天秤
男は天秤を拾った。金属と糸だけで造られた小さな天秤だった。
町のごみ置き場に置かれていたそれをなぜ拾ったのか、男自身にもわからない。しかしなんの装飾もない銀色の天秤がなぜか気になった。
床の軋むボロアパートにそれを持ち帰った男は、さっそく片方の皿にたまたまポケットに入っていた安物のライターを置いた。
畳の上の天秤は、どちらにも傾かなかった。
普通ならばライターを置いた皿が下がり傾くはずなのだが、と男は首をかしげる。
もしかすと真ん中の軸か何かが錆びて固くなっているのかもしれない。
そう思って皿をつっている棒の片側を指で押してみると、なんと簡単にぐらぐら動くではないか。指を離すとまた畳と平行になる。つまり片側にライターが乗っているのに釣り合いがとれているという事だ。
これはおかしい、と男は畳の上に転がっていたライター拾い、皿の上に乗っているライターに重ねた。
しかしまだ傾かない。
次に男は反対側の皿に、財布からだした五百円玉を置いた。すると天秤が五百円玉の方に傾いた。
ようやく傾いて満足した男は、ライターのある皿に小銭を何枚か足してみる。百円以下の小銭ばかりだったが、これで五百円玉よりは重くなるだろうと思った。
しかし、天秤はピクリともしない。明らかにライターと小銭の方が重いはずなのだが。
天秤をじっと見ていた男はふと思い付いて、ライターの上に千円札を置いてみた。
カタン、と天秤の傾きが逆になった。
これはすごい、と男はわずかに興奮する。この天秤は重さではなく金額で動くのだ。
ためしに五百円玉の上に千円札を置く。また天秤の傾きが変わる。
これはもう間違いない。
男は両側の皿からものを退けて、再び片方に、今度は万札を二枚置いた。やはり天秤は傾かない。
次に男はもう片方の皿に、職場の先輩からもらった腕時計を置いた。先輩が言うには高価なものらしいが。
天秤は二万円の方に傾いた。
なんだ安物じゃないか、と男はがっかりしながらも楽しんでいた。
それから男は片側にお金を置いたまま、もう片側にのせるものを変えて遊んだ。これは安いこれは高いと物の価値をはかって一人一喜一憂する。
そしていよいよ計るものがなくなり、天秤は片側に二万円をのせたままになった。
何をのせようか、と男は部屋のなかを四つん這いになり乗せるものを探す。
四つん這いでうろうろしているうちに、男の指が天秤の空になっている方の皿に乗っかった。
カタン。
天秤は二万円の方に傾いた。
了