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勝手に原作を変えるのはやめてほしい

「どうやら殺人だよ、ワトくん。うふふ、二年ぶりだろうか? いったい誰が、彼女を殺して得するんだろうか……?」


 愉悦を隠そうともしない目が、じっとりと生徒たちを見た。ああ、嫌になる。ぞっとする。前世も含めて関わったことのない性格の悪さ。


「カームくん、どう思う?」

「そっ……ぼ、僕は……僕は彼女と……」

「付き合っていた?」

「……」

「調べればわかることだよ。クラス全員にしっかり聴取するからねえ」

「……付き合って、いました……だからこんな、こんな……」

「なるほど、なるほどなるほど!」


 神経に障る大仰さでシャルロが繰り返す。まるでピエロだ。これが探偵役だというのだから、作者はインパクトのことしか考えてないに違いない。


(けど、おかしいな。カームが付き合っていたのは殺人犯のメイリーだったはずだ。ナミルとも付き合っていた……? まさか、それも動機なのか?)


 原作では「ウェズミン魔法士養成学校では殺人程度はよく起こる」ということが繰り返し語られていた。だから成績一位のナミルが殺された動機も、それだろうと予測させる流れになっていたはずだ。


(でも確かに、考えてみればメイリーの成績が低すぎる。確か最下位に近かったから、勝ち残るためにはもっと殺さないといけない。そんなの現実的ではないから、結局、努力していくらか順位を上げるしかないだろう)


 物騒な学校内であるが、もちろん殺人を行えば即座に退学になる。

 退学は彼らが最も恐れていることだ。退学となればワンドも削除され、永遠に魔法の使えないものとして市井に戻る。


 二年、三年と進級すればいっそう悲惨だ。平民ならばすでに見習いとして職についている年であり、幼馴染たちは前に進んでいる。しかし魔法士学校で学んだことは何の実績にもならない。数年遊び暮らしたものとして故郷に帰るのだ。

 それゆえ、実は二年に上がるのはそう難しくない。入学時の60人程度から30人と、落ちる人数は最も多いが、才能がそれほどなければ即座に諦めるものが多いからだ。


 だから「成績優良者を殺す」は上級生になるほどありふれた動機になるわけだが。


(実際の動機は痴情のもつれだったのかもな)


 痴情のもつれも多い。カームが言いたくなかったのもそのせいだろう。

 成績がふるわず、進級が難しいとなれば、成績優秀者に媚を売り始めるものがいる。恋人関係となり、いずれ魔法士となった相手と結婚、そうまでいかなくとも便宜を図ってもらおうとするのだ。


 また、恋愛沙汰で優秀者の成績を引きずり落とそうという計略もある。まったく、大人の世界にある卑劣なことは、もれなくあるような学校なのだ。


「うん、ひとまず君たちはそのまま動かないように! さ、ワトくん、状況をしっかり確認してくれたまえ」

「え、あ、はい……」


 ニヤニヤしているシャルロから目をそらし、私はもぞもぞと時間を稼いだが、行かざるをえない。生徒たちをきちんと管理し、問題が起こったときには対処する。それがこの仕事なのだ。ああ、逃げたい。


(犯人は、犯人はどこだ? どこに隠れてるんだ? あっ……窓が!?)


 部屋の最奥、生徒の頭ごしに見える木製の窓が開いている。

 原作では閉まっていて、きちんと鍵がかかっていた。もちろんその鍵も簡単なものだが、塔の外には立てる場所もない。シャルロは実験して「ここから脱出したあと、外から鍵を閉めるのは無理だ」と結論した。


 その窓が開いているのだ。


(いや当たり前か。密室のまま逃げ出す方法がないなら、密室は諦めて逃げることを優先するはずだ)


 つまり、この窓から殺人犯は逃げたのだ。

 殺人犯メイリーは十五歳の少女、大人ほどの力はないが身軽さはある。塔の外壁は石造りでぼこぼことしている。慎重に取っ掛かりを掴んで進んでいけば、廊下の窓などから中に入れたはずだ。


(犯人はもういない)


 私は心から安堵した。追い詰められた殺人犯さえいなくなったのなら、ここは平和な職場だ。いや平和でもないが、殺されるとしたら生徒なので、教師である私は安全なはずだ。


「まったくワトくんはとろくさいな! ほら、こっちに来てこれを見てくれ」

「は、はい」


 安心した私は呼ばれるまま、生徒たちを避けて部屋に入った。


「っうう!?」


 すぐに目に入ったのが部屋中に飛び散った赤だ。そして開いた窓の下に少女が倒れている。

 彼女の全身も赤い。

 彼女の周囲も、ひたすらに赤が飛び散っている。喉に引っかかる嫌な臭いがして、思わず口を押さえ、目をそらした。


「な、なぜ……」


 私は愕然とした。


(原作と違う!)


 そう慎重に読み込んだわけではないが、それでも、部屋が血の海だとか、そういう記述はなかった。胸にナイフを刺され、しかしそれが栓になったのか、ほとんど出血はなかったはずだ。

 それがどうして、こんな。


(メイリーが、ナイフを抜いていった……?)


 なんのために?

 何食わぬ顔をしていた原作では、血など付着していなかった。部屋に来た順番や、他の生徒たちの証言から消去法で犯人だと断定されたはずだ。

 しかし今、私が追い詰めてしまった現実では、死体からナイフが抜かれ、凄まじい量の血が飛び散っている。


(わざわざナイフを抜いたとしたら、ナイフが必要だったということになる。ナイフを持って……)


 私はとっさにベッドを見た。もしや、まだその下に潜んでいるのではないか?

 体が緊張したが、すぐに首を振る。これだけ大量の血が流れたのだから、犯人も必ず血を浴びるか踏むかしているはずだ。


 ベッドの周囲に血のついた様子はない。大丈夫だ。しかし、ベッドの下を確認したい……。



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