勧誘
土日投稿(月曜)
――時は巻き戻り数日前。
彼女、天條唯華は病院に居た。
得志が入院していた病院である。
「やめてくださいよ、患者の診断記録勝手に見るの。僕が怒られるじゃないですか」
なんとも頼りないセリフである。
何食わぬ顔でパソコンを操作しながら彼女は問いかけた。
「ふうん、直向得志15歳……割引品がトリガー……、どうかな彼は。定着しそう?」
やれやれ。人の話を聞かない人だ…
メガネをクイっと上げ、やけくそ気味にこたえる。
「外部からの刺激を受けなければ、孔も塞がるでしょう。初期の段階ですから。
……僕はあなたではなく学園長殿に連絡をとったんです。新たな芽吹きがあるたび不必要な刺激を与えに行くのは勘弁願いたい」
「いいじゃない。発症するのは10万人に1人。だけどどうせ、そこから定着するのは極わずか。
……あなたも興味があるから私の邪魔をしないのでしょ?」
「……」
否定はしない。
しかし今の学園長は穏健派なのだ。
無理に能力を呼び起こしたと知られればただでは済まない。
「大丈夫、少し背中を押しに行くだけだから」
そう言うと彼女はひらりと姿を消した。
さっそく彼を探りに行かなくては。
駒、もとい後輩は多い方が良いのだから。
◆◆◆◆
――時は戻り現在。
スっと机の上に冊子が置かれる。パンフレットだ。
謎の少女……天條 唯華と俺は今、開けた場所に移動していた。
同じ症状を持つ者の話を聞いてみたい。
そうした好奇心から、俺は少し胡散臭いと思いつつも彼女の話を聞いてみることにしたのだ。
「ところで直向君。あざの具合はどう?」
「いや、特には……若干発光は治りましたけどずっと出たままですよ」
「少し見して」
「あ、はあ…」と言いつつハチマキを解く。
相変わらずのあざが額にあった。
大きさは卵ほど、薄い黒が広がっている。そこに星々のように点々と発光する粒が幾つか。
唯華は得志の頭に手を添えてじっと患部を見つめた。
――治りかけている。
発光が弱くなっているのに加えて色も薄い。あざのふちがぼやけている。このまま放置すれば数日以内に元の皮膚に戻るだろう。
ニヤリと笑う。
そうはさせない。
「ありがとう」そう言い手を話す。
得志は再びの近距離に固まっていた。
「直向君、そのあざ……。進行したらどうなるか知ってる?」
「いえ、あまり……」
「じゃあ見てて」
彼女は再び右腕にあざを出現させる。
そして徐に左手の人差し指をそのあざに突っ込んだ。
……!!
驚いた。
腕に、指が貫通している。
痛覚は……、無さそうだ。
「そのあざは進行すれば孔になって肉体のさらに内側と繋がるの。
それは相当な弱点を曝け出しているのと同義。……だから、コントロールする必要がある訳」
そう言いつつふっと腕を撫でる。
仕掛けがわからないが元の皮膚に戻ったようだ。
「不思議でしょ? さらに超能力然とした力も使えるっていうじゃない。
……そんな力、調べられない方が不自然。
一昔前は消息を断つ同胞が大勢いたと聞くわ。今は市民権を得ているけどね……表向きは」
ゴク…
「つまり、俺は狙われる可能性があるってことか?」
「そのまま敬語は外していいよ」彼女は足を組み姿勢を崩した。
「我が校に来れば、守ってあげることもできる。コントロールの方法も教えてもらえる。どう? 素晴らしくない?」
ニコニコとこちらを見てくる。
しかし、俺はもう心に決めていた。
「悪いけど俺は、高校に進学するつもりはない」
唯華の目がすうっと細まる。
「それは学力が原因?それとも金銭面?」
「勉強は決して得意ではないけど…、後者だ」
「では尚更来るべきね」
そう言うとパンフレットを広げ俺に提示してきた。
「ホリック・バン発症者が入る特設科は特待生枠で学費・寮費免除。食費込みよ。あなたが断る理由がないでしょう?」
……魅力的な条件だ。
だがそれは、俺だけでは……意味がない。
「いや…、俺は。ありがたい話だけれど辞退するよ」
――ここまで予想通り。
止めの一撃を刺すべく唯華は前のめりになって言った。
「妹さんの待遇も同じようにしてあげると言ったら?」
目を開く。
反射で唯華を凝視し、脳内で言葉を噛み砕いた。
ニヤリと笑った彼女は言葉を待たず畳み掛ける。
「このまま、私を介さずにいてもいいけど。特待生枠は君の分しか用意されていないよ。あなたは妹さんを見捨てるわけに行かないから進学はパア。進学しなければ自身が無防備。」
「……それも全部、症状が進行したらの話だろ。
大体……、話がうますぎる。どういう魂胆だ」
問い掛けを待っていましたと言わんばかりに口を開く。
「うん、タダでとは言わない。それに条件がある。
まず私の試験に合格すること。そうでなければこの話はナシ。
さらに進学の暁には私のいうことを何でも聞いてもらう。兄妹共々ね。」
言葉に詰まる。俺だけでなく花蓮もと言われると即答などできない。
そもそも今日ナンパまがいに話しかけられただけ。信用できるのか、この人は。
ぐるぐる考えている得志をよそに、唯華はパンフレットを手にとる。そしてサインを書くように数字の羅列を書き込んだ。
「返事は今すぐでなくていいよ。はい、コレ私の連絡先。試験を受けたくなったらいつでも連絡してきて。
――君にならこの話の価値が正しく理解できると思うな」
伝えたいことを全て言い切った唯華は満足気にその場を後にした。
情報が多すぎて混乱するも、
手渡されたパンフレットの重みがこの邂逅が現実であったことを証明していた――