勇者召喚
森の中は、思っていたよりも穏やかだった。
風が木々の葉を揺らす音。
どこかで小動物が草むらを走る音。
遠くで鳴く鳥の声。
そういった自然の音が、辺りに広がっている。
月明かりは木々が遮り、周囲は暗闇に包まれている。
俺は大きな木の根元に背を預けていた。
城からは、もうかなり離れている。
しばらく見つかることはないだろう。
俺は勇者として召喚されそして、逃げ出した。何も考えずに飛び出したわけではない。
召喚されてから、あの城で半年過ごした。
その間に、この世界の言葉、地理、魔法、、王国の内情、そして俺を取り巻く人間関係について必要な情報は集めたつもりだ。
そして必要な強さも、最低限は身につけたつもりだ。
俺は勇者だが今現在人類最強なわけではない。
それでも、少なくとも城の連中を出し抜ける実力は得たつもりだ。
注意すべき人物も、分かっている。
「……まあ、だからこそ逃げたんだけどな」
城の連中は俺が逃げる可能性を、一応考えていたのだろう。
あらかじめ追跡用の魔道具がネックレスに取り付けられていた。
GPS発信機のようなものだ。
最初は装飾品の一部にしか見えなかった。
それでも、どこか浮いたデザインな気がして鑑定すれば案の定発信機だった、
用意がいいことだ。
幸いにも、俺の固有能力が魔道具との相性が非常によかった。この程度の魔道具なら、取り外すことは容易だ。
問題は、その後だ。
発信機だと分かったはいいものの、捨てれば間違いなくばれるし、壊せば俺が魔道具を調べる方法を持っていることがバレる。
だから俺はマヌケな顔をして半年間肌身離さず着用した。
そしてその甲斐あって今回の逃亡に一役買っている。俺が逃げる直前に、発信機を町を出る早馬に取り付けた。今頃、追跡班は必死になって反対方向へ走っているはずだ。
「しばらくは大丈夫だろう。」
油断するつもりはないが、見つかる可能性は限りなく低いだろう。
作戦はうまく行ったが、これからどこへ向かうべきか、何をするべきか。課題は多い。
そもそも俺は、望んでこの世界に来たわけじゃない。
勝手に呼ばれた。
勝手に勇者にされた。
勝手に魔王討伐の使命を押し付けられた。
始まりからして、あまりにも一方的だった。
あの日。
俺がこの世界に召喚された、その瞬間から。
♢
微睡から覚める様に意識を取り戻す。
すると、目の前に見たこともない光景が広がっていた。ここにくる直前どこに居たのか全く思い出せない。自分が出雲優斗であること、日本人であることはわかる。それ以外が混乱して鮮明に思い出せない。
高い天井。
白い石造りの広間。
床には巨大な魔法陣のような紋様。
その周囲を囲むように、ローブ姿の人間や鎧を着た兵士たちが並んでいる。
正面には、一段高い場所があった。
そこに座っているのは、いかにも王様といった雰囲気の男。
頭には王冠。
隣には王妃らしき女性。
どう見ても、王座の間だった。
俺は状況を理解しようと、周囲を見渡した。
どう見ても現代日本ではない。
建物の質感も、人の服装も、床に刻まれた紋様も、明らかに日本のものではなかった。
異世界。
そんな言葉が、馬鹿みたいに自然に頭に浮かんだ。
とはいえ、そこで取り乱すほど俺は単純ではない。
自分がなぜここにいるのか全くわからない。
目の前の連中が何者なのか見当もつかない。
腰に携えた剣を向けられたらどうなるのか。
魔法使いみたいな格好の人もいる。仮に魔法を使われたら俺に抵抗できるのか。
そんなことも、今は判断できない。
こちらを歓迎しているように見える者もいれば、品定めするような目を向けている者もいる。
この場で相手を触発するのは、どう考えても得策ではない。
まずは平静を装う。
情報を集める。
そして、こいつらが何を望み、俺をどう扱うつもりなのかを見極める。
俺は戸惑いを隠し、できるだけ落ち着いているように振る舞った。
記憶が混乱していても自分は自分だ。今はそのスタンスを突き通す。
しかしまあ、コスプレ大会かよ。
