種の起源 ー 異聞 ー
死に瀕するその惑星から、何十何百という巨大宇宙船が宇宙へと飛び立っていった。
それらの船は生き延びるための新天地を求めて、宇宙の各地へと散らばっていく。二度と会える日が来ない別れを、互いに告げて。
その船に乗っていたのは、それぞれ数十家族のマリュート族とトガリータ族。あとは、大量の植物の種子と、家畜だった。
長い年月の間に、船の中でも子が生まれ、成長していく。持ち込んだ家畜や植物を栽培、飼育しながらの気の遠くなるような旅だった。
五世代ほどが交代するくらいの時間が経っただろうか。
家畜のうち、宇宙生活に馴染めないものは滅びて種類を減らし、植物の収穫量もじわじわと落ちてきている。
出会いの限られた宇宙船の中、マリュート族とトガリータ族で結婚する若者も居たが、祖先を同じくする二つの族は、歴史の何処かで遺伝的に異なってしまったのだろう。彼らに子供の生まれることはなく、マリュート族とトガリータ族も少しずつ数が減ってきた。
先細りを暗示するような船内の状況に、どこの星にもたどり着けないまま宇宙の藻屑に消えてしまう自分たちの暗い未来しか思い浮かばず、二人のリーダー、マリュート族のマダ・コ・マリューとトガリータ族のミミ・トガーリは、顔を合わせてはため息をついていた。
そんなある日。
操舵室から、一つの報告が二人のリーダーに、もたらされた。
「四時の方向、今のスピードで進めば五日後に到着するあたりに、複数の惑星を持つ恒星があります」
「なに?」
「おそらく……第三か、第四惑星は居住可能かと」
「近いのは、どちらだ?」
計算が行われ、マリュート族の分析官から
「公転軌道的には、第四惑星が近づいてきます。第三惑星は徐々に離れていくようですね」
二人のリーダーが、ヒソヒソと話し合う。
「どう思う?」
「それは、やはり近い方から行くのがセオリーだろうな。」
「燃料的にも時間的にも、やはりそうだな」
互いの意見の一致を見た二人は、トガリータ族の航海士に進路を告げる。
「第四惑星を目標に恒星系に近づく」
彼らの船が近づいた第四惑星は、乾ききって見えた。さらに探査装置を使った調査では、彼らの居住には寒すぎた。
「これは、無理か」
ミミ・トガーリが残念そうに呟く。
「そうだな。これでは、生きてゆくことができない」
マダ・コ・マリューも頭を振りながら、ため息をついた。
やっと。やっと辿り着いたと思ったのに。
その思いが、次の惑星へと彼らを駆り立てた。
公転軌道に乗って離れていく第三惑星を必死の思いで追いかけた彼らは。
スピードを出し過ぎた。
航海士が、気づいた時にはすでに遅く。彼らの宇宙船は、第三惑星の重力に捉えられていた。
大気圏に突入したらしく、船体が燃えるように熱くなりアラームが鳴り響く。船内の温度は急上昇して、命が危険にさらされるレベルに達するのも時間の問題だった。
現在、操縦に携わっていない者の、救命艇への避難が発令された。
さらに可能な限りの手段を講じて、十数台の救命艇を保護する。こうなってしまっては、家畜や植物の保存は後回しだった。
「大気がある、ということは居住できる可能性が高いんだけどな」
マダ・コ・マリューが、真っ赤な顔で呟く。
「それも、無事に降りることができた時の話だ」
ミミ・トガーリが、急激な重力変動に耐えながら答える。
「衝突、不可避!」
航海士のトガリータ族の若者が悲鳴をあげる。
操舵室の室温も限界に達していた。
「総員、脱出!」
ミミ・トガーリの命令に、残りの全員も持ち場を放棄して、体を引きずるように残り二台の救命艇へと向かった。
制御を完全に失った宇宙船は、きりもみ状態になりながら落ちて行く。
その船体から恒星の光を浴びてキラキラと輝くモノが、花粉が舞うように飛び散った。
