謎はすべて解けたか?
「どうして生徒の顔を覚えていないのかも理解不能だ」
「か、顔なんて見ていませんよ!」
「ナミルとメイリーは体格もかなり違うぞ」
「体も見てませんよ!」
「ならいったい何を見ていたんだ君は?」
「何って……だって……」
死んでいるのがナミルなのを私は知っていた。だから見る必要はなかったのだ。
「それに、ワンドは黒くなっていたはず……」
倒れたメイリーの手の甲を確認してみると、ワンドは我々と同じに白く輝いている。
まさか、生き返ったということだろうか。そんな馬鹿な。
「ああ! そこはすばらしいところだったな。うん、メイリーくんの頭の回転はなかなかよかった。それが成績に繋がらなかったのが残念なところだが」
「どういうことですか」
「ワトくん、ワンドはかつて名前の通り、杖に刻印されていた」
1年で習うようなことを言われて、私は思わず顔をしかめた。
「知らないはずがないでしょう。だから、どうしてワンドが黒くなっていたのに」
「メイリーくんはまるでその頃のように、ワンドを杖として使ったんだ。自分を救ってくれる魔法の杖としてね。ほら、そこに落ちている」
「は? ……っひ」
あまりにあっさりと指さされた先に、ワンドが落ちていた。
ワンドだ。手の甲に刻印されたワンドだ。その手は当たり前に腕に繋がり、そして、肘から先はなかった。
腕だけがそこにぽとりと落ちているのだった。
「な、なっ……だ、だれの」
「君は知っていたんだろう? 誰が殺されたのか」
「……ナミル」
私が思わずつぶやくと、シャルロの目がきゅうっと三日月になって私を見た。
「そう、君は知っていた。どういうことだろうね?」
「待って……待ってください、こんなのは知りません。ナミルの腕が、なぜ……」
「ナミルが死んだことは知っていたんだね?」
「……」
「ふむ。だが本当に、それ以外のことは知らなかったようだ。まあ、考えたらわかることなんだがね」
「……ナミルは、どこに」
「塔の下だ」
あっ、と私は声をあげた。
窓が開いていた。そしてメイリーが倒れていた。ならばナミルは、ナミルの死体は当然に……。
「い、いや、待ってください! 私は見ていませんが、あなたは塔の下を見ていましたよね? それに、人が落下すればそれなりの音が出るはずです」
塔を飛び降りて死ぬ音、それが私の耳に残っている。自殺者の体が地面に打ち付けられる音だ。
生きている間はろくに考えもしないが、人の身体は重い。そんな重量を持ったものが高いところから落ち、地面に激突する。それは凄まじい音が出る。
トラックもヘリもないこの世界で、轟音がかき消される理由はないのだ。
「魔法障壁だよ」
「……」
「やれやれワトくん、これも忘れてしまったかな? この塔をぴったり包むようにして、何も通さない『壁』がある」
「ええ、そうです。だから……どれだけ遠くに飛ばそうとしても、窓の下に……」
「ああ、もう一つヒントが必要だったかな? 君は『壁』をよく見ていたんじゃなかったかな?」
私はむっとした。
馬鹿にされている。しかし、考えても何もわからない……というより、早く正解が知りたかった。こんなわけのわからない状況のままでいたくない。
聞いてすむならそれが一番ではないか。
「わかりません。どういうことですか」
私はワトソン役にふさわしく素直に聞いた。シャルロはつまらなそうに鼻を鳴らす。それがまた、整った容姿と相まって実に腹立たしい。
だが我慢である。
そもそも私は大したプライドなど持ち合わせていない。だからこうして、魔法士の中では冴えない安全な職場についたのである。
「傾きだよ」
「……!」
「さすがにここまで言えばわかるかな」
「あっ、あ」
「そう。この塔は傾いているし、この部屋は奥の窓に向かって傾いている。その外壁に沿って『壁』がある。落下物は傾きなんか知ったことじゃないから、まっすぐに落ちる。つまり」
「わ、わかりま」
「落とされた死体は斜めの『壁』にこすれるようにして落下する。強い斜度ではないが、まっすぐに落ちるより勢いはかなり殺されたはずだ。おまけに、おそらくそのままの勢いで塔に向かって転がったんじゃないかな。そこには廃棄物置き場がある」
「……わかりました」
はあ、と私は息を吐いた。
「つまりメイリーは、我々が来たので逃げ出さなければならなかった。しかし、塔の外壁を伝って逃げるなんてのは命の危険を感じた。だから、ナミルの腕を切り、死体を投げ捨て、その腕を袖ん中で握って黒いワンドを見せつけることで、自分が死体の振りをすることにした、という、こと……ですか」
