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異世界における神様の奮闘記  作者: 初音の歌


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第2話・天界での集まり


 地上より遥か彼方、位相の違う空域にある天界。

 そこは光の領域。神々が住まう、秩序・調和・理想を司る世界。地上にとっては「守護」と「信仰」の源泉。


 天界は大地ではなく、流動する光の層が地を形作る。そこに浮遊都市や神殿が建ち、精霊や天使たちが暮らしている。


 世界樹エリュシオンの枝の上には、風がほどよく通る浮遊庭園が存在し、五柱の女神がその庭園より地上を見守っていた。






 光り輝く女神が、天の回廊を歩いている。

 魔法国での一件を片付けて、自らの住まいに戻って来た女神が、燦然たる様子で道を進む。

 超常存在に相応しい威厳と覇気を身に纏い、先程までの疲弊と焦りは微塵も見せない。

 

 遠くから聴こえる、天使や精霊たちの語りを耳に留めながら、アストラヴェルは浮遊庭園の扉を開いた。

 開かれた扉の先にあるのは、純白の円卓。そこには既に、他の女神一柱。

 落ち着いた外見の美女。肌は陶器のような温かさと土色を帯び、髪は深い栗色で肩に流している。体格は安定感ある豊かな線で、頭には収穫の穂や根を象った冠を載せる。衣は厚手の織物で、腰に古い家紋の帯を締め、地面を確かめるような脚が、椅子に座っている状態からでも見て取れる。

 穏やかで揺るがぬ視線が、アストラヴェルに対して向けられる。地に根を張るような風貌の彼女の名はアルドナ。「大地の女神アルドナ」である。


「早いな。仕事は終えたかアストラヴェル」

「そちら程ではない、アルドナよ。地上は安泰か? 帝国の大陸で、大規模な地震の予兆を感じたが」

「神託は下した。後の対処は人間達次第。帝国は長い時を乗り越えて来た。問題は無いだろう」


 端的に事実だけを告げる言。焦りも不安もない、安定したアルドナの口調。

 聞いたアストラヴェルは「そうか」と一言返し、自身も円卓の席に座る。同時に吐く、一息。アストラヴェルの方は安定とは少し違う。厄介な荷物を抱えて、それをどうにか処理した時の――疲れた溜息。


「そちらは難事だったようだな」

「ああ――およそ二百年振りの『異世界召喚』だ。まったく。別次元から生命を呼び込むなど、好奇心が過ぎる」

「魔法国か。あそこは変わらぬ。世代が変わる度に、断崖の先へ飛び出す。悪意が無いのも始末に悪い」

「全くだ。おかげで『神法』の効力が薄い。悪意の元による行使なら、今の我々でも直接処罰を下せるが……純粋な好奇心でやられてはな。警告はしたし、召喚そのものは防いだ。だがきっと、また何時の日か同じ事が起きるのだろう。魔法国あそこは探求の国であるが故」


 過去の事例を思い出しながら、アストラヴェルは頬杖をつく。

 人間が扱える魔法「六大属性魔法」ではない、神々や竜が振るう「根源の奇跡」。女神の扱う『神法』……『天界神法』。自然法則を超越した因果の改変。行き過ぎた欲望や悪意で世界を歪ませる事象を、その因果から変えることすら可能な奇跡。

 しかし、裏を返せば悪意も邪気も無い場合、基本的に神々は『神法』で手出しが出来ない。歯痒い気持ちを前面に出すアストラヴェル。

 アルドナも、そんなアストラヴェルの気持ちに同意している。揺るがぬ表情に、僅かな不快感を滲ませて口を開いた。


「異界存在の混入。法の問題だけではない。異なる世界には、異なる病がある。引き込む事は許されぬ」

「同意だ。ただでさえ拉致誘拐だというのに、異郷の菌まで持ってこられては敵わぬ……聞くところによれば、神自ら異世界の因子を招き入れる世界もあるとか。正直信じられん。そんな恐ろしい事、よく出来るものだ」

「異界には異界の法がある。我等は我等の法と秩序で歩めば良い。根を生やせ。揺らぐな」

「解っているさ」


 揺るがぬアルドナの言の葉に、苦笑しながら頷くアストラヴェル。大地の根の言うように、自分達の世界は自分達の歩みで進むだけだ。

 そこに――また、新たな女神が浮遊庭園に姿を現す。

 小さくも響く一滴の雫。水の流転と共に現れたのは、細身で柔らかな線の体躯。清冽な蒼黒の長髪を腰に流し、肌は淡い真珠のような光沢。腕には貝殻や淡水の真珠を織り込んだ装飾があり、衣は薄く流れる藍色の布。深い海の碧を向けながら、歩くたびに微かな水音を鳴らす美女――「水の女神ナイアディス」。