凄まじい水しぶきを上げて、宇宙船は惑星の大部分を占める水面へと激突し……その衝撃でバラバラに四散した。
花粉のように宇宙船から飛び散った救命艇は、母船の死と弔いの水柱を空中から見つめて。
二度と戻ることの無いであろう宇宙空間に別れを告げるかのように暫しのタイムラグをあけた後、墜落の衝撃で波立つ水面へと次々着水した。
「……ミミ……リ、ミミ・トガー……」
「ミミ・ト……ーリ、聞……るか?」
雑音交じり無線機の声に、自分の名前を聞き取ったミミ・トガーリは
「こちら、ミミ・トガーリ」
マダ・コ・マリューの声であることを期待しながら応答する。
「ああ、よかった。こちらマダ・コ・マリュー」
「無事か。よかった」
広い範囲に飛び散った救命艇は、誰がどこに居るか互いに分からないものの。
脱出の瞬間には、どちらかが儚くなることも覚悟していた二人は、無事を喜び合い、これからの対策を話し合った。
マダ・コ・マリューの乗る救命艇は、探査装置が着水の衝撃で壊れたらしく、エラーを示していた。
そこで、マダ・コ・マリューが全員の安否を確認し、探査装置が無事だったミミ・トガーリが惑星の簡単な状況探索を行う。
「生き残ったのは、八割……くらいか」
良かったというべきか、と呟くマダ・コ・マリューにミミ・トガーリは苦い声をだした。
「だが、この星の大気では我々は生きてはいけない」
「なに?」
ミミ・トガーリの報告によると。
この惑星の大気の五分の一ほどを占める成分。マリュート族にもトガリータ族にも生きていく上で無くてはならない気体ではあるのだが。
とにかく”多すぎ”た。
薬も過ぎれば毒になるように、この気体の濃度は彼らの体には毒だった。
更に、大気中の水分量が少なすぎたし、恒星からの光線も強すぎる。
これでは、救命艇から出て一日もすれば干上がってしまう。
「万事休す、って感じだな」
ゆらゆら揺れる救命艇の中で、そんなミミ・トガーリの声を聞いていたマダ・コ・マリューは、一つの可能性に気づいた。
「ミミ・トガーリ」
「なんだ?」
投げやりな声のミミ・トガーリは、多分、救命艇の中で、ぐったりとその身を横たえたくなっているのだろう。一緒の救命艇にいる仲間の目を気にして、なんとか気力だけで立っている様子がマダ・コ・マリューには手に取るように判った。
「水中の組成はどうなっている?」
「はぁ?」
「だから。我々の救命艇を浮かべているこの液体の組成を調べたか?」
「いや?」
「調べられるか」
「OK」
マダ・コ・マリューには、長い時間が経ったように思えた。
「マダ・コ・マリュー!」
「どうだった?」
「奇跡だ。この星は奇跡だ」
再び声を発した無線機からは、歌うようなミミ・トガーリの声がする。
「何があった?」
この星にある未知の”何か”にミミ・トガーリは毒されたのだろうか。さっきまでとは打って変わって、機嫌のいい友人にマダ・コ・マリューは不安になった。
「マダ・コ・マリュー、この水は『いのちの水』そのものだよ!」
ミミ・トガーリの言葉に、マダ・コ・マリューは言葉を無くした。
『いのちの水』
それは、彼らの故郷では、惑星内の十ヶ所にある神殿にのみ湧き出る神秘の泉を意味するという。
曰く、その水につかればどんな傷も癒え、その水を飲めばどんな病も治る。
その泉が突然涸れ果てた。それが彼らの母星が破滅に向かう合図だった、とも言われていた。
そんな泉、本当にあるのだろうか。
いや、きっとないに違いない。
この船に乗る誰もが、”伝説”だと思っていた。
ただ代々のリーダーのみが、事実であることを知っていた。彼らには、先代から引継ぎを受ける時に、『いのちの水』に関する情報の全てが、伝えられてきていた。伝承も、組成も何もかも。
今、彼らの救命艇を浮かべるこの広大な水面。果ての見えないほどのこの液体全てが、伝説の『いのちの水』だなんて。