そんなくだらない考えが一瞬だけ頭をよぎった、その直後だった。
『スキルのインストールを開始します』
頭の中に声が響いた。
耳から聞こえたのではない。
間違いなく、脳に直接出力されている。
周囲を見渡すが誰も微動だにしていない。おそらく俺の頭の中にだけ響いているのだろう。
これは現実だ。そう思った。
冗談でも、夢でも、撮影でも、コスプレ大会でもない。
『ウエポンマスター、インストール完了』
『鑑定、インストール完了』
『剣聖、インストール完了』
『魔導士、インストール完了』
次々と無機質な声が響く。
同時に、頭の奥から全身に向け、熱を持った何かが流れ込んでくる感覚があった。
剣の握り方。
武器の重心。
物を見抜く感覚。
魔力という存在への理解。
身体の使い方。
知識とも感覚ともつかないものが、強引に自分の中へ組み込まれていく。
まるで誰かの記憶を移植されている様だ。
初めての感覚だ。
しかし、嫌な感じはしない。
知らないはずの知識なのに、頭の奥では理解できる。
経験したことがないはずの動きなのに、身体の奥では知っている。
ウエポンマスター。
鑑定。
剣聖。
魔導士。
徐々にスキルが体に馴染んできた。
もし本当にこの世界で生きていく必要があるなら、悪くない。いや、かなり当たりの部類だろう。
「おい、大丈夫か...。」「一体何が...」
俺の異変は周囲にも伝播していた様だ。
完全にスキルが馴染むと、俺は背筋を正した。周囲のざわめきも少しずつ収まっていった。
落ち着きを取り戻した王らしき男が、ゆっくりと立ち上がる。
「ふむ。」
王は軽く咳払いし、こちらへ歩き始めた。
周囲の者たちは、当然のように道を開けた。
「異界より召喚されし勇者よ。よくぞ、我らの求めに応じてくれた」
応じた覚えはない。
反射的にそう思った。
だが、口には出さない。
ここで正面から反論しても意味がない。
相手が何を考えているのか、まだ分からない。
俺は王の表情を観察した。
優しそうな笑顔を浮かべている。
だが、その笑みは俺の目には不気味に映った。
王は続けて語り始めた。
魔王の復活。
魔族の脅威。
王国が背負う使命。
人類の希望として召喚された勇者の存在。
正義の名の下に悪を滅ぼすのだ。
そのために勇者は召喚されたのだと。
王が俺の前に到着し、話が締めくくられると盛大な拍手が巻き起こった。
「全くその通りだ!」「王国に栄光あれ」...。
ヤジも大はしゃぎだ。
それでも俺には、ずいぶん勝手な話だと思えた。
「勇者殿にはこの国で力を磨き、いずれ魔王を倒していただきたい。」
王は当然のようにそう言った。
「古き伝承にもある。異界より来たりし勇者こそが、魔王を討ち、人の世に安寧をもたらす存在であると。」
周囲の者たちが、感動したように頷いている。
中には、祈るように両手を組んでいる者までいた。
俺はその光景を見ながら、内心で冷めた目をしていた。
なぜ俺がここにいるのか。
元の世界に帰れるのか。
戦わなくてはいけないのか。
聞きたいことは山ほどある。
俺が口を挟める様な雰囲気でもない。
魔王を討て。
魔族を滅ぼせ。
戦争に勝たねばならない。
俺は戦争の道具なのだろう。
どうやらこいつらにとって、俺が協力するのは決まりきっていることのようだ。
召喚された以上、勇者。
勇者である以上、魔王を討つ。
魔王を討つために、この国に仕える。
それが当然だと、心から思っている。
随分と都合のいい奴らだ。
俺が内心でそう評価していると、王は俺の顔を見て何を思ったのか、満足そうに頷いた。
「まずは勇者殿の御力を確認させていただきたい」
王がそう言うと
「失礼致します。」
そう言って魔術師のような服を着た老人が前に出てきた。
手には煌めく水晶玉のようなものを持っている。
「勇者様こちらにお手を」
水晶を押し付けられるように差し出される。
俺は一瞬だけ迷った。
流石に拒否すれば今後に関わってくる。
ここで反抗的な態度を取れば、余計な警戒を招く。
なら、今は従う他ない。
俺は水晶に手を置いた。
刹那、鋭い光が広がる。
