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私は平穏に生きたい

「えっ……?」


 閉ざされた扉、悲鳴を聞いて集まった生徒たち、そして扉を打ち壊すべく振り上げられたハンマー。

 その時、私は思い出した。

 扉の向こうには死体と、犯人がいる。


「ま、待ちなさい、そんな、乱暴な」

「わっ!」


 私がとっさに扉の前に立ったので、ハンマーを振り下ろそうとしていた生徒が目を見開いて驚きの声をあげた。


「ひっ」


 そして私は自分がハンマーに打たれるところだったのだと気づいて固まった。なんてことだ。必死のあまり、危険なことをしてしまった。

 私は危険なことをせず穏やかに生きてきたのだ。

 貴族として生まれ、魔法士として才能を持ちながらも、戦いを忌避してこの魔法士養成学校の教師となった。だというのに生徒のハンマーに殺されるわけにはいかない。


 いやだが止めなければならない……のか?


(犯人は扉の向こうにいて、ドアが開くのを待ち構えている。いまどき冗談みたいなトリックだ。開いたドラの裏で息を潜めて、皆が入ったところで、いかにも今来ましたという顔で登場する。部屋は密室、ナイフを胸に刺すという豪胆な方法ではあるが、他に考えようがないので自殺か、と思われる……)


 要するにここはライトミステリ小説の世界で、私はそこに転生してしまったのだ。そんな馬鹿な?

 と思うがそうなのだ。私には私、教師ワトの記憶があり、そして蘇ったのは前世の記憶というやつだ。これが間違いなら私の頭はおかしくなっているし、犯人はこの扉の向こうにはいない。最高だ。


(タイトルはなんだった……確か「ウェズミン魔法士養成学校の事件簿」とか、そんな感じだ。ここはウェズミン魔法士養成学校。私はその教師で……ワトソン役だ。探偵役が事件を解決するのを手伝ったり、大げさに驚いて引き立て役になったり、適度な頭の悪さで探偵役の説明ターンを作り出す……)


「どいてワト先生、あの悲鳴は絶対にナミルのものだ、この部屋だよ!」

「い、いや、虫でも出たのかもしれないじゃないか!」

「……」


 閉じられた扉の前にいる生徒たちは四人、中でもチェッジとカームは馬鹿にしたような目で私を見る。その手にはハンマー。怖い。

 前世を思い出してそれどころでなくても怖い。私は怖がりなのだ。ああ、平和に生きていたい。殺人事件が多発する学校の教師なんて、そんな。やめてくれ。


(……もう遅いかもしれない……)


 冷静になってみればこの学校、すでに事件が多いのだ。そもそも事件が起こりやすい特殊な条件下にある。


「さっきの悲鳴はそんなものじゃないよ、絶対に」

「そんな……」


 なぜわかるんだ、などとは言えない。

 私は安穏と育った貴族だが、彼らは平民なのだ。


 この学校に入学する生徒のほとんどが平民である。

 彼らの学費は国から出る。魔力を保有する子供すべてに魔法士となるチャンスが与えられているわけだが、卒業する生徒となると貴族が大半だ。平民は進級ごとに半数ずつがふるい落とされていく。

 もちろん私はそのあたりの闇に首を突っ込んだりしない。


 とにかく彼らは平民であり、チェッジとカームは特に貧民街の生まれだったはずだ。そこでは命の危険をはらむ悲鳴が明るい昼でも飛び交っている、らしい。実際なんて知らない。知りたくもない。


「し、しかし、必ずそうは限らないだろう」

「どいて、先生」

「あっはは、ワトくん、どうやら教師の君より生徒のほうが正しく見えるぞ。想像してみたまえ、この部屋の奥で、可憐な少女が助けを求めている。ああ、今まさに凶器がその肌に沈み込むところかもしれないな……! さあ、さあ、扉を開けようじゃないか。間違いだったら何だというんだ? 我々には大義がある、心配することはない!」


(ああ、出た! おでましだ!)


 この作品の主人公、探偵役のシャルロ先生だ。

 魔法士としての才能に乏しく、なんとか教職にかじりついている男。だが脳みその出来は異常によろしく、そして性格は最悪だ。その整った容姿とすらりとした姿に寄って来た女も、すぐに察して逃げるほどだ。

 無関係に眺めているならおもしれー男、だが友達には絶対なりたくないタイプ。


 そしてこの私とは決して、決して相容れない男だ!


(平穏を疎み不穏を喜び、生徒の喧嘩を見ながら飯を食う。事件と聞くとご機嫌で寄っていく、絶対に関わりたくないこの男が上司!)