「アルドナ、アストラヴェル……風と炎はまだなのね。竜の調停はいつの時代も大変」

「ご苦労。記憶の洗い流しは終わったかナイアディス」

「ええ。『異世界からの転生』。久しぶりだったけど、今回の魂は綺麗な子で助かったわ。こちらの頼みも快く聴いてくれて。申し訳なく思ったくらいよ」

「不運な魂。異界の法、『輪廻』より外れた迷い子。せめてこの地では平穏を」

「当然よアルドナ。港町の家族仲の良い商家に『転生』させたわ……元の世界の記憶は、全て「流して」しまったもの。せめてそれくらいは配慮しないと」


 一仕事終えた水の女神ナイアディスが、円卓の席へ着く。

 女神達が管理するこの世界にも、稀に異世界の魂が迷い込む事がある。女神の管理外からの来客だ。異なる記憶を持った存在の来訪。

 一種の事故の為、『異世界召喚』のように阻止する事は出来ない。気が付いた時には魂が世界を訪れる。女神達に出来るのは、未来への不意の干渉を防ぐために「魂の記憶」を消す事だけ。何せ、訪れる魂は善悪を問わない。罪人の魂が紛れる事もある。それも、所謂凶悪犯レベルのものが。

 無論、世界の秩序を司る女神達が、そんな魂の定着を見過ごす筈もなく……赤子として転生する前に、その記憶を「洗い流す」。善も悪もリセットし、無垢な魂に戻す。

 それでやっと異世界の魂は、この世界に順応し、一つの命として再誕する。

 頻度は多くない。けれど神話の頃より何度か発生する事故のひとつ。ナイアディスは自らの権能により、魂の洗浄を担う事があった。


「罪人の魂なら記憶を消しても良心は痛まないのだけどね。今回の子は、澄んだ心の持ち主だった。酸いも甘いも乗り越えた立派な人柄。元の世界でも、一廉の人物だったみたい。生きた証でもある記憶を流すのは、心が痛むわ」

「止むを得ん。異なる法の記憶は、世界に歪みをもたらす。我々の管理が及ばぬ知識や技術が生まれる可能性が出てくる」

「剪定は要る。乱立する枝葉は、成長を妨げる。我等の視野の及ばぬ育ちが成されれば、見守る事すら叶わぬ」


 苦悩しつつも理を説くアストラヴェルと、無機質に聴こえるアルドナの言葉。だがそれは真実。異世界の知識は、猛毒でもあり劇薬でもある。例えるなら、平野に宮殿を突然建てるようなものだ。周囲への影響は善悪どちらに転ぶか解らない。正にもなれば否にもなる。

 故に、その可能性を断つ。不要な争いを発生させぬ為に。


「――でも、『魂そのもの』に刻まれた情熱は、水の忘却でも消せないよねぇ」


 浮遊庭園に、風が吹く。

 自由奔放な若々しさの歌。風に靡く銀白の髪を肩より上で軽く切り揃え、軽やかな布を身体に纏っている。軽快な歩みで円卓に近寄るのは、細身で俊敏さを感じさせる体躯。淡い薄緑の瞳を、巡る息のように輝かせて。瞬きの度に風を舞わせる美女――「風の女神ヴェントゥラ」。


「地上の竜の諍いは宥めてきたよー。で、これはお土産ね。王国産のおにぎり沢山持ってきたから、食べなー!」


 にこやかな笑顔と共に、円卓に置かれる白米のおにぎり。どれもこれも地上の王国産の米。

 白星米しろぼし。王都近郊の標準種。粒揃い、冷めても甘い。

 潮香米しおか。港町の潮汐田。微かな塩味と旨味で魚介料理に合う。

 深根米みおね。段々田向け。根張り強く倒伏しにくい。

 雨燕米あまつばめ。早生・風害に強い。嵐の多い年に作付けが跳ね上がる。

 中に入っている具も多種多様なようで。女神の眼には解る。焼き魚のほぐし身や、豚肉の甘辛煮。菜の醤油漬け等々……米一つに対する情熱が見て取れる。

 アストラヴェルは白星米のおにぎりを手に取って一口。魚の塩気も相まって、とても美味しかった。


「……たしか『地球』なる異世界の星で生きた転生者が造ったのだったな……記憶は確かに消えていた。生前の知識など欠片も残っていなかった。それなのに『魂の残滓』だけで、これだけ米を改良してしまうのか」

「すっごいよねぇ。『地球』の人達って、皆こうなのかぁ? 米一つに対する情熱が凄かったもの」


 アストラヴェルは呆れながら、ヴェントゥラは笑いながら、過去に転生した一人の魂について思いを馳せる。

 百年以上前の話で、転生した本人は既に寿命で永眠した。だが、その転生者が造り上げた米は、地上の王国でその名を轟かせている。王国だけでなく、帝国や魔法国でも大人気のようだ。他国の穀物とは旨味が違う、旨味が。

