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1話・祖母のぬくもり

行きかう人の群れ。飛び交うシャッター音。微かに芳る花とアルコール。


カメラの向きを気にしつつ、それでいて少し強引に人をかき分け、出口を目指した。


「彩人くん~! おめでとう~!」


聞き馴染みのある声が胸に響く。

中学二年生まで住んでいた団地のお隣に住んでいた静江さんの姿が見えた。


背広姿を見られていることの照れ臭さを隠すように、ゆっくり大きく歩いて静江さんの元に向かった。


「静江さん、ご無沙汰しております」


「いつも言うてるけど敬語使わんでいいんよ~。まぁでもほんま嬉しいわ! スーツ似合ってんで!」


「あ、ありがとうございます」


「あ! 彩香さんさっき市長に話しかけられてはったんよ! 呼んでくるな!」


(やっぱり静江さんと話してると喋る隙が無いな……静香ちゃん来てないか聞きたかったのに……ていうかおばあちゃん、市長と何話すんだ……)


五分ほど待っていると、軽く肩を叩かれた。

静江さんと、大きな花束を突き出したおばあちゃんが後ろに立っていた。


「今まで寂しい思いさせてごめんね。成人おめでとう」


母は亡くなり、父は後を追うように消息を絶った。

施設に預けたことを後ろめたく思っていたのかな。

思わず目がじわっと熱くなった。


「謝らんといて……ありがとう……」


花束の包装がグシャっと音を立てる。

おばあちゃんの背中は昔みたいに温かった。


 


「おめでとーう! 今度は買いに来てなー! なごみ団地のすぐ横やからな!」


【献酒】と書かれた紙が貼られた茶褐色の瓶が、ずらりと並んでいる。


配っている人の手に見覚えがあった。

目線を上げた瞬間、目が合う。


酒屋を営んでいる四〇一号室の山口さんが、出口の手前で酒を配っていた。


「彩人君! おめでとう! これ持ってきな!」


後ろの段ボールから徐に酒を取り出し、渡してくれた。

ラベルには【なごみ団地献酒】と書かれていた。団地にちなんだ酒らしい。


団地以外の人に配った方がいいのではと思いつつも、特別感が嬉しかった。


「せっかくやし、うちで飲んでったら? 帰りも送ったるから!」


 


静江さんの提案で団地に向かうと、みんなが待っていて、静江さんの部屋で寿司をご馳走になり、酒も少し飲んだ。

大人の味がした。


帰りは送ると言っていた静江さんは、べろべろで帰してくれなさそうな雰囲気だったが、春休みにまた顔を出すことを約束し、電車で帰ることにした。


駅を出ると、外はすっかり暗くなっていた。


 


マンションに着いて鍵を開けようとした途端、電話が鳴る。

同じ学科の中田淳からだ。


希薄な奴で、口を開けば遊びのことしか話さない。

正直ノリが合わないタイプだ。


嫌な予感を押し殺して電話に出た。


「もしもしぃ~あやと~」


「飲みすぎだろ……てか彩人呼びやめろ。明日俺たちのグループレポート発表だぞ、大丈夫か」


「おいおい今日ぐらい学校のこと忘れようぜ~真面目かよ~。てか今からお前も来いよ! 酒の飲み方を教えてやる!」


「行かんわ! 絶対寝坊すんなよ」


 


スーツにカバーを掛け、クローゼットにしまった。


シャワーを浴び、寝る支度をそそくさと済ませ、ベッドに入った。

二〇二六年二月七日 須藤 彩香 逝去


葬儀は四〇二号室の田中さんが葬儀屋と住職の手配をしてくれた。お墓は生前に用意していたらしい。


泣く声は途切れなかった。父は来なかった。

遺体を焼くときは、小さい頃にあげたお箸、いつも使っていたコースター、木製の皿を一緒に入れた。

納骨が終わり、会食は式場で行った。


団地の賃貸借契約は僕にあるらしい。

春休みを利用して、遺品整理をし、部屋にお別れを告げることにした。


団地に向かい、片付けをしていると静江さんが訪ねてきた。


朝から飲まず食わずの僕を心配してくれていたらしい。

思い出したかのように喉が渇き、冷蔵庫を開けた。


 


控えめな花柄のあしらわれた土鍋が目に留まった。


「おでんだ」


上の棚を見ると、袋に入った片栗粉をまぶした鶏肉、かまぼこ、分厚い紙に包まれた牛肉、うどん、プリンが置かれていた。

ドアの内側には開いていないジュースが二本、野菜ジュースが一本入っている。

卵入れの手前に生卵が五個、奥にゆで卵が五個あった。


「もう卵で怪我なんかしないよ……」


僕は膝から崩れ落ちた。冷たいはずの漆塗りの床が冷たかった。




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