口にするとあまりにも無茶だ。
私なら、さすがにそんな選択よりはロッククライミングをする。……いや、無理だ。降参だ。あきらめて捕まる。
だって考えてみる。メイリーはきれいに殺したナミルの胸からナイフを抜き、血をほとばしらせ、更に腕を切り落としたのだ。
「……待ってください、そんな、彼女は十五歳ですよ。ナミルより体格はいいといっても、鍛えているわけではない。腕を切り落とすなんてことが……簡単に……」
「ワトくん、チキンを食べたことは?」
「……やめてください」
「じゃあ豚でもいいか。君はいいお育ちの貴族だから知らないだろうが、平民の少女が十にもなれば、家畜を締めたり解体するなんてことは経験済みで珍しくない」
しかし人間と家畜は違うだろう。
小柄なナミルだって豚よりは大柄だ。
「ほら、見てみたまえ」
「ひっ、ちょ、持って来ないでくださいよ!」
「骨はきれいだろう。ナイフで切断したというよりは、おそらく体重をかけるようにして、関節のところで上手に折っている。そうすると骨が飛び出すから……」
「わかりました! わかりましたから!」
ナミルの腕を見せて来ようとするシャルロから距離を取る。机上の理解ができれば、そんな現実感はいらないのだ。というか、鑑識官がまだ来ていないというのに荒らすな。
「現場が窓のそばだったのが幸運だったな。彼女の腕力でも、持ち上げて捨てられた。そのままだと明らかに窓が汚れすぎているから、外壁に血のあとを残してここから逃げ出したように見せかけたわけだ」
「……やったことはわかりました。でも、それからどうするつもりだったんですか? 死体のふりなんてすぐにバレますよ」
「少しの時間稼ぎができればよかったのさ。ワンドの制限が解除されて、壁が取り払われたら魔法で逃げられる」
「最終的に捕まるじゃないですか」
「逃げ出した生徒が捕まるのはワンドを持っているせいだ。ワンドを自力で削除すれば、少なくとも殺人犯として即座に捕まることはない」
言われてみれば、殺人犯として捕まるくらいなら、ワンドを失っても逃げたほうがいい。魔法士の夢にすべてを賭けた生徒ばかりではないのだ。
メイリーはもともと、今学期で終わるだろうと思われていた。
「ですが、動機は? メイリーはナミルを殺しても進級は難しい」
「メイリーはカームと付き合っている。カームの成績は、ナミルがいなければおそらく安全圏だろう」
「……なるほど」
納得した。
美しい話などではない。どうせ進級の難しい相手と契約して、上位のものを落としてもらい、魔法士となったあとでその恩を返す。ありがちなことだ。心をかわした恋人ならばもっと話は簡単で、相手が魔法士となったあとに結婚する。
「とはいえ、本人に聞いてみなければわからない。ま、このまま鑑識官に連れて行かれるだろうから、そのうち尋問結果が伝えられろだろ」
魔法士養成学校は国にとって重要な場所だ。これからの教育や警備のために必要なことであれば、きちんと通達される。
「だが動機などどうでもいいくらいには、悪くない事件だった! 血生臭く、その裏に隠れて知恵が満ちていた。ワンドをワンドとして使うくだりなど、他の犯罪者に教えてあげたいくらいだ!」
シャルロが熱っぽく息を吐く。
普通にやめてほしい。
この犯人の複雑な行動は、シャルロをかなり満足させたらしかった。やはり近づかないほうがいい人間だ。楽しむために殺人をしかねないタイプの探偵なのだ。
「ひとつだけ」
と、シャルロが私を見た。
「謎は残った。君だ。君に謎が多すぎる……いったいなぜ彼女が死んだとわかった? いったいなぜ、扉の前で時間稼ぎをしたんだ? わからない、まるで」
「そ、それは……」
「ああ、やっぱり君を犯人にしてしまおうかな。そうして檻の中にいれてしまえば、たっぷり時間をかけて……」
「わかってしまっただけです! いわゆる予知みたいなものでしょう。わかったんです。ただ、ナミルが殺されて、犯人が扉の前に隠れているのが!」
「……ほう?」
もう仕方がない。ある程度は事実を告げる他ないだろう。これで信じないのであれば、それはもう仕方がない。
しかし私は失念していたのだ。
信じられたら信じられたで、私の「予知」はシャルロの推理のために使われることになる。だってこの学園にいる限り、血なまぐさい事件には事欠かない。
だから私は事件のたび、どんなに隠れ潜もうとしても、シャルロに引っ張り出されることになった。ひどい人生の始まり、それがこの事件なのだった。