まさに、奇跡。
「ほんとうに、なのか?」
自分は夢を見ているのじゃないだろうか。
マダ・コ・マリューは、ピタピタと自分の頭を叩いてみる。
うん、痛い。これは夢じゃない。
「本当だとも。この水の中だったら、我々も呼吸ができるし、生きていける」
ミミ・トガーリの言うように、『いのちの水』の中でなら体の表面から呼吸ができる。組成が同じなら、猶のこと。あの気体が毒になることも無い。
「ハッチを開けてみるか?」
最初に危険な場所に赴くのはリーダーの仕事だと、先代から何度も言われていたマダ・コ・マリューは、自分の仕事を思い出す。
次代への引継ぎは、不十分だが。
ミミ・トガーリが助けてくれるだろう。
「私が行こう」
「いや、私が」
ミミ・トガーリも、危険を負うのは自分の仕事と認識していた。
「マダ・コ・マリューには、次代の補佐を頼みたい」
「いや、こちらこそ、ミミ・トガーリにお願いしたい」
自分が行くから、友人には残って欲しい。
何度も繰り返されるやり取りを遮ったのは、マダ・コ・マリューの背後から聞こえた しわがれ声だった。
「私が、行きましょう」
それは、マリュート族の最古老。トガリータ族の夫を亡くしてから一人で生きてきた老婦人だった。
「早くに夫を亡くして……もう十分生きました。なぜ、私は死ねないのかと常々思っていましたが、このためにあの人が私を呼ばなかったのでしょう」
お話の途中で、失礼、と言いながら二人の無線の会話に参入する。
「次代にはまだまだ教育が必要でしょう? お二人に代わって、私が行きましょう」
「老刀自……」
引き止めるようにマダ・コ・マリューが手を伸ばす。その手を軽く握り返すと、老婦人は優雅に頭を下げて、滑るようにハッチへと向かった。
エアロックが作動する音が聞こえる。
マダ・コ・マリューは、救命艇の窓に張り付くように外を見る。
老婦人は水中に軽く潜り……。
水面に顔を出すと、ハッチの戸をノックした。
「老刀自!」
自ら迎えに出た、マダ・コ・マリューは我が目を疑った。
そこには、かつて事故で失った指先を取り戻した老婦人がいた。
「当代。まさに、『いのちの水』ですわ」
声まで若返って聞こえるのは、気のせいだろうか。
「どこか苦しいとか……大丈夫ですか?」
「ピンピンしてますよ」
若い娘のように笑ってみせる老婦人は、つかの間の冒険について話した。
やはり大気に触れた瞬間、体中が焼ける様に熱く、息苦しくなったという。
しかし水中に潜っれば嘘のように体が軽く、息も楽になった。
体の表面が『いのちの水』で保護されるからだろうか。一度、水に浸かった後は、大気中に体を曝しても、さほど苦痛ではなかったらしい。
「マダ・コ・マリュー? どうなった?」
こちらの様子が音でしか分からないミミ・トガーリがイラついたように尋ねてくる。
「トガリータの当代。大丈夫ですわ」
「老刀自、ご無事で」
ほっとしたようなミミ・トガーリの声に、マダ・コ・マリューが応える。
「昔のお怪我も、治られたようだ」
「なら……」
「ああ、この水の中で我々は暮らそう」
そのやり取りは無線を通じて、生き残った全員に伝わり。
彼らは、救命艇から水中へと身を躍らせた。
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「長い年月を経て、彼らはえら呼吸を取得した。より効率的に生きられるように進化したわけだな。そして、或るものは小さく、或るものは大きく。水面近くに住むもの、深い水底に暮らすもの。バリエーションも増えたけどな。海の生存競争は激しいだろ? そのうえ、環境の変化で寿命も短くなってしまったから、かつての母星のように文明を築くだけの余裕が持てないまま、今に至るんだよ。いつか、邪魔な人間がいなくなったら、次は自分たちが地球の覇者になる日を夢見てな」
