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「なんで逃げ出したりしたんだろう…」
ミハエルは小さくため息をついた。もしここにマコトがいたなら、幸せが逃げるぞと小さな背中をバシバシと叩いていただろう。
広場から駆け出したミハエルはいわゆる頭に血がのぼった状態で無我夢中で街中を走り、気がづいたときには商店街から少し離れたところにある川辺に立っていた。そこで我に返り崩れ落ちるように座りこみ、自分が逃げ出した理由について考えていた。
「ダニエルの言うことをききたくないからって、逃げても何にもならないのに…」
もしここにミックがいたなら、青春だなとひとりごちたに違いない。
「ともかくなんだか戻りづらいなぁ」
ミハエルは体育座りの姿勢になると、そのまま川面をながめはじめた。そのままいくらか時間が経ったころ、周囲が急に騒がしくなった。のそのそとミハエルが周囲を見渡すと、川上の方から子どもたちがかけてくるのが見えた。
「にいちゃん、ぼうしどんどん行っちゃうよ!」
「そのうちどっかで引っかかるよ!…たぶん」
「引っかからなくてずーっと流れていったらどこに行くのかな?」
「そんなの知らない!」
「ずっとずっと流れていくに決まってんじゃん!!」
ウジウジしているミハエルと正反対の子どもたち。まるでミハエルはそこに自分がいないかのような、非現実感に包まれながらじっと子どもたちを見つめた。
「あ、ぼうしが止まった!!」
その声に駆けていた子どもたちの足が止まる。帽子はミハエルたちがいる川岸に近い石にかろうじてひっかかっていた。
「チャーンス。あの石に引っ掛かっているうちにとっちゃおうぜ!!」
「おう。ちょっとまってろ!!」
子どもたちのなかで一番大きい男の子が川岸ギリギリから帽子に手をのばす。だが、どうみても届きそうになかった。子どもたちがあまりに一生懸命ぼうしを追いかけ、とろうとしているからだろうか。ミハエルは自分でも不思議なぐらい自然にその言葉を口にしていた。
「ねぇ。そのぼうし、僕がとってあげるよ」
その言葉から数刻後、川に落ち溺れるミハエルがいた。どこまでもベタな少年である。