周囲は何事かとざわめき、魔術師の老人は目を見開いた。
「こ、これは……!」
周囲の目が全てこちらに向いている。
「剣聖……! さらに、魔導士……!」
その言葉が響いた瞬間、広間が大きくどよめいた。
「剣聖様だと……!」
「魔導士まで……!」
「二つの上位適性を同時に……!」
「さすが勇者様だ……!」
あちこちから驚きの声が上がる。
俺はそれを聞きながら、驚いた。
スキルは2つしか水晶に写っていない。
ウエポンマスターと鑑定。これらのスキルはどうやら写らない様だ
さっき頭に響いた声では、確かに四つのスキルをインストールしたと言っていた。
正直に言うべきか。
一瞬だけ、そう考えた。
だが、すぐにやめた。
剣聖と魔導士だけで、これだけ大騒ぎだったのだ。おそらく隠しておいた方が今後のためだ。
それに、こいつらは俺に対して友好的なのかすら怪しい。俺の意思も事情も確認せず、勇者だから魔王を討てという連中だ。そんな相手に、わざわざ手札を全部見せる必要はない。
むしろ、隠しておくべきだ。
俺は黙ることにした。
「素晴らしい……!」
王は満足そうに頷いた。
「まさに神が遣わした勇者である」
神が遣わした、ね。
神にあった覚えはないのだが...さっき頭で鳴った声が神と言うならそうなのかもしれない。
勝手に呼び出しておいて、よく言う。
だが、顔には出さない。
俺はそれっぽく顔を作り頭を下げた。
王の目が、わずかに細められる。
そこに純粋な好意は感じられなかった。
王がおもむろに袋から何かを取り出す。
「勇者殿。これは、我が王家に代々伝わる勇者の首飾りである。伝承では一切の精神攻撃から守ってくださるそうだ。どうか受け取ってほしい」
差し出されたのは、銀色のネックレスだった。
中央には青い宝石がはめ込まれている。
見た目だけなら、美しい装飾品だ。
なぜネックレスなのか、こう言う話のテンプレートは剣とか鎧ではないのだろうか。俺はその時点で、かなり怪しいと思った。
そして、俺には鑑定スキルがある。
王がそれを俺の首へ掛けようとした瞬間、意識を集中させた。
――思考誘導のネックレス:伝説級。
視界の奥に、その情報が浮かび上がる。
思考誘導。
その文字を見た瞬間、背筋が冷えた。
勇者の首飾り?精神攻撃から守る?
大嘘ではないか。逆も逆なんだか笑えてくる。
導考えても俺を操るための道具だ。取り付けられたらまずい。だが、この場で断るのもまずい。王が直々に授けると言っている。周囲の兵士も、貴族も、魔術師も、全員がこちらを見ている。
ここで拒絶すれば、何をされるかわからない。下手をすれば、その場で拘束されるかもしれない。
なら、受けるしかない。
自分の無力さに嫌気がさす。しかし、俺には鑑定がある。効果を知っていれば、何かしら抗える可能性はある。
それに、さっきインストールされたウエポンマスターというスキル。名前からして、武器や道具に関係する能力のはずだ。希望的観測ではあるが、抵抗できる可能性はある。
俺は顔色を変えないようにして、王から首飾りを受け取った。
「ありがたく、頂戴します」
王は満足そうに笑った
こいつらを信用してはまずい。はっきりとそう思った。
華麗な女性が出てきて、首飾りが俺の首に掛けられる。
冷たい金属の感触が肌に触れた。次の瞬間、首飾りから何かが流れ込んでくるような感覚があった。意識の奥を撫でられるような、気持ちの悪い干渉。
ウエポンマスターが反応した。
首飾りの構造。
魔力の流れ。
干渉の経路。
どこを止めれば効果が弱まるのか。
それらが、感覚として理解できる。
俺は表情を変えないまま、その流れの一部を断った。
首元の違和感が消えた。無効化できたのだ。
そう分かった瞬間、内心で深く息を吐いた。このスキルがなかったら、詰んでいたかもしれない。
王はいまだに満足そうにこちらを見ていた。
きっと、これで俺が従順になると思っているのだろう。
残念だったな。
俺は、そんなに素直じゃない。
その後、王は王妃を紹介した。
次に、娘。