父さんはそう、話を締めくくると、テーブルのお茶を飲んだ。
「それ、夏休みの宿題に書けって?」
「ん? 書くかどうかは、お前しだい」
アーモンド形の目を細めるように微笑む父さんに、頭が痛くなる。
小学六年生の僕は、夏休みの自由研究でタコとイカの生態について調べていた。
あいつら、グルンと胴体の中が上下逆なんだって。僕たち哺乳類とは。
「何で、こんな格好になったんだろ? 他の生き物こんな進化してないのに」
ブツブツと言いながら、まとめている僕の宿題を覗き込んだ父さんが、
「翔、お前、知らないのか? 頭足類は、宇宙人だよ」
「はぁ?」
「昔々な、そう恐竜が滅びる頃の話かな?」
そう言って、父さんが話し出した、『頭足類、宇宙人説』。
ついつい、引き込まれて聞いてしまったんだけど。
「そもそも、マリュート族とトガリータ族ってなにさ?」
僕の疑問に、父さんは横においてあったノートを広げると、サラサラと鉛筆を走らせる。
”タコ : 丸頭ー《まるとう》ー《マリュート》”
”イカ : 尖り頭ー《とがりあたま》ー《トガリータ》”
って。馬鹿じゃないか。我が親ながら。
あ。
「マダ・コ・マリューって、”マダコ”?」
「正解」
高校、大学と専門で英語を勉強してきた父さんは、ムダにきれいな発音で、英語っぽく言うもんだからだまされた。
「じゃぁ、ミミ・トガーリって?」
「んー。この前、仕事で関西に行ったときに食った、ミミイカだな」
これが、うまいんだ、とか言っている。そんなの、知らないって。
「去年だったかな。お前も再放送で見ていた、人類が滅んだ後に巨大化したイカが地上をのし歩いているドラマ」
在っただろ? って、首を傾げてみせる父さん。
「ああ……うん」
「あんなふうに、マリュート族もトガリータ族も地上を歩きたかったんだろうな」
勝手に決めるなよ。
「それから……お前が小学校に上がる頃に、巨大イカの生きた映像の撮影に成功したって、ニュースがあったの、覚えてるか?」
「あの、目玉が気持ち悪いやつ?」
冒険小説で船を沈めるイカだったっけ。ニュース映像は、なんだか金色に光ってた。
「そうそう。あいつら、たまに鯨と勝負するらしいけど。あれは、きっと鯨を次の宇宙船に使うつもりなんだろうな」
父さんの作り話が、まだ続き始めた。
「だから、どうして」
「たまに潜水艦に勝負を挑んでコテンパンにやられたりするんじゃないのかな? で、ちょっと小型の鯨ならって」
「そんなわけ、ないじゃない」
「あるかもしれないぞ。青年の巨大イカが年寄りから伝説を聞いて、若気の至りで……って」
言いながら声が笑っているし。
「それに、恐竜の絶滅。あれ、隕石だってことになっているみたいだけど」
ハスキーな声をさらに潜めて、父さんがコソコソ話す。
「隕石じゃなくって、あいつらの宇宙船の墜落の衝撃が原因」
はぁ。あれ以上、話を大きくするなんて。即興でよくやるよ。
歌を生業にしている父さんは、作詞をするのも仕事のうちらしいけど。
なんて才能の
無 駄 遣 い。
「翔、明日図書館に行って来たら?」
母さんがクスクス笑いながら、畳んだ洗濯物を手にテーブルの横を通る。
そうだよな。
とりあえず明日、母さんの言うように図書館に行って来よう。
父さんの話は、まるっきり信じてないし。
宿題も、図書館で調べた進化の過程をまとめて終わらせたんだけど。
それ以来、なんとなく。
タコやイカを食べるたびに、”なんとなく”だけど。
人類が滅びるのを待ち構えている宇宙人を、倒しているような気がして。
僕の生まれるちょっと前に放映されていたっていうB級の特撮ヒーローになった気分に浸っていたのは……。
主題歌を歌っていた父さんには、ナイショだ。