酷評 太陽 医食同源 エタヒニン 腹が弱いお殿様
「下々の者は何を食べておるのか」
殿様がそんな事を言った。
気になるのも無理はない、と言うべきか、この殿様は食べられる物が少なかった。もともと地位の高い人間の食卓には「以下物」──サンマやマグロ、アサリ等と言った格が低いとされる食べ物──を並べる事は許されなかったし、その上この殿様は腹が弱かった。医食同源の考えのもと、殿様は薬膳料理のような質素なものばかり食べさせられていた。
殿様の自分がこんなに質素な食事なのに下々の者はいったい何を食べて生きているのか、という疑問も無理はない。
半分は殿様の食べられない物の存在をそもそも隠しているせいでもあった為に、臣下は殿様の疑問に答えを窮した。もし殿様が下々の者が食べている物を欲しがって、それで腹を壊されたら一大事である。
臣下は使いを町に走らせて、いかにも身分の低そうな身なりの者を城に連れて来させた。
雑巾のような布切れを纏った者が連れて来られた。恐らくはエタヒニンだろうがわざわざ聞きはしない。臣下はその雑巾に、殿様に言ってはならない食べ物を叩き込み、それから謁見させた。
「おんやまぁ」
謁見の間に殿様が現れると、雑巾は間抜け面で呟いた。身に纏う雑巾で鼻水を拭う。あまりに下々過ぎたのではないかと臣下は今さら不安になった。
殿様は不快そうな顔をしながら雑巾に聞いた。
「その方、何を食べて生きておる」
雑巾は頭を揺らして──考える頭がありそうには見えないが──考える素振りを見せて、ああと思い付いたまま声を上げて答えた。
「日光を食べております」
「植物かお前は」
殿様が即座に返して、雑巾が困った顔で鼻水をすすり上げる。それで雑巾が助けを求めて臣下を見るのだから臣下も冷や汗ものである。この雑巾は恐らく何を言ってはいけないのか忘れて、それで日光を食べるなどと抜かしたのだ。
臣下は咄嗟に前に出た。
「殿、真でございます。下々の更に下々の者は、あまりに食べる物がなく、ついには日光のみで生きられるよう体が変化したのでございます」
「なに、真か?」
「真でございます」
無理はあったが言ってしまったものは仕方ない。とにかくそういう事にして、とっとと雑巾は帰してしまおうと思った。
しかし殿様は困った事に
「では俺も、物を食わずばいずれ太陽の光のみで生きられるようになるという事か」
と言い出した。
ここで正直に嘘だと言えば良かったものを、臣下はつい
「は、左様でございます」
と答えてしまった。
それから殿様は飯を抜いて日光を浴びに行く、つまり太陽の光だけで生きる訓練を始めてしまった。
日毎に痩せていく殿様に頭を抱える臣下だったが、最早嘘とも言える空気ではなくなっていた。今さら嘘といえば打ち首を覚悟すべきだろう。
いよいよ殿様が体調を崩し、床に伏している日が多くなった。
「殿、どうか食事を」
臣下が枕元で嘆くように言うと、殿様はか細い咳をしながら答える。
「うむ……では外に行くか……日のあたる所へ……」
これはもうダメだ、このままでは自分の嘘のせいで殿が死んでしまう。
そう思った臣下は全てを正直に話した。日光のみでは生きられないこと、殿に隠していた食材があった為に嘘をついたこと。
殿様は激しく怒り、それでまた体調を崩し、今まで隠されていた食材を食べたいと所望し、急な暴飲暴食の果てに死んだ。
あまりにも情けない死に様だったが、下々の間では『太陽の殿様』という、妙に格好の良い通り名で語り継がれた。
了
「酷評」というお題を使うの忘れてました