の持ち込みは自由で、まるでネットカフェの一室のような空間だった。

 ──ボタンを押してください。

 私はボタンを押す。


 朝、目覚めて姿見で自分を見る。疲れた顔だった。いや、憑かれているのか。自分の足元の空気が淀んでいるような錯覚。……錯覚だ。

 淀んだ空気を蹴飛ばすように姿見から離れ、テレビをつけてソファに座る。テレビニュースは新型水素爆弾の活躍を褒め称えていた。

 ──ボタンを押してください。

 私は叫び声を上げて立ち上がり目の前のテレビを薙ぎ飛ばした。電源コードが切れたが、テレビは自身のバッテリーでニュースを流し続けた。

 倒れたテレビから流れる横向きのニュースに、私はその画面を撫でる為に手を伸ばしながら声をかけた。

「ああ、愛してるよ。愛してるとも。私は君が大好きなんだ」

 水素爆弾が返事をするように、画面の中でキノコ雲を上げた。


 ──ボタンを押してください。

 私はボタンを押す。このボタンで何が起きているかは知らない。いや、知らないワケじゃない。いや、知らない。私は汚水を作っているだけだ。ボタン1回で、赤く汚れた川を。

 ──ボタンを押してください。

 私はボタンを押す。誰かの責任の肩代わりをして。ナチスドイツのヒトラーのように、誰か悪い人間が私の上にいて、私に命令しているのだ。

 ──ボタンを押してください。

 私は考えている。常に考えている。このボタンで何が起きているかを。或いはナチスドイツの残虐な行いを考えている。見てもいない赤黒い汚水の源を考えている。

 ──ボタンを押してください。

 仕事を始めた当初は心配だった。この仕事を終えた時、私はどういう扱いをされるのだろうかと。どういう気持ちでボタンを押していたか、世間の人間は知りたがるだろう。

 ──ボタンを押してください。

 今はもうボタンを押すことに何の感情も抱かない。私はこの仕事を愛しているのだ。愛するしかないのだ。でないと私の心は……。

 ──ボタンを押してください。

 この仕事から解放された時、私は世間の注目を浴びるのだろうか。ナチスドイツのヒトラーのように。

 ──ボタンを押してください。

 その時私は語るべきだろうか。私はただ雇われてボタンを押しただけだと、または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったかを。

 ──ボタンを押してください。

 私はボタンを押す。

 ──ボタンを押してください。

 私は水爆を愛している。このボタンが何かは知らない。

 ──ボタンを押してください。

 私は何も知らない。

 ──ボタンを押してください。

 私は何も知らない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