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「じゃじゃーん」
背中のボタンを全て外し終えたマコトは、背中側にあった髪の束を前に持って行きつつ、不必要な効果音をつけて背中を露にした。幸い前掛けの紐は紋章にかかっておらず、その全貌を余すことなく確認することができる。肩甲骨の辺りから臀部ギリギリまで描かれた紋章は、緻密でなんとも言えない美しさがあった。
「光の魔法全部が使えるわけではないのですが、だいたいは網羅できました。その分、大きさと複雑さに課題があるのですがそこは追々…ちなみに、この刺青入れるの真面目に痛かったのでオススメできません。入れている最中は布が擦れるだけで地獄だし、治りかけのかさぶたは気持ち悪いし…やっぱり紋章は空中に描くのが一番いいです。ホタルみたいに光って美しいですしね」
マコトが何やら語り終えたにも関わらず、背後からは全く何の反応も返って来なかった。不思議に思いマコトが首だけで振り返るとそこには、顔を真っ赤にして口をパクパクしつつマコトの背中を凝視するアルフレドと同じく顔を真っ赤にしながら視線を横の方にそらしているアレンがいた。
やっぱり見苦しかっただろうか、とマコトが2人に謝ろうとしたときアルフレドが何かを呟いているのがきこえた。耳を澄ませると、どうやら女と言っているようだった。何を今さらとマコトはアルフレドに向かって、
「アル、お前私が男だと思ってたのか」
と、おかしそうに告げた。するとアルフレドが慌てたような怒ったような声で、
「だ、だ、だって先輩!!俺逹一緒に風呂入ったじゃないですか!!ついてたじゃないですか!!だいたい学院は男子校だったじゃないですか!!」
そんなアルフレドの必死の叫びにより、マコトは自身が失念していたある事を思い出した。そして、ごめんまた忘れてた、と告げるとマコトは淡々と説明しだした。
「アル、まずひとつ目だが学院は男子校じゃないぞ」
「えぇ?でも男しかいないですよ??」
「そう、男しかいない、つまり入学する女子がいないだけで男子校じゃないんだ。皆誤解してるけど、女子が入学しては行けないという決まりはない」
ですよねアレンさん、とマコトは確認をとってみた。宮廷魔術士長なら知っているだろうと考えたのだ。そしてその考えは当たっていた。
「え、えぇ。マコトさんなおっしゃるとおり男子でなければいけない、という決まりはありません。ただ、学院の入学に必要な魔力量を満たす女性が今まで存在しなかったので、男子校のようになっているのが現状です。実際、施設も女性用のものは無いですし」
そうアレンは説明すると、依然として露になっているマコトの背中に気づき服を戻すよう促した。恥ずかしがることも無く服を戻しながら、マコトは話を先に進めた。
「そういうわけで私は入学したのだが、学院は男の園だった。風呂も男用しかない。私は困った。先生に相談したら面倒なことになりそうだし。そのとき私に天啓がくだった。原点に還れ、と」
「原点…」
「そう、原・点・だっ!!」
服を着直したマコトはアルフレドの対面に立ち、視線を合わせながら力強く述べた。
「アル。そもそも、私たちは何だ?なぜ学院に入ろうと思った?」
「…魔法使い、魔術士になりたいからです…」
マコトの問いに答えたアルフレドは、しばらくしてはっとした表情を浮かべた。
「魔法使い、それが原点ですか?」
ごくっとアルフレドの喉がなる。ニヤリとした笑みを浮かべながらマコトは是と答えた。
「そうだ。それが原点だ。原点に立ち返ったところで、魔法使いが自分の性別を偽りたい場合の最も簡単な方法は?」
簡単、と幾度か呟いた後アルフレドは勢いよく答えた。
「まぼろし!」
「そう、まぼろしの術と書いて幻・術・だっ!!」
それで全ての問題は解決したんた、とマコトは告げた。するとアルフレドはなるほどと深く頷いた。
そんな2人のやり取りを聞きながらアレンは解決してないような、でもマコトがいいなら解決なのか?と呟きつつ、頭を悩ませていた。
よし上手く丸めこんだとマコトがほくそ笑んだ瞬間、ミックがボソリと3人にきこえるギリギリの大きさで呟いた。
「…変態」
「いやいやいや、やましい気持ちとか無いから!!諸々見たかったら、見せて(ハート)ってお願いするし!!」
「…それもどうかと思いますよ、先輩…」
マコトは必死に言い訳し、アルフレドは呆れ、アレンは苦笑いを浮かべている。ミックはというとやけに悪そう…楽しそうな笑顔を浮かべて茶々を入れることに余念が無い。
「でもお前、前に魔法騎士の肉体美がぁとか、美尻ランキングがぁとか言ってたじゃないか」
「み、ミック!!いや、それは、ほら、趣味というか、実益というか…あ、そうそう人形作りに活かすためのいわゆるアーティスト活動!!」
ミックとマコトのやり取りに、室内に残っていた騎士たちは生娘よろしく腕で身体を隠す動作を見せた。変態を前にした無意識の行動だろう。大変微妙な空気が流れるなか、場の収集に動いたのはアルフレドだった。己の変態疑惑を撤回しようと焦っているマコトの肩をぽんっと叩くと、
「先輩。これ以上の言い訳は見苦しいです。いいじゃないですか変態。男は皆変態です」
と、ウィンクしながら格好よく決めた。そんな後輩に目を向けながら、マコトは私は女です、と呟いたが綺麗に無視された。
こうして、マコトが変た…女という事実はこの場にいた人々の胸のうちにそっと仕舞われることとなった。