それから息子。
王妃は穏やかそうに微笑んでいた。
王女は興味深そうにこちらを見ていた。
王子は、どこか値踏みするような目をしていた。
名前も言われたが、正直あまり覚えていない。
周囲にいる奴らを一通り紹介された。一度で覚えられるほど器用ではない。
最後に、いかにも偉そうな男が前に出てきた。
多分、軍の上層部か、宰相か、そのあたりだろう。名前はハロルドというそうだ。
「勇者殿には、今後この城にて魔族に対抗するための力を身につけていただく。そのつもりでいるように。」
言い方が気に入らなかった。はい以外の選択肢がない。俺の意思は、やはりどこにもない。こいつらにとって、勇者とはそういう存在なのだろう。
そして王座の間での話はお開きになった。
「勇者殿も突然の召喚でお疲れだろう。本日は部屋を用意してある。ゆっくり休むがよい」
王はそう言った。
ゆっくり休む、ね。
思考誘導の首飾りをつけておいて、よく言う。
兵士に案内され、俺は個室へ通された。
部屋は広かった。
大きなベッド。
机と椅子。
ソファ。
棚。
奥にはシャワーらしき設備まである。
待遇だけ見れば、かなり良い。
だが、首に掛かっているネックレスの存在が、全てを台無しにしていた。
扉が閉まる。
足音が遠ざかる。
俺はしばらく待ってから、ゆっくり息を吐いた。
「……さて」
まずは状況確認だ。
俺は自分自身に意識を向け、鑑定を発動させた。
出雲 優斗
勇者
スキル
――ウエポンマスター
――鑑定
――剣聖
――魔導士
「……やっぱり四つあるな」
水晶で読み上げられたのは、剣聖と魔導士だけだった。
だが、俺自身を鑑定すれば、はっきりと四つ表示されている。
ウエポンマスター。
鑑定。
剣聖。
魔導士。
この二つが隠れているのは偶然なのか。
それとも、勇者側のスキルとして表に出にくいものなのか。
理由は分からない。だが、少なくとも今の俺にとっては都合がいい。城の連中が知らない手札がある。それだけで、状況はかなり違う。
次は、この首飾りだ。
俺は首元に手を当て、ウエポンマスターを意識した。さっきよりより強く意識する。すると、先ほどと同じようにネックレスの構造が感覚として伝わってくる。
金属の材質。宝石に込められた魔力。刻まれた術式りそして、思考誘導のための経路。
本当に、なにが精神攻撃から守ってくれるだ。バカにするのも大概にしてほしい物だ。
思考誘導のネックレス:伝説級。
――二対で一組となるアーティファクト。片方が指示、片方が誘導を担う。指示側の所有者が魔力を込めて念じることで、誘導側の対象に思考干渉を行う。
「なるほどな」
つまり、これと同じようなネックレスをつけている奴がいる。
そいつが、俺を洗脳する役目ということだ。
さらに調べてみると、興味深いことが分かった。
このネックレスは、指示役と誘導役を入れ替えられるらしい。ウエポンマスター、疲れるが超優秀なスキルだ。
「……試しにやってみるか」
俺は自分についているネックレスを指示側に切り替えた。
そして、もう片方を誘導側へ切り替える。
成功した感覚があった。パスが入れ替わる感覚が伝わってきた。
誰がもう片方を持っているのかは分からない。
王か。
王妃か。
あの偉そうな男か。
魔術師か。
それとも、表には出ていない誰かか。
まあ、ろくな奴ではないだろう。
俺はネックレスに魔力を込めた。
そして、嫌がらせ半分で念じる。
「勇者のために全てを尽くしたくなる」
宝石が淡く光った。
……。
「男だったら最悪だな」
自分でやっておいて、微妙な気分になった。
とはいえ、これで少なくとも相手の思惑通りにはならない。
ただ、安心するにはまだ早い。
向こうからすれば、勇者の首飾りをつけた時点で、俺は従順になるはずだった。それなのに、思ったように動かなければ違和感を持たれる。
早めにもう片方のネックレスを持っている指示役を突き止める必要がある。そして、できることならこちら側に引き入れたい。
放置すれば、いつか必ず怪しまれる。
