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愛と憎しみと家族の肖像  作者: デギリ
1/1

恥ずかしい父親(実娘)

「ただいま。

すぐにご飯の用意するから」


父の悠太がいつも通り17時半に慌ただしく帰ってきた。

手を洗い、休む暇もなく台所に向かう。


小学二年生で弟の直樹が「お父さん、手伝うよ。今日のご飯は何?」

と聞いているのが聞こえる。


私は自分の部屋から出てきて、父を怒鳴りつけた。


「このクソおやじ!

なんで今日の三者面談に来たの?

学校に来るなと言っていたでしょう。

うちの学校の生徒の父親は一流企業勤めばかりなのに、アンタみたいなガテン系労働者が来るのは恥ずかしいのよ!」


私の声が家の中で響くと、弟は驚いてこちらを振り向き、父は苦笑していた。


「お母さんが忙しくて行けないのだから仕方ないだろう」


「だったらそんないかにも現場作業員って顔して来ないで。

保護者の中でアンタだけ異質なのよ」


そう言って、父の浅黒く、厳つい顔を私は睨みつける。

父の短く刈り込んだ髪とガッチリした身体つきを見ればとてもホワイトカラーのサラリーマンには見えない。


現に父の今の仕事は地元の土建会社であり、現場の仕事が多い。

東京の大企業で颯爽と働く母とは大違いだ。


とうしてこの二人が結婚したのか私には不思議でならない。


連日夜遅くまで残業してくる母は家事をする時間もないし、そもそも嫌いなようだ。

父が定時に仕事を終えて、家事や子育てをしている。


これまでは私は平日に母に会えなくて寂しかったが、父が家事をするのは不思議に思わなかった。

小学校では共稼ぎやシングルファーザーもいた。


でも受験に合格して入った名門私立中学では違っていた。

友達の家はほとんどが父親が一流企業勤めで母親が専業主婦であり、学校には母親か両親が来る。

父だけが来るのは私だけであった。


「舞さん、あなたの家はお父さんが来るのね。お父さんは専業主夫なの?

それともあの様子では外で働くお仕事かしら。

私達の家とは違うみたいね」


今日の三者面談では、ポロシャツとジーンズで日焼けした父を見て、クラスの中心である梶谷莉々花が可笑しそうにからかってくる。

私は父が恥ずかしかった。



「さすがに顔は直せないな。次の授業参観はスーツ来ていくよ。

舞の注文は難しいなあ」


父は料理の手を止めることなく、淡々と話をする。


「そうじゃない!

アンタじゃなくてお母さんに来てほしいのよ!

もういい。

母さんに話をする!」


私は荒々しい足音を立てて部屋に戻った。


「ご飯ができたよ」

父の声も無視すると、父と直樹だけで話しながら食事をしたようだ。


父は私に何度か声を掛けると、あとは私を放って後片付けや洗濯、掃除をすると、直樹と一緒に寝てしまった。


「ただいま」

深夜に母が帰ってきた。

疲れたような顔をしている母に、私は大きな声で頼み込んだ。


「お母さん、今日の三者面談とうして来てくれなかったの。

お父さんが来て、恥ずかしかった。

来月の授業参観は絶対に来てね」


はあーと母はため息をついた。


「お母さんは仕事が忙しいの。

お父さんを困らせないで。

あー、でも来月の授業参観は土曜日ね。

この日なら行けそうだわ」


「やったー!」


そう聞くと、私は嬉しくてお腹がペコペコなことに気がついた。

父はすっかり夕食を片付けているが、冷蔵庫から適当に取り出して食べ、食器をそのままに寝てしまった。


「舞、起きなさい」

早朝、父に起こされる。


「夕食の時間に食べないで、自分の都合で好きな時間に食べたのなら、後片付けもしなさい」

そう言う父に対して反発した私は言い返す。


「ろくにお金も稼げなくて家事しかできないのだから、それくらいやってよ」


「舞、いい加減にしなさい。

家族は相手への気遣いと思いやりで成り立っているが、それは我儘を通していいということじゃない」


父と私の口論に眠そうな母が起きてきた。


「早朝からうるさいわね。

お皿くらいあなたがあらえばいいでしょう。

舞はいい成績を取ることがお仕事。

それ以外はあなたがやってあげて」


そう言う母の言葉で、私は「ほらね。アンタがしなさいよ」と得意げな顔をする。


父は何かを言いたげだったが諦めたように台所に戻った。


私が二度寝している間に父は洗い物を終えて日課のトレーニングをし、朝食を作ったようだった。


そんな喧嘩をしても父は相変わらず私の面倒を見てくれたが、機会があれば少しでも家事を教えようとしてくる。


私はそれをことごとく拒否した。


「家事はアンタの仕事でしょう。

私に押し付けて楽しようとしないで」


「生きていくために家事を自分でできることは大事なことなのだがなあ」


父は諦めたように寂しげな笑いを浮かべ、直樹と洗濯物を干し始めた。


「ちょっと!