 ナイアディスは潮香米のおにぎりを一口。こちらも美味しい。微かな塩気が、水の女神の口に合う。


「たしか島国出身の魂だったわ。余程、元の世界『地球』では慣れ親しんだ主食だったのでしょう。記憶を消しても残る想い。ここまでされたら天晴れとしか言えないわね」

「強固な根が残っていたのだろう。食への情熱、見事」


 アルドナも深根米のおにぎりを食しながら、異世界の魂の「勝利」を認める。米の粘りが豚肉の甘辛と実に合う。

 このように、異世界の知識が、この世界に影響を与える事がある。この米は平和利用されて世界の食生活に潤いを与えてくれたが……全てがそんな結果になるとは限らない。だからこそ女神達は、世界を見守り、秩序を管理する。


 そこに――最後の秩序。炎の番人が、熱気と共に現れた。


 艶のある燃えるような赤髪を腰まで下ろし、髪の一部を小さな金の爪で止めている。肌は日焼けした琥珀色、筋肉は引き締まりつつ女性らしい曲線を残す。鎧風の短い赤革コルセットに鍛冶用の前掛けを合わせ、小型の炉具を携える。目は金色に輝き、視線に熱が宿る。

 燃えるような美貌。最後の一柱。「炎の女神イグナリア」。


「だー……つっかれたぁ。あの暗黒竜の馬鹿が。手ぇ焼かせやがって」


 愚痴を吐きつつ、どかりと音を立てて、円卓の席に着くイグナリア。

 声の荒さ、漂う炎の残滓、苛立った顔。その全てが、先程まで「戦い」をしてきたことを悟らせる。


「魔界の境界までご苦労だったイグナリア。暗黒竜の『小僧』は大人しくなったか?」

「大人しく「させた」んだよ! あのクソガキ、生意気にも挑んできやがって。年季の違いを分からせてやったよ!」


 アストラヴェルの問いに、鼻で笑いながら答えるイグナリア。

 この世界には神々の法の外に、強大な竜種がいる。地上で活動する竜の殆どは意思疎通も困難な、魔物化した竜種だが……天界や魔界には、神話の時代から生きる古代種も居る。知能や知性の高い、純正竜。中には神々に戦いを挑む存在も。

 ヴェントゥラはおにぎり頬張りながら、呑気な口調で問う。今のイグナリアの様子に、気付いた事があった。


「で、その様子だと……勝ったけど逃がした? あるいは反撃食らった?」

「…………けっ! 次挑んできたら完封してやるよっ!!」

「あ、これ両方だ」


 むっつり顔のイグナリアを見て、ケラケラ笑うヴェントゥラ。

 どうやら暴れる竜を諫めることには成功したが、反撃を一発許してしまったようだ。外見に負傷は無いが、どちらかと言えば矜持の問題。

 年下の小僧に一発食らったことが、そもそも許しがたい。炎の女神は、ぐつぐつ煮えている。

 とは言え、仕事を終わらせて来た以上、この話はこれで終わりだ。暗黒竜は魔界の奥に帰ったようだし、またしばらく平穏は続くだろう。

 アストラヴェルが、暗黒竜が帰った先の『魔界』を思う


「しかし魔界か……どうにかしたいと思うが、どうにも出来ぬ。地上の人間達には迷惑をかけてしまうな」


 魔界。そこは深淵の闇に覆われた領域。魔族や悪しき精霊たちの根源。混沌と破壊の象徴。

 五柱の女神達との対立存在。アストラヴェルの「永遠の宿敵」。闇の男神――「暗黒神ヴェスペリオン」が座する世界。


 そこに攻め込む事は女神達には「出来ない」。そして暗黒神も天界に攻め込む事は「出来ない」。戦闘行動は境界が精々だ。

 それは誓約。遥か昔。神話の時代に交わされた約定が、神々の直接的な介入を許さない。

 地上へ、人間達へ、直接神が手を出す事は、もう出来ない。出来なくなったのだ。


 神話の頃より続くこの世界が、未だに「問題だらけ」なのは、この誓約も関係している。


 異世界からの流入も、異世界と繋げる召喚術式も、時折暴れる竜も、元を辿れば原因は解ってしまう。

 その原因を、誰よりも熟知しているからこそ五柱の女神達は、天界で世界を見守り続けている。


 その理由は、神々が責任を持って世界を見守り続ける理由は。








「……やっぱり、昔、やらかし過ぎたな、私達……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」







 遠い目の虚空を見つめるアストラヴェルの呟き。

 残る四女神は全員、沈黙。全員そっぽ向いて、気まずそうに汗を垂らしている。



 全ての原因は、かつての「やらかし」。神々の「若気の至り」。それがそもそもの原因。



 さあ、その過去を、紐解いていくとしよう――。






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