 助けてくれ、私は平穏の中にいたいのだ。死体なんて見たくない。勝手に外で死んでいて、誰かが片付けてくれればいい。誰だってそう思うだろう?


(そして……そして、殺人犯が隠れたドアの前を通るなんて、嫌だ!)


 もし、なにかの間違いで犯人が飛び出してきたらどうするんだ?

 必ず原作通りにことが進むなんて信じられるはずがない。まず私が原作通りではないのだ。


(かといって入口で待機するのはもっと嫌だ。犯人が出てくるのを目撃してしまうかもしれない。目が合ったらどうする。嫌だ、絶対に嫌だ、相手は殺人犯だぞ!)


 原作のままの流れだと、犯人はそしらぬ顔で皆に混ざることになる。原作の私も彼女が犯人だなどと想像もせず、事件に巻き込まれた生徒として扱っていた。しかし今の私は、彼女が犯人だと知っているのだ!

 不審に思われない自信がない。まさか前世の記憶があるなどと思われはしないだろうが、万が一にも逆恨みをされ、危害を加えられたくないのだ。相手にしてみれば殺人犯だと気づかれたらもう人生終わり、あとは守るものなどなにもないのだから。


 犯人はメイリー、被害者と同じ十五歳の少女だ。二十四歳の男であり、魔法士でもある私が負けることはないだろう、と人は言うかもしれない。そんなのは万が一を考えられないもののたわごとだ。

 私は平穏を愛し、危険を遠ざける。幼い少女だからといって気を抜いたりしない。ハサミだって人に刺さるし、わずかな傷が化膿して死ぬこともある。


(今すぐ管理塔に逃げ帰るのが正解だ! ……いやだめだ、この仕事を辞めたくない!)


 闇の深い魔法士養成学校であっても、なんでもやりたい放題とはいかない。教師として最低限の働き、生徒たちの管理はしなければならない。

 私は絶対にこの仕事を辞めたくないのだ。魔法士は国の管理下にある。おまけに私は無駄に優秀なので、危険な職場に放り込まれるに違いない。


「ああっ!」


 しかしなんということだろう、私が煩悶する間に、ハンマーがドアに叩きつけられた。ドアがきしむ!


 ハンマーが狙っているのは鍵の部分だ。

 この世界にシリンダー錠なんてものはない。金属の鍵も平民の使うドアには採用されないだろう。

 ここの鍵とはつまり、室内側のドア枠とドアに受け具をつくり、そこに木の棒を渡しただけのものだ。そしてその受け具も棒も全く頑丈ではない。ドアよりも壊れやすいくらいの鍵だ。なぜか?

 退学が決定した生徒が立てこもることがあるからだ。


 魔法士となって身を立てることは、平民、なかでもスラム育ちの子供にとって大きな夢だ。実際、毎年平民からの魔法士は生まれている。

 しかし残念ながら入学時は60人ほどいた平民の生徒は、2年時には30人、3年時には15人、5年制の過程を終えて卒業できるのはせいぜい5人だ。魔力があるというだけで在学中は国から衣食住を与えられるが、退学となればそれはすべて失われ、夢を失いスラムに逆戻り、立てこもりたくなる気持ちもわかる。


(そう、そのたび大喜びで鍵を壊して回るのが、このイカれた探偵教師シャルロ。気色悪い声で笑いながら、よくも数年生徒として接した相手の鍵を、心を折って楽しそうにする)


 私は首を振って嫌な記憶を振り払った。

 そんなことより今、今だ。扉を開けたくない。開けてほしくない。であればどうすればいいのか?


(……やるしかない!)


 私はきらめくような思いつきに従い、ちょうど振り下ろされたハンマーを持つ、チェッジの手を掴んだ。


「ワト先生? だから……」

「私がやる」


 チェッジははっとしたようにハンマーから手を離した。おそらく、鍵を折って生徒を引っ張り出すのは教師の仕事だと思い出したのだろう。

 実のところ私はその仕事はしたことがない。いつもシャルロが率先してやっていて、私の出る幕などないのだ。あったとしてもやりたくない。そういう意味では、シャルロの存在に感謝するべきなのだろう。


 しかし、そもそも私が朝の塔、通称「平民塔」の担任になったのはシャルロのせいなのだ。彼は魔法士としても教師としてもあまり優秀ではない。そんな彼が朝の塔の担任になったのはまあ、適材適所といえばそうだろう。

 だがウェズミンでは塔ごとの担任は二人以上と決められている。平民塔かつ同僚がシャルロという席はそうそう埋まらず、新入りの私はそこに押し込まれたというわけだ。


 前任者は次々辞めていったそうだが、私は辞めなかった。

 優秀な魔法士として騎士団に入れられるよりましだ。私は平穏に生きるのだ。



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