地竜の開き
脳裏に響くアイリスの声。その声に応じて各務さんが向かった方向とは違う、前方の壁面沿いに視線を向ける。
そこにはずっと先まで続く岩壁と、俺の身長の数倍はある巨大な岩。それに地上では見たことのない樹木だけ。──いや。
岩が、動いてる?
本来なら岩が動くなんて当然ありえない。だがここは実質異世界のようなものだ、地球の常識は通用しない。警戒して身構えるウチに、岩は丸めていたその身を広げていく。
そしてその全貌があらわになった瞬間、男性の一人がついに膝をついた。
「なんで……地竜種がもう一体……」
そう、姿を現したのは全身に岩を纏った竜だった。先ほど現れたそれとは別種の竜。岩に擬態してやがったのか……
各務さんは──無理だな。すでに先ほどの地竜と戦闘に入っている。こちらに対処する余裕はないだろう。こちらの方に引き返して来たら、あちらの竜のブレスを喰らうだけだ。
逃げるか……と思ったけど、その案も消した。女性二人は完全に腰を抜かし、男性二人も呆然自失状態だ。逃げ切れるとは思えない。
「アイリス」
やはり切り札を切るしかないようだ。俺は相棒に声を掛ける。
《はいな》
「"杖"を」
言葉は帰ってこなかったが、是の意思は伝わってきた。同時、俺の眼前にまるで空間から染み出すように金属製にみえる何かが出現する。それを掴んで引っ張り出すと、その全身が姿を現す。
それは巨大なライフル銃と箒を合わせたような形状をした奇妙で巨大な"杖。全長は俺の身長よりも長いそれを軽々と掲げ、告げる。
「──転身」
言葉と同時、俺の体が光に包まれる。
身に纏っていた装備がその光に溶け込むように消失する。
全身にむず痒い感覚が走り、俺の体が元より丸みを帯びた体に変質していく。
その身をレオタードのようなインナーが包み込み、それから周囲を包んでいた光が変化していき薄衣の丈の短いドレスのようになって俺の体に纏われた。
光が現れてからほんの2~3秒。その場には一人のヒラヒラとした服を纏った少女がそこに立っていた。
はい、俺です。
ちらりと、後ろに視線を向ける。
そこには、先ほどとは別の理由で呆けている探索者達の姿があった。まぁ、うん、そうなるよね。ただ今は説明している暇なんてものはないのでそのまま呆けていて欲しい。そのかわり完璧に護るので。
岩の地竜はすでに完全に全身を広げ終え、こちらに向けて口を開いていたからだ。竜種が口を開くなんて、してくることは一つだよな。で、あれば──
俺が力を振るうのと、地竜がブレスを吐き出すのは同時だった。
いや、果たしてこれをブレスと言っていいのか。奴が吐き出したのはそのまま岩だった。人の頭部位はありそうな岩。それが幾つも奴の口の中から現れ、勢いをつけてこちらに飛んでくる。
後方から悲鳴が上がった。きっと彼らは岩を叩きつけら無残な姿となる自分達の姿を思い浮かべてしまっただろう。
だが俺がこの姿になった以上、そんな時は訪れない。
飛来した岩は俺達の前方数メートルの所で、まるで見えない壁にぶつかったようにして砕け散った。いや、見えない壁にぶちあたったのだ。
──これが俺の杖の能力、"結界"。あの程度の攻撃で打ち破れるようなものではない。そしてこの結界はただ守るだけのものでもない。
俺は一度竜に背を向けると、後方を振り返り杖を振るった。すると、うっすらと光り輝く膜のようなものが彼らの周囲を包み込む。
「その中にいれば安全だから。アイツ片付けてくるからじっとしてて」
明らかに何かを聞きたそうな視線をスルーして俺は一方的にそう告げると、再び竜の方へと向き直り駆けだした。
「アイリス、魔力はどこまで溜まってる?」
<<3.2くらい? 転身と今の結界で消費した分を引くと2.1くらい>>
「あんまり余裕のある数字じゃないか。この後を考えると、節約した方がいいな」
アイリスの応答を聞いて俺はあいつを倒すのに使う能力を決めた。
「"断空結界"」
俺の結界は汎用性が高い。効果もいくつかあり、その発動方法も先ほどのように場所に対してではなく、物に対して使う事も可能。俺は杖の先端から先に薄く長く日本刀の刀身のような形の巨大な刃を結界で構築する。
そして再び放たれた岩のブレスを前面に展開した結界で弾き飛ばしながら、その長く伸ばした巨大な結界の刃を振り下ろす。
ただその一つの行為で、全ては終わった。全身を岩に包まれた地竜はその岩ごと左右に真っ二つに断ち切られ、開かれた魚のような姿で地面へと倒れ伏した。