私の洗濯物をアンタの服と一緒に洗わないで!

気持ち悪いのよ」


そう怒鳴る私に返事をせずに父はきれいに服を干していた。



授業参観の日、私はソワソワしていた。

今日は母が来てくれる。

母は目立つほどの美人でセンスのいい服を着ている。


(母なら友達に自慢できる!)


私は母を待っていたが、いくら後ろを見ても母は来ない。

それどころか父が弟を連れてやってきた。

スーツでやってきたが、筋肉で張り裂けそうなスーツは全く似合っていない。


(このクソ親父!

なんで来るのよ!)


今日は休日なので父親がたくさん来ているが、彼らのいかにもエリートサラリーマン然とした中、父は異彩を放っていた。

せめてじっとしてればいいのに、隣にいる直樹が後ろを向いた私に笑いかけてきた。


「あの筋肉マンの人、舞ちゃんのお父さんでしょう。

かっこいいわね」


親友の優香がこっそりと話しかけてくる。


「それ嫌味?

もっとカッコいいお父さんが欲しかったわ」


「そんなこと言うんじゃないわ。

私なんかお父さんいないのよ」


優香のお父さんは事故で亡くなったと聞く。


「ごめんね。

でもあんな父なら優香にあげるわ」


「冗談でもそんなこと言わないほうがいいわよ」


休み時間になると莉々花が早速嫌がらせを言ってきた。


「あれ、舞ちゃん、今日は美人のお母さんが来るんじゃなかったの?

また場違いのお父さんが来てるみたいね。

ここは下町の公立中学校じゃないのだけど。


あれが私のお父さんよ。

あなたのお父さんとは大違いね」


眼鏡をかけてブランド服を来た痩身の男性を指さして彼女は笑った。

私は黙って唇を噛んでいた。


その時、大きな音で警報が鳴った。


『不審者が侵入しました。

保護者と生徒は避難し、職員は警戒してください』


どこからか悲鳴と怒号、それに物が壊される音がして、それが近づいてくる。


「きゃー!」

女の子の悲鳴が聞こえると、私達の危機感が一気に高まった。


いつの間にか父は私のそばにいた。

「心配するな。

舞も直樹も絶対に守ってやる」


こういう時は父が頼もしい。


「オレは社会の落ちこぼれだ。

お前達みたいな恵まれた奴らも不幸になればいい」


そんなことを大声で言いながら太った中年男が斧と包丁を振り回し、物を壊しながら廊下を歩いてきた。


「逃げて!」

叫ぶ教師の声をきっかけに一斉に生徒と親が廊下に逃げ出す。


そこに不審者が襲いかかる。

保護者のいなかった優香が一番最後にいて捕まってしまった。


「きゃー!

誰か助けて!」


でもどの保護者も先生も助けに行かない。


「優香!」


私が振り返ると、父は「任せろ」と言って、一人だけ男の方に向かっていった。


「なんだお前は?

この子を殺すぞ」


優香に包丁を向けようとした男に向かって父は素早く何かを投げつけた。


「痛い!」

顔に当たったのか、うずくまる男に父は飛びかかり、押さえつけた。


ようやく駆けつけた先生に男を引き渡すと、父は投げつけた500円玉を回収した。

そして、野次馬のように取り囲んで眺める保護者を見て、スマホを向ける男性を怒鳴りつけた。


「おい、子供を助けもせずに動画を撮っているのはどういうことだ。

それを流して金を稼ぐのか。

お前、名前を言え!」


「・・梶谷だ」

さっき見た莉々花のお父さんだった。


「お前、男だろう。

そんなことをして恥ずかしくないのか!」


父はスマホを取り上げると動画を削除した。


「ああ、せっかくのバズりそうな動画を」

嘆く莉々花の父に周囲の目は冷たい。


「帰ろう」

父は私と弟のほかに、泣いている優香も連れて、家路についた。


「怖かっただろう」

父は家に帰ると、優香をリビングで休ませた。


「おじさん!」

優香は涙を流しながら父にしがみついた。

父が頭を撫でているうちに彼女はねむってしまった。


夕方に目を覚ました優香は私達と一緒に父のご飯を食べた。


「美味しい!

こんな美味しいご飯は初めてだわ」


優香が父のご飯を褒めちぎる中、チャイムが鳴った。


「うちの娘がお世話になっているそうですが・・」


顔をのぞかせたのはうちの母以上に美人の女性。

優香のお母さんだった。


「お母さん

おじさんに助けてもらったの!」

優香が母親に抱きつく。


ありがとうございますと頭を下げる優香の母親に父は言う。


「せっかくなのでご飯を食べていきませんか?

妻は休日出勤した上に遅くなるそうで、晩御飯がいらないそうなんです」


「おじさんのご飯、すごく美味しいよ」


遠慮する母親を優香は引っ張る。


「じゃあ遠慮なく。

まあ、これは美味しいわ。

ありがとうございます」


「そうでしょう」


父に笑いかける優香親子を見て、私は少し嫌な予感がした。



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