ざまあみろ、で終わらせられるほど単純な状況ではなかった。
その後、俺は部屋の中でスキルをいろいろ試した。
まず剣聖。これは、剣がないと本格的には使えないっぽい。構え方や身体の使い方の感覚はある。剣を持った時の重心や振り方も、なんとなく理解できる。だが、実際に剣を持たなければ、どこまでのものか分からない。
次に魔導士。こっちは、うんともすんとも言わない。魔力らしきものは感じる。だが、どうやって使うのかが分からない。呪文でも唱えればいいのか。それとも、感覚で操作するのか。今の段階では、ほとんど使い物にならなかった。
鑑定は分かりやすい。
机。
椅子。
ベッド。
棚。
壁。
置いてある食器。
部屋に備え付けられた魔道具。
意識すれば、ある程度の情報が見える。
そして、ウエポンマスター。これがかなり使える。部屋に置いてあるものを一通り触ってみると、道具の構造や扱い方が感覚として分かった。
鍵の仕組み。
呼び鈴の魔道具。
窓の留め具。
照明に使われている魔石。
シャワー設備の魔力回路。
武器に限らず、道具全般に干渉できるらしい。できることが多そうだ。ただし、万能ではない。使えば使うほど、頭と体がじわじわ疲れてくる。集中力もかなり必要だ。部屋中のものを触りまくった頃には、かなり疲労感があった。
「便利だけど、燃費は悪いな」
そう呟いた時、扉が控えめにノックされた。
「勇者様、失礼致します……」
入ってきたのは、若いメイドだった。
緊張しているのか、声が少し小さい。
「本日は、こちらのお部屋でお休みください。奥に湯浴みの設備がございます。こちらが寝間着になります」
差し出されたのは、柔らかそうなパジャマだった。
「ありがとうございます」
俺が受け取ると、メイドは丁寧に頭を下げた。
「明朝、お迎えに上がります。何かございましたら、そちらの呼び鈴をお使いくださいませ」
「分かりました」
「それでは、失礼致します」
メイドは静かに部屋を出ていった。
王座の間は、性根の腐ってそうな奴ばっかりだった。
けれど、さすがにメイドさんは普通っぽかったな。もちろん、完全に信用するつもりはない。だが、少なくともさっきの王座の間にいた連中のような気持ち悪さはなかった。
俺はシャワーを浴び、渡されたパジャマに着替えた。
この世界に来ていきなり王座の間に立たされ、勇者扱いされ、怪しい首飾りをつけられた。
普通なら、眠れるわけがない。
だが、部屋の中のものをウエポンマスターで触りまくったせいか、体はかなり疲れていた。
「まあ、しゃあないか」
俺はベッドに横になる。
明日は、とりあえずもう片方のネックレスをつけている奴を探そう。
そう考えながら、目を閉じた。
♢
翌朝。
「勇者様。お目覚めでしょうか」
扉の向こうから声がした。
「はい! 起きてます!」
反射的に返事をする。
起きてはいた。
正確には、浅い眠りを何度も繰り返していただけだ。
扉が開き、昨日とは別のメイドが入ってくる。
「おはようございます、勇者様。本日のお召し物をお持ちいたしました」
渡されたのは、運動着のような服だった。
動きやすそうではある。だが、どう見ても訓練用だ。
嫌な予感しかしない。
着替えを済ませると、俺はメイドに案内されて部屋を出た。廊下は広く、窓から朝の光が差し込んでいる。白い壁も、磨かれた床も、やたらと立派だ。だが、俺は城の豪華さに感心している余裕などなかった。
石畳の広い空間。
壁際に並ぶ木剣や槍。
的のような魔道具。
訓練中の兵士たち。
そして、こちらを待っていたらしい騎士たち。
案の定、案内されたのは、いかにも訓練場といった場所だった。ここで、俺の力を測るつもりなのだろう。
剣聖としての力。
魔導士としての力。
勇者としての力。
向こうは、それを知りたいはずだ。
「ここで、何をすればいいんですか?」
騎士は、いかにも爽やかな笑みを浮かべた。
「勇者様の御力を、少しだけ確認させていただきます」
俺は内心で苦笑する。当面は言われるがまま動くしかない。
諦めて訓練に参加した。




