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原作に忠実になんてやってられない


「おや、ワトくんが?」

「やります。すぐに助けないと!」


 薄笑いのシャルロの顔が疎ましい。

 私は全く思ってもいないことを告げながら、ハンマーを振り上げた。できるだけ大きく、不格好に、慣れてませんという具合にだ。このさい私の評価などどうでもいい。


「おおっと!」


 そして全力でハンマーを、ドアの中心に振り下ろした。衝撃で私のほうが飛ばされそうになったが、踏ん張った。


(身体強化が使えればよかったんだが、放課後だからな)


 私はちらりと手の甲の紋章を見たが、やはり赤くなっている。今は授業中ではないため、使用を封じられているのだ。


 この紋章は「ワンド」と言って、名前の通り魔法使いの杖のように、魔法の強化とコントロールを行っている。これなしで人間は大きな魔法は使えない上、ワンドを使い続けていると、ワンドなしで魔力を出すことができなくなる。


(白とか赤に光る手の甲の紋章って、急に厨二病感すごい気がしてきた……こっちでは憧れの魔法士の証なんだけど……)


 憧れの証であって、魔法士が国の犬である証だ。

 ワンドを制限する術式を国が持っているので、魔法士は逆らえない。

 今、この塔にかけられている術式がそれだ。授業中以外に魔法を使うことは危険であるとして、塔の中でワンド、つまり魔法が使えなくされている。それは生徒であれ教師であれ区別されない。


(これが原作的に重要なところだろうな。魔法が使えないから密室が成立する。……じゃあ現実世界でやれよってのは大量に突っ込まれてたなあ……)


 ともかく原作のご都合でもって、魔法は使えない。ハンマーを何度も振り下ろすしかない。


「せ、先生!」

「あああワトくん、違う、だめだ、それではいつまでたっても開かないぞ!」

「大丈夫ですよ!」


 朗らかに言い切って私はハンマーを振り下ろす、扉の中央に。中央に、中央に。少しのばらつきはあれど、何度でも繰り返してやる。ハンマーを持ってひたすら動いていれば、誰も邪魔することはできないのだ。


「はあ、はあ」


 息が乱れてきたが諦めない。打ち付ける、打ち付ける、打ち付ける!

 扉の中央に穴が開いてきた。


(よし!)


 そう、私は扉をぶち壊すことにしたのだ。犯人に近づきたくないなら、犯人の方に逃げて貰えばいい!


(さあ、さあ、さあ! 扉をぶち壊すぞ! 隠れるところなんてないぞ!)


 隠れられなくなった犯人は部屋の奥に行くしかなくなる。そして扉が壊れれば、まずシャルロと生徒たちが駆け込んでいくはずだ。私はゆうゆうと後ろにいれば、犯人である十五歳の少女が彼らを超えて私にまで攻撃することはまずありえない。


「あっ」


 バリバリと大きな音をたてて、扉に穴が開いた。ハンマーの頭が中に入ってしまって引っ張り出すのに少し苦労する。

 しかしそうしてモタモタしている間に、確かに聞いたのだ。


(足音だ! 間違いない、部屋の奥に行った!)


 ならば今すぐ扉を壊すのだ。時間を与えれば、徹底抗戦する覚悟を決められてしまうかもしれない。動揺しているうちに、早く、早く。


「んっ、あ!?」


 しかし手元が狂った。私はまた扉の中央にハンマーを叩きつけてしまい、引っこ抜いて再び、今度気をつけながら鍵の裏側を狙った。

 が、慎重すぎたらしい。扉はびくともしなかった。シャルロと生徒の呆れた視線を背に感じつつ、もう一度、もう一度を繰り返して、そこに叩きつけるイメージはできた。


「ええい!」


 ここぞと気合を込めて鍵の裏側を叩くとようやく、バキッと小気味よい音がして扉が開いた。私は突入する気がないので、ハンマーの重みにやられたふりでしゃがんだ。

 思惑通りシャルロと生徒たちが部屋に駆け込んでいく。

 シャルロだけがちらりと私を見たが、知るものか。私は行かない、行かないぞ。


「ナミル……っ!」


 生徒のひとりチェッジが呼んだのは、この部屋の主の名だ。

 朝の塔の寮は学年ごとに階層が違う。四年生であり、残り人数も少ない彼らはこの階層の部屋をそれぞれ一人で使っていた。


(そうだ、ナミル。殺されたのはナミルだ。四先生で一番の成績、小柄で、あまり社交的ではない、大人しい……)


 さっきまで、前世を思い出すまで優秀な生徒として好ましく思っていた相手だ。それがこの部屋で殺されている。


(いや、まだ、何かの間違いかもしれない)


 転生なんて馬鹿げた話だ。だけれど、じゃあ、こんな馬鹿げた妄想はどこから来た?

 地球、日本、便利な家電に囲まれて育ち、スマホで世界中の情報を得る。こんな妄想が、電気さえない魔法の国に育ってできるものなのか?


 私の思考はすぐに途切れた。


「うわ、あああああっ!」

「なんで……っ!?」

「……っナ、ナミル、は……」


 やはりナミルの死体はあったのだ。

 彼らの背中が後ずさり、ひときわ背の高いシャルロの笑顔が見えた。


「ふむ。残念だがこうなったからには調査が必要だ。君たちは部屋に入らないように。……ワトくん!」

「……」


 呼ばれてしまった。

 おかしなことだ。彼らは犯人を見つけていないのか?

 犯人はまだ、どこかに隠れている?


(隠れる場所は、ベッドの下くらいしかない……)


 この学校に入学した平民、正確には入学金と学費を支払えないものは、朝の塔に入り国からの支援を受ける。それは最低限の衣食住の保証だ。無駄な家具などは支給されない。

 個人で用意することもほとんどない。金がかかる上、いつ退学となって寮を出る羽目になるかわからないのだ。


「いったい、なにが……?」


 時間稼ぎをするように、私は生徒たちごしに問いかけた。シャルロが含み笑いをする。楽しくて楽しくて仕方がないという、三日月の瞳。

 このイカれたシャルロという男、造作はやけに整っているのが始末に悪い。不細工ならば愛嬌もあるだろうに、人外じみた気色の悪さばかりを感じてしまう。


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