プロローグ:女神との契約
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目の前に、光が満ちていた。
俺は、そこに立っていた。
いや、立っているという感覚すらおぼつかない。
浮いているのか、座っているのか、それすらも分からない。
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そして、目の前には――女神がいた。
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美しい、という言葉では足りない。
神々しい、という表現が相応しい。
白い衣をまとい、金色の髪を持つ、完璧な存在。
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「ようこそ、シオン」
女神が、微笑んだ。
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「俺は……死んだのか?」
自分の声が、やけに遠くに聞こえる。
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「ええ。交通事故でした。即死でしたよ」
女神は、あっけらかんと言った。
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記憶が、蘇る。
会社帰り、横断歩道を渡っていた。
突然のクラクション。
そして――暗闇。
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「そうか……」
死んだのか、俺は。
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「でも、ご安心を。あなたには、新しい人生を用意しました」
女神が、嬉しそうに言った。
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「転生、ってやつか?」
「その通りです。異世界に、転生していただきます」
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異世界転生。
小説やアニメで、よく見るやつだ。
まさか、自分がそうなるとは。
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「チート能力とか、もらえるのか?」
期待を込めて、聞いた。
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だが、女神は首を横に振った。
「残念ですが、ありません」
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「……は?」
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「あなたには、『時間』を与えます。それだけです」
女神は、真面目な顔で言った。
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「時間、だと?」
「ええ。五十年間、無人島で修行していただきます」
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無人島。
修行。
五十年。
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「……は?」
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「転生先は、無人島です。そこで五十年間、文明圏との接触を禁じます」
女神は、淡々と説明した。
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「ちょっと待て。それって、要するに……」
「孤独です。五十年間、誰とも会えません」
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冗談だろ、と思った。
だが、女神の顔は、真剣だった。
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「なんで、そんなことを……」
「あなたは、『強さ』を求めていましたね」
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女神の言葉に、ハッとした。
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確かに、そうだった。
前世の俺は、弱かった。
何もできなかった。
ただ、流されるだけの人生。
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「強くなりたい」
それだけが、願いだった。
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「ならば、時間をあげます。五十年あれば、あなたは強くなれます」
女神は、微笑んだ。
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「だが、無人島って……」
「装備はありません。武器も、道具も、何も持たせません」
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「魔法は?」
「使えます。ただし、初期魔力は最低ランクです」
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「……最低?」
「ええ。才能も、ありません。ただの、平凡な魔力適性です」
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何もない。
チートもない。
才能もない。
装備もない。
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「一つだけ、恩恵を与えます」
女神が、指を一本立てた。
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「長命種として、転生させます。老化速度は、十分の一です」
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「それが……恩恵?」
「五十年経っても、見た目はほとんど変わりません。便利でしょう?」
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便利、なのか?
よく分からない。
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「他には?」
「ありません。それが、全てです」
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女神は、にこやかに微笑んでいる。
だが、その目は、真剣だった。
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「……やるしかない、ってことか」
「その通りです。さあ、行きましょう」
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女神が、手を差し伸べた。
俺は、その手を取った。
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光が、満ちる。
体が、浮く。
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「頑張ってくださいね、シオン」
女神の声が、遠くなる。
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そして――。
暗闇。
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気がつくと、俺は砂浜に倒れていた。
青い空。
白い雲。
そして、何もない海と森。
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「……マジか」
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無人島生活が、始まった。




