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どうでもいいから犯人捕まえて

「ないか? 本当にないのか? なぜ入口から出ていなかったんだ?」

「それは我々が駆けつけてきたからでは?」

「派手な悲鳴をあげられたんだから、誰か駆けつけてくることは予想できる。君たちはそんなにすぐ駆けつけたのか?」


 チェッジとカームに聞いてみると、自分たちが最初であったが、部屋が塔の反対側なのでそこまで早かったとは思えないそうだ。

 また、教師を呼ぶためと、ハンマーを手に入れるために一度その場を離れている。


「誰かが駆けつけてくる前に入口から逃げようと思わなかったのか? 外に出さえすれば、隣の部屋は使われていないから隠れられる」

「はちあわせになる可能性もありますし」

「それはそうだがね、君ならどうだ。落ちて死ぬ可能性より、そっちの可能性を恐れるか? 幸いなことに四年生の階から落ちれば死ねることは、先輩方が保証してくれているが」


 私は顔をしかめた。

 殺人はもちろん、自殺もたびたび起こるのがウェズミンだ。年数が進むほど帰る場所をなくして絶望するが、たちの悪いことに高学年ほど寮の部屋は高層になる。誘惑はいつでもそこにあるのだ。

 ドスンと重い音、それだけで生徒が物言わぬ躯になる。


 自殺が珍しくないからこそ「密室にして、自殺に見せかける」という手段を犯人は思いついたのかもしれない。


「悲鳴をあげられたあと、殺すのに手間取っているうちに我々が駆けつけてきた……にしては部屋がきれいすぎる。被害者が抵抗したならもっと荒れているはずだ。一撃目を逃げられ悲鳴をあげられたとしても、二撃目、三撃目では目的を達したんじゃないか?」


 確かに、争いの形跡はないと言える。

 物が多いとは言えない部屋であるが、収納がないため床の隙間はあまりないのだ。魔法学校の生徒らしく教科書に魔法道具や自然の素材、生活感のある衣類、水差し、リネン類、わずかながら化粧道具やアクセサリーもある。几帳面に整頓されているわけではないが、おそらく使いやすいように配置されたままだとわかる。


 だが犯人がその窓から逃げたのは間違いないのだ。私はそれを知っている。

 知っているからこそ、殺人の経緯などどうでも良いではないかと思う。早く犯人を捕まえてしまえばいいことだ。


 しかしシャルロを納得させるためには「密室をつくるのに失敗した犯人が窓から逃げた」と伝えるしかない。私だって馬鹿ではないので「なぜ知っている?」と聞かれることはわかっている。

 前世の記憶で……なんて言って信じる探偵がいるか?


「犯人を思いとどまらせようと説得していたとか……」


 とにかく早く犯人を探してほしいので、私は適当な思いつきを話した。


「他の部屋まで響くような悲鳴をあげてから、冷静にお話し合いをしただと? なかなか楽しそうだな。危機感ってものが存在しない世界だ!」

「……でも実際、駆けつけてきたのは四人だけですよ。このフロアにいる半数にも満たない。犯人も、間近で聞いた悲鳴がどれほどの大きさだったか測りかねたのでは?」

「ふむ……」


 シャルロは考え込むような仕草をした。そうするといかにも頭の良い人間に見え、顔がいいというのは全く得だ。


「とにかく私は、犯人はここから逃げたのだと思います。鑑識官が来たら痕跡を追ってもらって解決ですよ」


 管理棟の教師に知らせがいけば、すぐに鑑識官が呼ばれるだろう。彼らは国の役人であり、魔法道具を使って事件や事故の調査をする。

 ウェズミンではたびたび人死が起こるので慣れたものだ。彼らは必ずしも犯人を見つけられるわけではないが、今回の場合、犯人には被害者の血が付着している。血には魔力が多く含まれるので、おそらく追跡できるはずだ。


(そうだ、原作とは違うんだから、シャルロに頼る必要なんてない。安全な場所で待てばいい)


 私は自分の手の甲の、未だに赤く光っているワンドを見た。

 じきに使用制限が外され、ワンドが白くなるはずだ。鑑識官の魔法道具を使うにも魔力が必要なので、そういう手順に決まっている。


「ああっ、そうだった、うっかりしていた! 解除されたら確認できない」

「え、あ……っシャルロ先生!?」


 急に叫んだシャルロが靴を脱いだ。

 それから靴下も脱いでしまって、その靴下を丸めて窓からぽいと放り投げたのだ。それは見えない壁に当たって落ちていく。


「はっ?」

「……ふむ。ちゃんと『壁』がある」

「そりゃ……そうですよ、『壁』はいつでもあります。このあと解除されるでしょうが」


 外壁のことではない。

 この朝の塔はもちろん、ウェズミンの四つの塔すべてを包み込んでいる魔法障壁のことだ。景色だけは遮らず、物体も魔法も通さない『壁』である。最低限の出入り、物資の運び込みなどの時を除いて、常に発動されている。


(いままでの前例だと、鑑識官が来て帰るまで、この魔法障壁は解除される。殺人が起こったとなれば塔の周囲も調べられるからだろう)


 私がウェズミンに着任したとき、しばらくはこの『壁』の魔力痕跡を眺めていたものだ。これほど強固で長時間の障壁を、いったいどのように維持しているのか。解除されるさまも、再起動するさまも実に美しかった。

 塔の壁に常に一定の間隔を開けて、ひたりと沿っている。この構築だけで実に感慨深い。


 まあ、おかげで我々教師の出入りも大変不便だが、必要な措置だ。ウェズミンは国営の魔法士養成学校であり、ワンドの制御という王家の秘する技術を保持している。外部者の出入りは制限したいのだ。


 それに生徒の脱走も阻止したいのかもしれない。退学となればワンドを奪われ、魔法が使えなくなるので、その前に脱走しようと考えるものも多い。ワンドがあるかぎり追跡できるのだが、捕獲のための費用がかさむ。

 何にせよ、生徒の閉塞感を煽っているのは間違いない。


「ふむふむ……なるほど?」


 血に塗れた窓辺で『壁』のある場所を眺め、シャルロはうっすらと笑みを浮かべている。


 靴下はきちんと『壁』にぶつかって落ちたのだろう。回収するのだろうか。まあ、この下は確かゴミ捨て場になっているのでちょうどいいのかもしれない。ゴミの搬出も決まった日、決まった時間にしか行われないので、かなり大きく取られた場所だ。


「ところでワトくん」

「は、い……っ?」


 困窮した生徒はゴミ漁りをすることもある。あの片方だけの靴下は、はたして誰かの役に立つのだろうか。

 などと目を閉じて考えていたので、気づけばシャルロが距離を詰めてきていた。


「不思議だよ、不思議なんだ。いつも危険なことは僕に任せて絶対に近寄ってこない心優しき君が、どうして今日は扉を壊そうなんてしたんだ?」



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