水戸ホーリーホック、制限、死穢
「今年のサッカーは面白くないな」
苦虫を噛むような顔で友人が言った。実際に噛んでいるのは焼き鳥だ。
奢るからと呼び出されて焼き鳥屋に来てみれば、何の事はない。いつものサッカー談義である。
「負けて負けて、そんで昨日の試合も負けだ。応援する甲斐がない」
焼き鳥をビールで流し込み、勢いよくビールジョッキをテーブルに叩きつける。
「だいたいな、だいたい今年はチームの運気が悪い。年の始まりから流れが悪い」
顔を見る限り大丈夫そうだとは思ったが、どうやら実はかなり出来上がっているようだ。
友人は手を顔の前に上げて、その肘をテーブルにドンと付ける。それから僕を指差しながら自分の応援しているチームの選手の名前を上げた。
「アイツの親が亡くなったのが始まりだ。残念で本当にお悔やみ申し上げるし、申し上げたが、どうもその暗い空気が抜けきってないような気がする」
上げた手で何度も僕を指差しながら、友人は続ける。
「死穢ってのがあるんだ。わかるか? 死は穢れで、伝染するって考えだ。わかるか? 俺はその死穢ってのが関係してると思うんだ」
あまり興味はないが、奢って貰うのだから話は聞いてやらないといけない。僕は話半分聞きながら焼き鳥を口に運びながら答える。
「つまりその選手の親御さんの死が伝染して、チームの調子が悪いって事か」
分かった風に言うと、友人は僕を指差していた手でテーブルを叩いて笑いだした。
「死が伝染したら選手が死んでるだろ。馬鹿だなお前は。穢れが伝染するんだよ。穢れ。お前には難しかったか」
答えて損した。この男は酷く酔うと悪口の制限がなくなる。比例して財布の紐も制限なく弛くなるので都合は良いのだが。
僕はなるほどと適当に頷いてビールを注文した。真面目に相手するだけ損である。ビールと焼き鳥だけ頂いてさっさと帰ろう。
「だからなお前、今年チームはどうしたら良いと思う? 穢れの伝染したチームはよ」
僕は内心舌打ちしながら、口をつけようとしていたビールを置いて答える。
「穢れたって言うなら、お祓いでもいけば良いんじゃないか」
さっさと答えてビールを流し込む。美味い。
「お前は本当に……ああいいや、お前に聞いた俺が悪かった。知らないもんなお前は」
はいはい僕は馬鹿ですよ。
「あのな、死穢を清めるのにお祓いはいらないんだ。時間を置くだけでいい。だから死穢が清まるまで大人しく待つ。これだ」
それは結局今年の内はどうしようもないって事じゃないか。何を言わせたかったんだコイツは。
だからな、と友人の語気に勢いがつく。
「だからな、今年のチームは粘り強く現状ランクを維持するんだ。そして来年のリーグで上位に踊りでる」
今年諦めてるじゃないか。
「粘りだ粘り。今年さえ耐えきって残留出来たら来年こそはリーグ上位だ。粘り強いチームこそが生き残るんだ」
1人で笑ってビールを一気に飲み干す。
もう一杯と注文する友人の脇に置かれた新聞を何となし摘まんで今年のJリーグの順位を見る。
ビールで喉を鳴らしながら、僕はその上位のチームの1つになるほどと頷いた。
友人の言うとおり、粘り強さはそれなりに大事らしい。
水戸ホーリーホック。
納豆の名産地、茨城のチームである。
了